Dark.
魔法が発展した国の中にある、とある賭博場。
其の賭博上にドアのガタンっと、開く音がした。
其処に居た人々の内、数人は、ドアの方に目を向ける。其処には、此の場所に来るにはまだ若い年齢の2人組みが居た。
1人は少年だった。
年齢は15歳程だろうか。艶のある、此の国では迫害対象である漆黒の髪を後ろの方で縛り、王族の証である、太陽の光を思い浮かばせる金色の瞳を持った、無表情の其の顔だけは、否、年齢意外は全て此の場に馴染んでいる少年だった。
もう1人は少女だった。
年齢は13歳程だろう。透き通る銀髪の、長くさらさらとしそうな髪と、湖を思い浮かばせる様な、透
き通るも何処か深みのある、美しい瞳を持っていた。初めて此の様な場所に入ったのだろうか。興味津々とばかりに周囲を眺めている。
「あら、新顔?」
そんな2人に、妙齢の女性が話し掛けた。しかし、訊いて来たくせに女性の顔には、答えなど分かっている。とでも言いたそうな色が見えている。
「いいえ。ですが、此方を訪れるのは初めてです」
少年は微笑みながら答える。
女性は(やっぱりそう答えるのね)と、思う。そして言う。
「金色の瞳に漆黒の髪。…貴方、KINGね」
「そう呼ばれもしますね。僕はDarkと名乗っているのですが」
少年――Darkはそう答えた。
Dark
彼は約3年前に現れた、全国を回っている天才ギャンブラーだ。
たった3年でこれ程まで言われる様になったのは、其の勝率の為で、なんと全勝無敗なのだ。
其の勝率の為、一部からは『奇跡のイカサマ師』と、軽蔑の意を含み呼ばれている。
しかし、ほとんどの者は彼を『KING Dark』と呼び、尊敬している。
その理由に、彼の髪と瞳の色も含まれている。
『奇跡のイカサマ師』と軽蔑する人は迫害対象の黒髪を見、『KING Dark』と尊敬をする人は金眼を見ているのだ。
そんな彼の姿には疑問がある。
何故、Darkの瞳の色は金色なのか。
黒髪を金眼で中性さそうと魔法で変えたのだろうか。だとしたら、髪の色を変えたら言いだけの話だ。
だとしたら、これはもとからなのだろうか。
否、ありえない。
突然変異で金の瞳を持った子供が生まれたら、其の家族ごと王室にあがることになっている。過去に1度、其の事例もある。
此の様に、本名、出身地、実際のところの年齢、全てが謎に包まれている人物なのだ。
「私の名前はAntoinette」
そう自己紹介を女性――Antoinetteはすると、1拍置いて、高らかに宣言した。
「KING Dark、私と勝負しなさい!」
すると、Darkは微笑んだ表情のまま、
「もちろん。其の為に来たのですから」
と、答えた。
「勝てるの? 末……」
Darkの隣に居た少女が不安そうに言うが、途中でやめた。Darkにシっと人差し指を立てられたのだ。
「大丈夫です。絶対に勝ちます。なので、僕を信じて下さい」
Darkは声のトーンを下げ、Antoinetteの耳に入らぬよう気をつけながら少女に囁く様に言った。
少女には、まだ不安が残っている様だった。だが、すぐにDarkを信じる事にしたらしく、コクリと頷いた。
Darkは、少女が頷いたのを見ると、
「勝負方法は何がいいですか?」
と、Antoinetteに問い掛ける。
Antoinetteは「そうねぇ……」と呟くと、
「ロシアンルーレットはどうかしら? けれど銃は使わないわ。可愛い男の子が苦しむ姿を見たいの」
と、言った。どうやら、Darkが負ける事を前提として話しているらしい。
(今日はいつも以上に負ける訳にはいかないんですよね)
Darkはフっと笑う――此れには自嘲の笑みも含まれていたのだが、其れに気が付いた者は居なかった――と、
「いいですよ。それで」
と返した。当たり前だが、『負ける』と言う前提は此の答えに含まれていない。
「ところで、何を使うんですか?」
「お茶を使おうかしら。1つのお茶の中にだけ痺れ薬を入れるの」
Darkが訊くとAntoinetteはそう言う。するとDarkは、隣に立っている少女をちらと見て、
「ではお茶を注ぐのは彼女で構いませんか?」
と、ニコリと微笑みながら、隣に立っている少女を指名した。
「ええ。構わないわ」
Antoinetteはそう返す。
Darkは微笑みながら「有難うございます」と礼を言うと、
「と、言う訳で、お茶を注いでいただけますか?」
と、続けて少女に言う。すると少女は「良いけど……」と、返した。しかし、其の言葉に心は篭っていない。
「どうしました?」
Darkは少女に質問する。少女は、
「その『ロシアンルーレット』って、どんなルールなの?」
と、逆に訊いて来た。
(今まで、『賭博』の世界とは無縁だったらしいですからね……)
Darkは相変わらずの微笑で、
「とても簡単ですよ。幾つかあるリボルバーの中に、1つだけ本物の銃弾が仕込まれています。自分が手に取ったリボルバーに弾が入っていると思えば天井を、弾が入っていないと思えば自分のこめかみを狙って打つだけです」
サラリと説明した。
(え、銃? 弾丸? じゃあ、こうなってたらどうするの?)
少女は恐ろしい疑問を抱き、強張った表情で恐るおそる訊く。
「其のリボルバーの読みが外れてたらどうなるの?」
其の質問にDarkは、
「天井に向けて撃って物が空だったら撃った人の負けです。こめかみを撃って弾が仕込まれていたら、負けますし、もちろん死んでしまいます」
またサラリと答えた。
あっさりと恐ろしい事を言うDarkに、少女は顔を真っ青にし、
「そんな賭け、しちゃダメ!!」
と、必死になり大声で制した。
Darkは、しまった。と思う。此の少女は命を弄ぶ事が何よりも嫌いなのだ。
Darkは、少女の不安を解く為に微笑むと、こう言った。
「大丈夫ですよ。今回使うのは『銃』ではなく、『痺れ薬の入ったお茶』ですから。命に別状はありません」
今にも泣き出しそうだった少女はDarkの顔を「本当に?」とでも言いたそうな顔で覗き込んだ。
Darkはこの様な顔を向けられるのは初めてだったので、少しばかり反応が遅くなってしまったが、「はい。大丈夫です」と、相変わらずの微笑みで返す。
其れを聞き少女は「良かった……」と、1言、呟くように言った。
其処でDarkはハッとする。もしかして少女は自分に貸された役目を忘れているのではないか。と、思ったからだ。なので改めて頼むことにする。
「すみません。ゲームで使うお茶を注いでいただきたいのですが……」
「あ、ゴメン。忘れてた……」
案の定、少女は忘れていた。
少女が此の賭博場のディーラーに訳を説明すると、快く了解してくれ、少女にティーセットと一つの伝言を託してくれた。
少女はコポコポとお茶を手際良く注ぐと、1つのカップには薬を、残り五つのカップには角砂糖を1つずつ入れた。
其れをお盆にまとめて載せ、テーブルに持っていくと、Darkの指示通り、等間隔で机の上に置いた。
「えっと、此れで良い?」
少女は確かめるようにDarkに訊く。Darkは「ええ」と、短く答えると、続けて、
「お茶が零れてしまわない様にテーブルを回して下さい」
と言った。
少女は「うん」と返すと、Darkに言われた通り、お茶が零れてしまわない様、しかしある程度の勢いをつけて回した。
「適当に止めて下さい」
「うん。えいっ!」
少女はテーブルをバシっという音と共に止めた。
「有難うございます」
Darkは笑顔で少女に礼を言う。少女も「どういたしまして」と、笑顔で返す。
そしてDarkはAntoinetteに向き合うと、言う。
「それでは、始めましょう」
1杯目。
「あの、すみません……」
少女が恐るおそるといった様子で話し掛て来た。
「どうかしました?」
Darkは質問する。
少女はコクリと頷くと、言った。
「えっと、『此の痺れ薬は対魔法用なので、数時間の間は魔法が使えなくなります。それから負けた方にはハーブティーでも淹れて差し上げましょう』と、ディーラーさんが言っていました」
(何故ハーブティー?)
Darkは、意味が分からない。と思ったが、きっと此の店の好意か何かだろうと思い、考えるのを止めた。
「分かりました」
「分かったわ」
DarkとAntoinette、それぞれが少女に返事をする。
「それだけです。…こんなタイミングで言ってしまってすみません」
少女はそう言うと、一歩下がろうとした。だが、
「待って」
Antoinetteが止めた。
「何番目に注いだお茶に薬を入れたの?」
Antoinetteは問う。
少女は急な質問に「えーと……」と呟きながら少し考えると、
「確か、6番目…最後に注いだお茶に薬を入れました」
と、答えた。
「有難う」
Antoinetteは一言礼を言うと、ふわりと微笑んだ。
それを見た少女はつられて微笑むと、ペコリとお辞儀をし、後ろに下がった。
「可愛い子ね」
AntoinetteはDarkにそう言う。しかし、Darkは肯定も否定もせず、ただ微笑んだだけだった。
その様子を見たAntoinetteは、少しつまらなさそうな顔をする。Darkが動揺するのを見たかったのだろうか。
(そんなつまらなさそうな顔をされましても……)
此処で先程の質問を『是』と答えたらどうなることか。其の結果を考え、Darkはつい苦笑してしまう。 しかし、幸運なことにその表情に気が付いた者は居なかった。
そして、苦笑している事に自分で気が付いたDarkは、Antoinetteに気が付かれないように表情を無にすると、改めて、本当に何もかも改めて言った。
「それでは、改めましてDarkです。Ms.Antoinette宜しくお願いします」
ニコッと笑う、そして続けた。
「では、Ms.Antoinette、先攻と後攻、どちらがお好みで?」
するとAntoinetteは、「うーん、そうねぇ……」と、呟き、少し考えていた。もしかしたら、振りなのかもしれないが。
其の少し考えた結果Antoinetteは
「それじゃあ、先攻で」
と、答えた。
Darkは其れを聞くと、「それではどうぞ」と、言った。
Antoinetteは1つカップを手に取り、軽くくるくると回し、口に近づける。其の時だった。
「すみません。1つ言い忘れた事がありました」
Darkが急に止めた。
Antoinetteは近づけかけたカップを胸の位置まで戻すと、「どうしたの?」と訊いた。
「はい。今回使うのはお茶なので、最後まで飲んで下さいね」
其れを聞くとAntoinetteは、
「分かったわ」
と、1言返し、またカップを近づけた。
1口、含む。
「お味はいかがですか?」
Darkはそう訊く。しかし其の声音にはそんな事はどうでも良い。と、言った雰囲気が漂っていた。
其の事に気が付いたAntoinetteは、
「貴方も分かっているでしょう? あえて言うなら、そうね……『予想通り美味しい』かしら」
そうDarkにそう答えると、其の事を証明するかの様に残りのお茶を飲んだ。そして机に空になったカップを戻すと、
「美味しかったわ。ご馳走様」
と少女に言った。少女はペコリとお辞儀をする。
「次は僕ですね」
Darkはそう言うと、お茶の入ったカップを見る。
Darkは少女が六番目にお茶を注いだカップに薬を入れた。と、言っていた事を思い出す。
つまり、1番湯気が出ているものを避けて選べば良いのだ。
しかし、そんなに簡単に選べるものではない。
(さて、どうしたものですか……)
もう、こうなったら適当にでも選びますか……。
自分でも「アバウトなっ!」と言いたくなる様な事を思う。だが、そんな事は出来ない。
もしかしたら、痺れ薬が入ったカップを選んでしまうかもしれない。5分の1の確立だ。取らない確立の方が高い。だが、もし。だ。
適当に選ぶか選ばないか。Darkがそう、ぐだぐだと自問している時だった。
(ん?)
一つだけ何処となくおかしいカップが有った。何がおかしいか。其れは、
(他のものより、湯気が出ていない……?)
そう、其のカップだけは、あからさまにとまではいかないものの、Darkには湯気が出ていないように見えたのだ。
6番目に注いだお茶に薬が入っているのだからそのカップが1番安全だろう。
しかし、これまで何百回も賭けて来たDarkの勘は、『危ない』と告げている。
Darkは其の勘に従い、別のカップを手にする。
(これなら大丈夫ですよね)
少し眺めながらそんなことを思う。
「飲まないの? まさか、怖気ついちゃった?」
カップを手に取ったものの、なかなか飲まないDarkにAntoinetteはそう、薄ら笑いを浮かべて言う。
「まさか。今から飲みますよ」
Darkはそう言うと、少し弱かったでしょうか。と、思いながら、口にカップを近づける。
Darkの近くに立っている少女は、心配そうに其れを見つめていた。
1口、含む。そして、少女の方を向くと、安心させるように微笑んだ。
少女は其れを見ると安心し、Darkに微笑み返す。
「仲が良いのね」
二人の様子を見ていたAntoinetteはそう口を挟んでみた。
「ええ、仲間ですから」
Darkはまた、しかし、いつもより何処となくうれしそうに微笑んで、残りを一気に飲み干した。
2杯目。
「私の番ね」
そう言うと、Antoinetteは迷う事無くカップを手に取った。
「ずいぶんと早いんですね」
Darkはそう言ってみる。特に意味は無い。
「だってこれには薬なんて入っていないもの」
Antoinetteは、さも当たり前だというように言い切る。
「何故、そう思うんですか?」
Darkは質問する。しかし、返って来る答えには特に興味は無い。きっと嘘を吐くのだろうから。それに、理由なんてほとんど分かっている。
「なんとなく、よ。理由は無いわ。でも、4分の1よ。薬にあたる可能性の方が低いわ」
Antoinetteはそう返すとお茶を飲んだ。彼女が予想したとおり、薬は入っていないようだ。
「ほらね」
Antoinetteは少しDarkを見下すように言う。
(ちょっとイラッてきました)
Darkはいつもの微笑みを湛えているが、何処か黒い物を少しだけ滲ます。しかし、其の事にAntoinetteは気が付いていない様だ。少しだけ、本当に少しだけだが笑っている。
(こ、怖いよ……)
だが、横に立っていた少女だけは其の事にすぐに気付いており、恐怖を覚える。彼が怒っている様子など、まだ見たことが無いのだ。どうなるのか分からない。否、もう此の時点で気圧されてしまっている。怖いこわい。
Darkは我慢が出来なくなったのか、フッと笑うと、
「僕は勝ちますから」
と宣言した。
勝負が付くまで分からない。だから普段は言わない言葉なのだが、今回はもういい。
(まぁ、これで負けたら恥ずかしい奴ですけどね……)
Darkはそんな事を思う。
一方、Darkがそんな事を考えていると知らないAntoinetteは其の言葉を聞くと試す様に言う。
「それじゃあ、証明してもらおうかしら。早く選びなさい」
Darkは「もちろん」と言う代わりに、ニコッと笑う。そして1つ手に取った。
(多分、残りの中で1番安全なのはこれですよね)
そう思いながらDarkはくるくるとカップを回す。
そして、こんなどうでも良い事を考え出す。
(大体、僕って魔力が全く無い様ですから、対魔法用って効かないんですよね。でも、あれって……!!)
其処まで考えて、Darkはハッとする。
(そういうことですか……)
Darkはこの瞬間、このカップに薬が入っていないのだと確信し、そしてどのカップに薬が入っているのかが分かった。
しかし、其れと同時にAntoinetteが次に取るカップがどれなのかが気になってくる。
(もし、あのカップがそうだとしたら……)
其処まで考えた時だった。
「早く飲みなさい」
Antoinetteの催促する声が聞こえる。否、催促と言うよりも命令と言ったほうがしっくりくる。
Darkは思考するのを止め、何も返さずに其のカップの中のお茶を一気に飲んだ。
そして、
「薬は入っていないようです。…どうです?」
と、少しばかり皮肉を込めてAntoinetteに言った。
「そうみたいね」
AntoinetteはDarkの言葉を聴き、気になど留めていないという風に返した。
少女は少しうれしそうだった。Darkが勝てると確信したのだろうか。
(勝負はついていないんですから、そんなうれしそうにしないで下さいよ……)
Darkは苦笑したくなる。しかし、勝負の最中にそんな事は出来ない。
Darkは表情を引き締めると、カップを机に戻した。
3杯目。
「後、カップは2つだけですね。Ms.Antoinetteはどちらをお選びで?」
「そうねぇ……」
Antoinetteはそう呟くと選び出した。
Darkには其の様子は選んでいるのではなく、ただ眺めているように見えた。そして、ただ黙って見ている。
少女にはそんなDarkの様子が、なんとなく眺めている。と、いう風に見えた。
しかし、そんな事は無い。
Darkは今、緊迫しているのだから。
(お願いです! 今回は負ける訳にはいかないんです……! あれだけは取らないで下さい……!!)
Darkにはどのカップに薬が入っているのか分かっている。
そして、多分この店で最も強いのだろうAntoinetteが普段どんなことをしているのかも安易に想像がつく。
「決めたわ」
Antoinetteは、1つのカップを手に取った。
一方、Darkの其の動作や表情は『いつも通り』で、少女には何を考えているのか、分からなかった。
其の時だった。
「やっていますね」
少女にディーラーが近づいて来た。
「あ、さっきは有難うございます」
「いえ、これも仕事のうちですから」
少女がお礼を言うと、ディーラーはそう返した。そして、
パチパチパチ
ディーラーは拍手をする。そして、言った。
「おめでとうございます。あなたの勝ちです」
其れを聞き、Antoinetteが「有難う」と言う。しかし、其の表情には『当たり前』とでも言いた気な色があった。
少女は其の言葉を聞き、不安を覚える。
きっと、此処で負けたら、彼は悔やむだろう。優しい性格の彼だ。少女はそんなDarkの姿は見たくなかった。
少女はちらと横目でDarkを見る。すると、
「貴方もなかなか酷い事をしますね」
Darkは不敵な笑みを浮かべていた。
少女は予想外――きっと、無表情か苦い顔をしているのだろうと思っていた。――の出来事に驚く。
「何のことでしょう?」
ディーラーはそう言う。惚けているのかそうでないのか。全く分からない。
「そうよ。彼が嘘を吐いているとでも言うの? …ま、良いわ。飲めば分かるのだから」
Antoinetteはそう言った。隠そうとしているのだろうが、其の声音はうれしそうだった。
Darkは「そうですね」と、いつもの微笑みを浮かべながら言った。
其れを聞き、Antoinetteはカップを口に近づける。
そして、一気に飲み干す。
「ほら」
Antoinetteがそう言った刹那の出来事だった。
パリィィィィイイイン……
物の割れた音がした。
少女は音のした方を見る。其処にはもとはティーカップであっただろう物の破片が、四方八方に散らばっていた。
少女はゆっくりと視線を上げる。
「なん…で……」
震えた声が聞こえる。
少女の視線の先には、震える手を『信じられない』と見ている、Antoinetteの姿があった。
震えているのは手だけではなかった。彼女の声もそう。そして、身体もカタカタと震えていた。
Antoinetteは痺れと、負けたというショックに耐え切れず、崩れる様に座り込んだ。
Darkは彼の手の中にあるカップを口に近づけると、全て飲み干した。
「…どうやら、僕の勝ちですね」
空になったティーカップを机の上に戻しながら、Darkは同乗する事もなく、Antoinetteに告げた。
「そん…な……。私が…負けるなんて………あぁっっ」
Antoinetteは震えながら泣き出す。
一方、Darkは無表情のまま、
「それでは、賭け金を頂いていきます。…それでは」
と言って、机の上に置いてあった2枚の小切手――1枚はDarkが賭けていた分で、もう1枚はAntoinetteが賭けていた分だ。――を手にすると、その場を離れた。
Darkと彼が連れていた少女が居なくなった、賭博場。
其処に、勝負で負け、寒さと痺れに震えるAntoinetteと、一人のディーラーが居た。
「貴方、なんでいつものカップに薬を入れていなかったの?」
Antoinetteは怪訝そうな顔でディーラーに訊く。
するとディーラーは、
「『あの少女にお茶を注がせて良いか』と言うMr.Darkの問いに『是』と答えたのは貴女でしょう」
と、返した。
其れを聞き、Antoinetteは、
「其れは貴方がどうにでもしてくれると思ったからよ」
と返す。其れに対し、ディーラーは、
「其れは無理ですよ」
と、答えた。
「何故?」
「其れはですね……」
ディーラーは、何かを懐かしむように目を細めると、
「亡くなった前王に似ているんですよ」
と言った。
その言葉にAntoinetteはキッと目を引きつらせると、感情的になって、
「アイツは黒髪よ!! 幾ら金眼でも其れは変わらないわ!! あんな奴に負けるなんて!! 相手もイカサマ師なんだから、勝てると思ったのに……!!」
と叫んだ。しかし、其の声はやはり震えている為、何処かDarkを恐れているように聞こえてしまう。彼女にそんな事を言ってしまった時は、どうなってしまうか分からないが。
「まぁ、とにかく負けたことに変わりはありません。…薬の影響で寒いでしょう。どうぞ」
ディーラーはハーブティーの入ったカップをAntoinetteに渡した。
Antoinetteはあからさまに不機嫌そうな顔をしながらも、何も言わずに其のカップを手に取った。
「ねぇ末那」
少女――映帯 空は、Dark事、末那に話し掛けた。
「何ですか?」
末那はニコッと微笑みながら訊く。すると、
「どうして勝てたの? 勘?」
と、訊いて来た。
「あー、其れですか」
末那は(分からなかったんですね)と思うと、説明を始めた。
「始めに引っかかったのは、『負けた方にはハーブティーでも淹れて差し上げましょう』と、空さんが言うように言われた。と言った時です」
「え? なんで?」
空は小さく首を傾げる。
「其の時は、此の店の好意か何かなのかと思ったのですが、後から思い出したんです」
「何を?」
すると、末那は、
「対魔法用の薬は、副作用で物体の温度を下げるという事をです」
と、答えた。そして続ける。
「なので、1つだけ妙に湯気が出ていないのがあったのですが、其れが最後に淹れたとしても、薬が入っているって事になるんです」
そう言うと、「上手く説明できませんでしたが、分かりましたか?」と空に問う。
空は「うん」と答えると、
「だから、ああ言ったんだね!!」
と嬉しそうに言った。多分、『ああ言った』というのは「僕は勝ちますから」と、宣言した事だろう。其れを聞き、末那は苦笑するしかなくなる。
「最終で、Ms.Antoinetteがもしかしたら薬の入っていない方を取っていたかもしれませんよ?」
「え、じゃあ、なんでああ言ったの?」
空は不思議そうにする。
其れを見て、
「あー、あれはですねぇ」
と、其処まで言う。しかし、続きが言おうにも言いにくい。
「あれは?」
空は小首を傾げて続きを訊いて来る。全く、言いにくいったらこの上ない。
「………僕がただMs.Antoinetteにイラついて言ってしまっただけです。…僕もまだまだ子供ですね……」
末那は言いたくない。という気持ちを我慢して言い、ばつが悪そうにする。
空は、末那の様子を見てクスッと笑う。
其に様子を見て末那は、
「だってイラつきもしますよ!! 絶対あの様子はイカサマ師ですよ!! しかも、絶対先程のディーラーとグルになって!!!」
と、拳をグッと握り締めながら興奮気味に言う。
空はそんな末那を「まぁまぁ」と宥める。結局は末那が勝ったのだから良いのだろうに。そして、末那の新しい顔を見る事が出来て、面白く思う。これまではずっと見た目の年齢より大人びた行動を取っていた。しかし、今の末那は年相応…どころか幼く見える。
末那の、もしあそこまで口調が丁寧でなかったのなら、「チクショーっ!」とでも言いそうな顔を眺めながら、空は、
(これからどうなるかちょっと心配だったけど、やっぱりどうにでもなりそうかも!)
と、思う。
「ねぇ末那、これからまずどうするの?」
そう訊いてみると、末那はすぐに表情を元に戻し、
「とりあえず宿でも取りましょう。僕、今日、此の町に来たばかりでまだ取ってないんですよ」
そして、「何処か良いところを知りませんか?」と訊く。
「それだったら評判良い所、知ってるよ! ………すみません、お金もって無いんだけど……」
「? これから一緒に旅するんですから僕が払いますよ?」
「神様ぁっ!」
そんな会話をしながら、二人は歩き出した。
『Dark』Fine
駄文を読んでいただいて有難うございました。
これはただDarkの運が良かっただけのお話です。
Darkをかっこよく書きたかったのに全然書けませんでした(汗)
かっこよく書くはずだったのに……
次回こそは!!(多分ありません、まる)