恋愛事件
恋をした。生まれて初めての恋。きっかけは私の一目惚れだった。ああ、あのお方はいったいなんというお名前なのだろう、どうしてここにいるのだろう。その答えはすぐに分かった。最近、この近辺で連続殺人事件が起きていて、大勢の警察が私たち住民に訊き込みを行っていた。その警察のお方が話しておられるところを、少し聞いてしまったのだ。私が一目惚れをした相手、そのお方はなんと名探偵らしい。なるほど確かに鋭い目つきをしていて、とても観察眼がありそうだ。頭の回転もよいのだろう、今は警察のお方にいろいろと質問をしているようで、最も新しい殺人現場のあちらこちらを指さし、お話をしておられる。その指は普通の男なんかよりも少し太めだった。頭がよいだけではなく、もしかしたら格闘技かなにかを嗜んでおられるのかもしれない。肩幅は警察のお方たちとほとんど同じだし、きっと、そうなのだろう。ああ、なんて素敵なお方。もっと近くで見ていたいのに、警察のお方が張られたロープが邪魔をする。私とあのお方の邪魔をする。ああ、ああ、なんてひどいロープ。いいえ、それでも私はあきらめないわ。だって一目惚れですもの。女の一目惚れはとても運命的なの、絶対なの。誰にも、例えこの黄色と黒の縞々模様のロープでさえ、この運命を妨害することなんてできないわ。
それから数日、私はその殺人現場に足を運んだ。名探偵のお方は毎日はそこに来ないようで、私がそのお方を目にするのは、三日に一回程度であった。でも、それでもいいの。ここに来さえすれば、あのお方をこの目に焼き付けることができるんですもの。そして家に帰ったら、あのお方のお姿を思い出して、うっとりするの。最近、お母さんに、きれいになったね、と言われる。やっぱり、恋は女を変えるのね。私はお母さんに、ふふふ、と意味深な微笑みを投げかけてあげるの。そしたら、お母さんも気付いたらしく、ふふふ、と返してくる。女どうしだもの。それだけで全てが分かるの。ああ、きっと、私とあのお方も同じ、こうして微笑み合うだけで、全て分かりあえる。以心伝心できる。早く、ああ、早くそんな風になりたい。今まであのお方が私に目をくれたことは一度もないけれど、多分、恥ずかしいのね。女性に慣れておられないのかもしれない。もしそうであったなら、私が初めての女性となるだろう。そして私も同じ。あのお方が初めてのお人。なんて素敵なことなのだろう! これはきっと、神様のお導きなのよ。
三日に一日は、一週間に一日となっていた。まだ犯人は見つからないらしい。かなり知能が高い犯人なのだろうか、あの名探偵の方も分からないようだ。しかし犯人が捕まってしまったら、あのお方はすぐに故郷へと帰られるだろう。それはいけない。どうしても犯人が分からないようにしないと。
それから私は、殺人を始めた。
一人殺し、二人殺し、三人目を殺すときにはもう、抵抗などなくなっていた。血の生臭い臭いも、人のもがき苦しむ顔を見るのも、慣れ切ってしまった。運命のためだもの、仕方のないことよね。多分、この私が殺した人たちも、ここで死ぬ運命だったのよ。きっとそうだわ。
そうしてまた、毎日あの名探偵を見られるようになった。しかも今度は、あのお方がちらちらとこちらに目をやっているの! あのお方も気付いたんだわ。私との運命に。これはもう、決まったも同然よね。家に帰ったら、お母さんに報告しないと。結婚式はいつにしようかしら。できるだけ早い方がいいわよね。あのお方だって、すぐに子供をおつくりになりたいでしょうし。ああ、もう、結婚式なんてやめて、すぐにでも一緒に暮らしてしまおうかしら。明日からでも、甘い生活が始められるわ。いけない、そうと決まれば、早く家に帰ってお掃除をしなくちゃ。
甘い生活はやってこなかった。私は、それからすぐに逮捕された。私が殺していない殺人事件についても、犯人にされてしまった。あの名探偵の方も間違えることがあるのね。ちょっとかわいい、なんて。
女の逮捕後、近くのホテルの一室では、かの名探偵が上半身裸で姿見の前に立ちはだかっていた。手には握力を鍛える機械を握っている。
「やっぱり年を取ると筋力がなくなってくるんだな。少し筋肉が落ちたようだ。それに年々、ナイフの刺しが甘くなっている。まだまだだな」
名探偵はそう言いながら、端正な顔を鏡に近づける。
「しかも最近、眼が鋭すぎる。これでは僕が犯人みたいではないか。いや、実際そうなのだが、あまり変な顔になると女に惚れられなくなってしまうではないか。しかし今回は女が動くまでに時間がかかったな。もう少し早めに動いてもらいたかった。今までの女はもっと早かったのだがなあ。……おっと、そろそろ警察から報奨金が振り込まれているころだろう。確認しに行かなくては」
そうして名探偵、もとい連続殺人犯は服を着て、その部屋を出ていった。