三 皇女の行方
「シェランが見つかった!? 本当ですか、陛下!」
皇王の呼び出しに集まった三人の少年は、呼び出しの用件を聞いて喜色に満ちた声をあげた。
場所は皇王執務室、上座に座るのは当代皇王リダーロイス。ヴィーフィルド皇王家直系の証たる闇夜の如き漆黒の髪と、蒼穹を映した瞳を持つ壮年の美丈夫である。その左手に立つのは皇王の嫡子、皇太子ファナルシーズ。やはり夜の黒髪を持ち、その双眸は極上の紫水晶もかくやという色。双方ともに、少年たちの反応に苦笑気味だ。
アルトレイスが勢い込んで皇太子に迫った。
「伯父上。それで、シェランはどの世界のどこにいるのですか?」
この言葉には、少し説明が必要だろう。
アルトレイスが言ったシェランとは、彼自身の従妹であり、皇太子の唯一の子、皇女シェランティエーラのことである。
世間には公表されていないことだが、彼女は現在行方不明だった。
始まりは九年前、皇太子妃が、皇太子との婚儀にあたって自身に与えられた所領に行啓したことだ。当時、皇国は東の新興国家と戦争状態にあり、国内には敵の間者らしき者らによる不穏な動きが見られていた。そのため周囲は止めようとしたのだが、皇太子妃はいつもの定期視察だとして譲らなかった。職務に熱心で、民に対して気配りを怠らない彼女としては、当然のことだっただろう。もちろん護衛はつけられた。
ところが出立直前になって、予定外のことが起こった。人員が増えたのである。それも護衛の方ではなく、それに守られるべき者が、皇太子妃とともに行きたいと言い出した。――当時五歳の皇女である。
皇太子と皇太子妃の間の唯一の子である彼女は、男女問わず直系嫡出の長子が家督を継ぐことが定められているヴィーフィルドにおいて、れっきとした皇太子の跡継ぎであった。そしてある理由から、彼女は皇王家の中でもことさらに特別な存在だった。
しかし未来の皇王とはいえ、幼い子供に視察だの義務だのの説得が通じるものではない。彼女が散々駄々をこねた(具体的には、幼さゆえに制御し切れていない神力で皇城を破壊しかけた)たため、結局周囲が折れる形で、皇女の同行が決まった。もちろん、急遽護衛も追加された。
視察は途中まで順調に進んだ。異変があったのは、一行が出立してから一週間ほどたった夜である。
皇太子妃一行は、ルーランセという町の離宮に入った。残りの視察期間中はこの離宮を拠点に領内を見て廻る予定だったという。しかし、その予定は遂行されなかった。
離宮に入ったその夜――一行は、賊の襲撃を受けたのである。
ついていた護衛だけでは、撃退することができなかった。夜陰にまぎれての襲撃に、十分に対処することができなかった。
皇太子妃は、状況を受けてすぐに皇女を連れて離宮からの脱出を試みた。その逃避行は、途中まではうまくいった。彼女は側近のみを連れて離宮の秘密の通路を抜け、裏手の山に出ることができた。
そこからのことは、具体的にはわかっていない。
わかっていることは全て、生き残った護衛や女官達らの証言から推測されたものだ。
山の麓あたりで一度賊に追いつかれたらしい。一人犠牲になった女性がいたが、誰かは判別できなかった。その顔が個人を特定できないほどにひどく潰されていたためである。
その後の皇太子妃の行方は、いまだに不明だった。生死すらわかっていない。
皇女の行方の方も似たり寄ったりの状況だった。ただ、彼女の方は生存していることがわかっていた。
ヴィーフィルド皇王家の血を引く人間には、強大な神力に加え、不思議な力が備わっている。その一つに、「なんらかの強い感情を全員が共有する」、「誰かに死が訪れたとき、その衝撃が全員に伝わる」というものがある。
皇女の場合、前者はあったが後者はなかったのである。
前述の通り実際に何があったのかは、それを見た者がいないため、誰にもわからない。しかし事件が起こった夜、皇族全員が皇女の「叫び」を聴いた。怒り、悲しみ、そしてそれ以上に恐怖に満ちた彼女の悲鳴が、文字通り彼らの心に届いたのである。次いで――彼女の存在が、この世界から零れ落ちていく感覚が。
これらの事実から、皇族内ではこう推測された。
すなわち――賊に追い詰められ生命の危機を察知した皇女は、本能的に反撃しようとして自身に宿る神力を行使した。しかしその力は賊を倒すことだけではなく、その場から彼女自身が逃れることをも目的に振るわれた(矛盾しているようだが、幼い子供のことである。命を狙われ混乱したとしても無理はない)。そして逃避を目的に行使された力はその場の時空を歪ませ、別の世界への「道」を開き、皇女はその「道」へ転がり落ちてしまったのだろうという結論に達した。「別の世界へ渡った」と言い切らないのは、皇女が確実に「向こう側」に渡ることができた確証がなかったためだ。
いずれにせよ、娘の異変を察知した皇太子が手勢を率いて現場に到着したときには、皇女に直接手を下そうとした賊は挽き肉と化していた。その場に転がっていた死体が着ていた服から判断して、皇女を守る者がいた気配はなく、事実を語ることができる者が本当に誰一人として残っていなかったため、今日に至るまで推測は推測の域を出なかったのである。
皇太子は少し表情を引き締めた。行方不明だった娘が見つかったことは喜ぶべきことだが、心配するべきことは残っている。しかし何よりもまず、娘を連れ戻すことが肝心だった。
「アルトレイス、イルヴァース、ソルディース」
少年たちはその声音に、自然と背筋を正した。
「先ほど、長らく行方不明だった皇女の所在が判明した。本来ならば私自ら異界に赴きたいが、諸々の事情ゆえ城を空けることが叶わない。国境視察の最中に呼び戻してすまないが、こればかりは頼める者が少なすぎる」
「承知しております」
皇女が行方不明であることを知っているのは、皇族以外ではほんの数名だ。しかもその数名のことごとくが皇城内で重要な役職についており、迂闊に彼らが城を空けるのはまずすぎる。それでなくても異世界に渡ることは神力の少なさに比例して危険が大きくなる。
少年たちは、自分たちが呼び出された理由をきちんとわかっていた。彼らもまた、九年前、皇女の悲鳴を聴いたのだ。
皇太子は、様々な感情を込めて言った――「皇太子」として、「父」として。
「異界に流された皇女を、連れ戻してくれ」
少年たちに否やの意思があろうはずもない。彼らは最高の礼を以って答えた。
「御意」




