蛍の灯火(1)
――夜。
小川の流れる音だけが聴こえていた。
深く茂った草地に身を潜ませ、僕は辺りの様子をうかがう。今はまだ人気の無い道だけど、鳥や虫たちが落ち着きなくそわそわしているところを見て、もうすぐ騒がしくなりそうな予感がした。
僕は橋を見上げる。この橋は木製で、幅も長さも短いから、これから沢山の人が来ても精々十人くらいしか並べないと思う。壊れてしまわないか心配だった。
不意に、彼が言った。
「ほら、遠くから祭囃子が聞こえてきた」
「緊張する……上手くできるかな」
「大丈夫。昨日も練習して成功したでしょう?」
「……うん」
足音が近づいてくる。僕たちは合図で一斉に飛び立った。
それぞれが微かな光を放ち、小川は明るく照らされた。橋の上で人々が感嘆の声を上げる。そこで立ち止まって、僕らを眺めていく人もいた。
「やった! 成功だ!」
僕が叫ぶと、皆も嬉しそうに微笑み、宙を舞っていた。
ここを西へ進み、林を抜けると、お祭りの会場に出るらしい。僕たちは入口のゲートを作っているのだ。別にこれは誰かに頼まれたというわけでもなく、先祖代々受け継がれる風習みたいなものだ。毎年、決まった日に行われる。
「最後の人が来たみたい……だよ」
彼は珍しく、不思議そうな口調で言った。僕もその人を見て、少し驚く。
それは中学生くらいの少女で、何故か病院で着るような服を身に纏っていた。
僕は彼に尋ねる。
「どうしたんだろうね?」
「さぁ……わからない」
彼女は橋の上で立ち尽くしたまま、しばらく経っても動こうとしなかった。儚げな表情を浮かべ、焦点の合わない目で僕らのほうを見つめている。
どれだけの時間が過ぎただろう。
皆は疲れて、光るのをやめ始めた。僕も限界で、草に留まり、灯を消した。
辺りは急に静かになった。
暗闇の中、月の淡い明かりが、少女を照らす。
「――」
少女は口を開き、何かを呟いた。けれどそれは小さくて、僕は聞き取ることができない。
彼女は祭りの方をチラリと横目に見ると、俯き、来た道を歩いて去ってしまった。
僕らはそれを黙って見送った。