なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
わたくしは欲しがり妹に負けません ~あの女に家は渡しません~
形式的なノックと共に、書斎に入って来た義妹が、わたくしに告げました。
「義姉様、アレはだめよ。義姉さんの婚約者」
「貴女が誘惑したのでしょう!」
義妹はおぞましい。
色気づいた義妹は不潔です。
その持って生まれた体だけで世を渡っていく舐めた態度が哀れです。
お父様の兄である伯父が、卑しい平民の女と駆け落ちして出来た娘。
伯父と相手が死んで、うちに引き取られた娘。
みすぼらしく卑しい環境で育った無知蒙昧で哀れな娘。
この子は、何の定見も目標なく安易な方にばかり向いて生きていて、何の学も身に着けようとしない。
我儘ににふるまっている。
体を使って物事の道理が判っていない殿方を捕まえれば、貴族になるのは簡単と信じてる。
案の定。わたくしの婚約者を寝取った。
義妹は何の反省もない口調で、
「ええ、したわ。あの程度で誘惑と言うならね。でも、正式な養女にもなっていないあたしの言葉をうのみにする男とかって、ダメでしょう」
「え」
「そもそも誘惑と言っても、ちょっと思わせぶりなこと言っただけ。しかもキスしたわけでも触らせたわけでもないわ。寝てなんていないわ」
「うそをおっしゃい!」
呼吸するように男と寝る平民のくせに!
「義姉様は見たの?」
わたくしは一瞬言葉に詰まりました。
直接見たわけでも、見た人に聞いたわけでもないのです。
ですが、卑しい娘のやり口などわかっているのです。
「誰かが見たわ。真実はいつか顕れるもの。隠せないと知るべきです」
「していないのを見たの? それはウソと言うのよ義姉さん」
「わたくしだって男女の機微くらい知ってます。あの人はあんな目ではわたくしを――」
義妹はうっすらと笑った。
「あたしは『なんでも自分が正しいと決めつける義姉様とは息がつまるでしょう』と言っただけよ」
「! 正しくて何が悪いのですか」
「悪くはないわ。でも、あの男はそれだけで転んだのよ。そして勝手に盛り上がってる。あたしは何の言質も与えてはいないんだけどね……今なら、義姉さんから婚約解消を申し込めばあいつあっさり受けるわ」
「……そして貴女が、彼と婚約するのでしょう」
「しないわ。するわけないじゃない。断るわ」
ウソをおっしゃい、その手に乗るものですか。
自分が婿を得て、この家の後継者に――
義妹は、なぜか、面白そうに笑って、
「さっきも言ったけど。そもそも、あたし、このうちの養女にもなってないんだけどね」
そんなはずありません。ウソを平気でつく娘なのです。
わたくし一呼吸を入れて、冷静な口調で。
「……盗ろうとしてるでしょう。そして貴族の奥方に納まろうとしている。浅墓ですね」
「あんなのを? まさか」
義妹は。淡々と言った。
「義姉様こそあたしにあっさりなびくバカと婚約を続けたいなら、それでもいいけど」
「そうしたらどうするの?」
「どうもしないわ。どうでもいいものあんなの。あれは相手を不幸にしかしない男よ」
その言葉は恐ろしく冷たかった。
「貴女は最低な女ね。あの人をもてあそんだと白状してるも同じです。自分の卑しさを公言するなんて、わたくしには到底できませんね」
「そうかしら? そうかもね。でも義姉さんだって結構最低じゃない」
「どこがですか!?」
義妹は声を立てずに笑い、
「だって、好きでもなければ愛着もなく軽蔑してさえいる婚約者、すぐ目移りするような常識知らずと婚約を続けるんでしょう?」
わたくしはあの人を愛していない。でも、
「……それが貴族だからです。貴女も貴族になりたいのなら覚えておくことね。好き嫌いで生きるのは獣と同じですわ」
「ふーん。じゃあそうすれば。せっかく別れられるチャンスなのに」
義妹は、わたくしの書斎から出ていきました。
その背中を見ながら、わたくしは口角をあげました。
憐れで浅墓な娘。
今、貴女は自分が『すぐ目移りするような常識知らず』と呼んだ男と、結婚するしかなくなったと判っているのかしら?
※ ※ ※
わたくしは後継者として任されている執務をきちんと終えたあと。
両親に訴えました。
義妹がわたくしの婚約者を誘惑して、寝取ったと。
だから、向こうの有責で婚約を解消し、婚約者と義妹には正当な賠償を払わせ、婚約者には責任を取らせて義妹とめあわせるべきだと。
こうすれば、わたしはあの婚約者を義妹に押し付けられます。何の落ち度もない被害者として。
これが貴族の娘の遣り方。自分は悪くない領域に置き手を汚さない。
あの哀れな娘には一生わからないでしょうけどね。
うそだらけの義妹ですが、これがあの婚約者と別れるいい機会だというのは本当です。
所詮は平民あがりの浅墓な娘。わたくしを愚弄したつもりで、結局はあんな男を押し付けられるなんて。しかも巨額の賠償まで払わされる羽目になって!
元婚約者と義妹は結婚させられて、仲良く平民落ちになるでしょう。
そのあとはどう料理しようと思うがままですわ。
お父様は、わたくしの訴えを最後まで聞いて。
疲れたようにつぶやきました。
「育て方を間違ったな」
今頃気づいたのかと思いました。
お母様は溜息をつきました。
あんなのを引き取るべきではなかったと今頃判ったのでしょう。
お父様はわたくしの顔を見て、ぽつりと。
「お前の育て方だ」
「え」
「確かに、お前には貴族としての義務を口を酸っぱくして言った。貴族として誇りをもて。後継者として家を背負う覚悟をしろ。家のために我慢しろとな。だが、義妹を陥れるとはな」
「なにを……」
「もうすでに、あの子から全てを聞いている。あの愚物が、どうやってあの子に色目を使うようになったかな」
「愚かな娘ですね」
自分からあの婚約者を誘惑したと、両親に話していたとは。
自分が新たな婚約者に納まる布石のつもりだったのでしょうが。
自ら不貞を告白するとは……救いようがありません。
「あのどうしようもない男と、あの子は関係をもってなどいない。あの子は常に侍女を傍らに置いていた。その侍女が詳しく記録して私に提出している。二人の間にはなにもない」
わたくしは歯噛みした。
「その侍女も買収されてるのです。お父様、そんなことも判らないのですか。今すぐ馘首するべきです」
「買収? どこからその金が出るのだ? お前だって我が家の会計は見ているのだから。どこにそんな痕跡があったというのだ?」
「あの子が巧妙に! きっとうちを抜け出しておぞましいことをして稼いで――」
わたくしは息を呑みました。
お父様のこちらを見る目が、冷え冷えとしていたからです。
なぜ、そんな目でわたくしを!?
「……お前は都合の悪いことは何も聞かないし、聞いた瞬間に忘れるのだな。私はさっき言った。お前の育て方を間違ったとな」
「それは、わたくしをあの女に婚約者を取られるような情けない娘に育てたという意味だと分かって――」
「違う。お前は本当に何もわからないのだな」
お父様は、嘆かわしいとでもいうふうに、
「お前の婚約をどうするかは、お前の意志に任せるつもりだった。お前が婚約解消をしたい、と言うならそうするつもりだった。まさか、あの子を悪者にして、自分の意志でなく、自分が被害者で婚約解消をしようとするとはな」
「わたくしは被害者です! 現にあの下賤な女に!」
「下賤? はは。それは誰のことだ? 他人に冤罪をかぶせ、自分は安全な地帯にいる人間こそ下賤ではないのか?」
なにかが間違っています。
足元が崩れていくような、奇妙な感じ。
ですがそんなわけがありません。
「……貴族の心得も身に着けずふらふらと安易に生きている娘! あのようなものの戯言を信じるのですか!」
「ああ、確かにあの子は貴族に必要なことをほとんど身に着けていない。それはあの子が貴族になる気が全くないからだ」
「え」
お母様が疲れたように言った。
「あの子が貴族になるなら、もっと身に着けるべきことがいっぱいあります。ですが、あの子ははっきり貴族にはなりたくないと、言ったのです」
……では、あの子が礼儀作法も、何も覚えようとしなかったのは。
いえ、それは単に目先の苦労から逃れる口実。
「お母様も目をお覚ましください! それはあの娘が苦しいことに取り組みたくない言い訳――」
「あの子はちゃんと勉強していますよ。隣国3か国の言語、帳簿の付け方、幾何学、薬草学、地学、各地の名産や特産。そういうものは熱心に学んでいますよ」
「え……。でも、あの娘は勉強なんかしていませんわ!」
お母様は溜息をついた。
「していますわ。礼儀作法は最低限ですが、商売に役に立つ外国語や数学などはちゃんと。成績も優秀だと報告を受けていますわ」
「そんなはずありませんわ! きっとその報告をあげてきた者も、あの下賤な女に体で篭絡されているのです!」
お父様は、悲しそうな目でわたしを見て、
「お前は、最初からずっと決めつけていたな。あの子がお前の婚約者を奪って貴族の奥様になりたいのだと」
「だってそうでしょう! あんな下賤な女の考えることなんて――」
お父様は首を振った。
「もうあの子の婚約者は決まっている。下町で暮らしていた時に知り合った商家の跡取りだ。あの子自身も、そのお相手もそれを望んでいた。亡くなった兄とあの子の母親もな」
「え」
「そもそもだ。あの子はうちの養女にもなっていない」
「え」
確かにあの子はそういってましたけど……。
「お前の地位を脅かす存在じゃあないんだ。兄の娘だから、結婚まで世話するだけだ」
「どうして、教えてくださらなかったんですか!」
お母様は溜息をついた。
「何度も言いました。そのたびにあなたは、うそだという顔をしていました。そしてすぐ忘れて同じことを繰り返しました。そのうち私たちは諦めました」
お父様が疲れた声で、
「どうせ、今日、ここで言ったことも忘れるのだろう……」
「うそです! なんでそんなうそを!」
「どうして分らないんだ? お前は次期当主でこの家の仕事をよく知っている。帳簿も見ている。私より優秀だ。なのに、どうして、義妹のことについてだけ何も確認しない?」
「……してますわ! 数々の不正の証拠だって見ています。ですから――」
「具体的にあげてみなさい」
わたくしはあの娘の不正の証拠を見ています。
ですが何も思い出せません。
「見てなどいないのだろう?」
「すぐに思い出せないだけです! もっときちんと調べればいくらでも見つかるはずです。それに皆様からあの娘の悪評を――」
「聞きました、は、もういい。もうたくさんだ。誰から聞いたと言うとお前はいつも『皆様から』という。では、その皆様は誰だ?」
「ですからそれは、学園の学友――」
お母様が疲れ切った声で、
「お前は、わたくし達が盲目だとでも思っているのでしょう。わたくし達は手紙で問い合わせて調べましたの。学園で一体だれが、あの子への悪評を喋っているのかと」
「お前の大好きな皆様が言っていたぞ。お前だとな。お前から聞いて信じたと」
わたくしは、何か言おうとしました。
ですが思い浮かびませんでした。
お父様は溜息をつき。
「お前は優秀だ。後継者として欠けるところはない。奉公人にも親切で。女主人としても問題ない……そして、あの子はその地位を狙ってもいないし、その能力もない。忘れろ。あの子は結婚すれば出ていく客だ。もう考えるな」
なにを言って部屋を辞去したのか覚えておりません。
両親との会話はそれほど衝撃的でした。
お父様お母様が、あそこまで完璧に、あの卑しい娘に騙されているなんて……。
間違いなく、あの娘は、婚約者を狙っているのです。
そして、この家の跡取りをあの愚鈍にして、この家を乗っ取るつもりなのです。
あの娘の婚約者もです――本当にいたらの話ですが――その平民は哀れな道化です。
両親は頼りにならず、奉公人達も買収されているとしたら。
わたくしがこの家を守るしかありません。
幸い、わたくしはこの家の帳面をかなり預かっているので、予算を流用するのは容易でした。
いえ、流用ではありません。
この家を守るために使うのですから、両親も目が覚めたら判ってくれます。
探偵社を複数雇って、あの女の外出を全てつけさせました。
驚いたことに、婚約者は実在し、かなり裕福な商家の跡取りでした。実在したのです。
哀れなことに、あの女が、わたくしの婚約者と両天秤を掛けている事は知りません。
忌々しい事に。
雇った探偵社は全て無能で、あの女の乱倫な証拠を見つける事が出来ませんでした。
それどころか『調査対象とその婚約者は非常に仲睦まじそうだった』などと騙されて!
本当に無能揃いです。
ですが、調べるまでもない事です。
間違いなく、あの女はこの家を狙っているのですから。
わたくしは、あの女の婚約者の実家に全てを暴露した手紙を送りました。
実家は商家だそうですから、徹底的に調べるでしょう。
これであの女はおしまいです。
もちろん、あの愚鈍な婚約者と婚約解消なんかしてやりません。
思惑通りになどなってやるものですか!
これで婚約者とは婚約解消をされ、わたくしの婚約者も奪えず。
あの女の企みは全て潰えるはずです。
この家はわたくしが継ぐのですから!
※ ※ ※
それからほどなくして、義妹と裕福な商家の後継ぎである若い男との結婚式の当日になりました。
わたくしの送った手紙は、無視されたのです。
しかもあの女は神殿で検査を受けて、処女だという証明まで手に入れていました。
どうやって神殿を騙したのか……おそらく体か金で買収したのでしょう。
全く狡猾でけがらわしい女です。
ですが、全てをあの女の思い通りになどいかせませんでした。
あの女は、貴族の奥方にはなれなかったのです。
金持ちとはいっても、所詮は卑しい平民の嫁になるしかなかったのです。
わたくしは堂々と着飾って、結婚式に婚約者を連れて行きました。
お前の企みは成功しなかったと知らせるために。
結婚会場である聖堂へつくと。
わたくしは嫌がる婚約者を引き摺るようにして、正面の一番前に座りました。
見なさい!
わたくしはこの男を婿に迎え、あの家を継ぐ!
お前は卑しい商家の嫁にしかなれない!
悔しそうに歪む顔が見られるはずです。
しかもあの商家は、わたくしから情報を提供されたのに、調べようともしない愚か者。
そう遠くないうちに滅びるでしょう。
なのに。
結婚式のあいだ、あの女はわたしのこともわたくしの婚約者のことも一度も見ませんでした。
結婚式でも、あの女は相手のことばかり見て、幸せそうに無邪気な笑みを浮かべてました。
わたくしが一度も見たことのない顔でした。
そして隣に目をやれば。
物欲しげにあの女を見続ける愚鈍な男が座っていました。
この男と生涯を……。
嫌悪感がこみ上げてきます。
ですが、今さら、解消することもできません。
その時。
あの女が放り投げたブーケは、わたくしの目の前に落ちてきました。
でも、わたくしは拾えず。
わたくしの友人達がそれを奪い合っていました。
わたくしは何かと戦っていたはずでした。
でも、何と戦っていたのでしょうか……。
いえ。騙されてはなりません。
皆が、あの卑しい女に騙されているのです。
両親も神殿も友人達も、あの娘の哀れな婚約者も!
わたくしは立ち上がって、叫びました。
「この結婚は無効です! この娘は生娘ではなく、何人もの男と体を重ねた売女です! 実際、わたくしの婚約者とも寝たのです! そうですわね!」
わたくしは婚約者を睨みつけました。
「え……ち、ちがう」
「ウソをつくのですか! この期に及んで!」
「お、オレは……」
「お前はアレに誘惑されて手を出した! だからあの女と結婚するのはお前なのよ! 汚らわしい!」
周囲は騒然となりました。
あの女の虚像が剥ぎ取られて衝撃を受けているのでしょう。
「お、オレがあの子と結婚できる……?」
「そうよ! お前はアレと結婚すべきなのよ!」
愚鈍な婚約者の顔に、何か狂わしい熱情めいたものが浮かびました。
「そ、そうだ! オレは、その女と通じた! 誘惑されて!」
わたくしは笑い出したくなるのを必死にこらえました。
認めた。
やっぱり認めた!
やっぱりこいつらは体の関係があったのだ!
わたくしが正しかった――
「それは、つまり。我々神殿が虚偽をしているという告発ですか?」
冷え冷えとした声が、響きました。
立ち会っている神官様でした。
「そうです! 検査の係があの女に買収されたのです! 調べれば証拠が出てきます!」
「成程。調べれば。ですか。つまり今は、何の根拠もないということですか」
「根拠ならあります! わたくしの婚約者が通じた相手が、処女であるわけがありません!」
神官様は婚約者を見ました。
「そうなのですか?」
「そ、そうです! オレこそがあの女の夫となるべき男だ!」
後ろから声がしました。
「もう、やめないか」
お父様でした。
お母様は、座ったまま俯いていました。
「やめません! わたくしが正しいと知って――」
「その婚約者が我が家を訪れた時は、必ず奉公人がつけられていた。あの子が外出する時には侍女がつけられていた。婚約者殿、いったいいつあの子と関係をもったというのだ?」
「え、あ、そ、それは……」
わたくしは、婚約者を睨みつけました。
この程度で動揺するとは! 頼りになりませんわ!
「付けられていた者達も買収されていたのですわ!」
「なるほど。お前はいつもそうなのだな」
「いつもとは……」
「お前が雇った探偵社のひとつから、私に話が来た。私が娘に頼んで依頼して来たと。なぜ今回に限り直接ではないのかと、な」
「!」
我が家と古くからの付き合いのある信頼のおける探偵社。
わたくしは、そこを使うために、父の名前を使わせてもらったのです。
「それで私はお前が何をしようとしているか知った……だが、流石にそこまですればお前の気も済むだろうと思ってそのまま依頼を受けて貰った……もし、お前が目を覚ませば、家の金を当主の私の許可なく勝手に使ったことも目を瞑ろうと思った……なのに」
お父様は、拳を強く握りしめ、苦いものを吐き出すように呟いた。
「あの子が潔白だと報告を受けたにも関わらず、都合の悪い報告は間違っていると決めつけた……念のため、当主として他の探偵社にも問い合わせたが、どの報告も全て何の矛盾もなかった。それでもお前は……」
「間違っているものは間違っているからです!」
「その挙句。ありもしないことを手紙に書き、各所にばらまいた」
わたくしは、ここぞとばかりに大声をあげた。
「ありもしないことではりませんわ! あれは全て真実! 皆様は、あの女に騙されているのですわ! お父様もお母様も神殿も探偵社も侍女も愚かな商家も全て買収されているのですわ!」
静まり返りました。
ああ、わたくしの告発をみなが聞いてくれたのです!
これでわたくしは――
「義姉様。騙されているのは義姉様だけよ」
義妹でした。
静かな声でした。
「しかも自分で自分を騙しているの。凄く、滑稽だわ」
「うるさい! そうやって皆を騙そうと――」
お父様がひどく落ち着いた声で、
「娘は錯乱している。控室へ」
親戚や、列席者たちが、わたくしを取り押さえようとします。
わたくしは振り払い、
「なぜ、皆、目を覚まさないの! 全てはこの女が!」
この女が。
この卑しい女が。
色気づいた女が全部全部全部!
わたくしは左右から伸びて来た幾つもの手に取り押さえられました。
そして、会場から引きずり出されました。
「みんな騙されているんですわ! わたくしが正しいの! わたくしだけが正しいの! あの女が!」
引きずり出されまいとあがくわたくしと、あの忌々しい女の目が一瞬会いました。
あの女は勝ち誇った笑みを浮かべているはずでした。
ですが、その目にあるのは、呆れと憐みだけでした。
※ ※ ※
わたくしはそのまま、聖堂の一室に閉じ込められ。
いつのまにか婚約を解消され。
一か月後、辺境の修道院へ送られました。
北の海に囲まれた半島の先端にある修道院でした。
神殿はわたくしの告発を握りつぶしたのです。
わたくしの元婚約者は、断種されたあと領地のちいさな飛び地の管理人にされたそうです。
実家は親戚から養子を貰い、家を継がせるそうです。
きっとその養子には、あの女の息がかかっているのでしょう……我が家はあの悍ましく狡猾な娘に乗っ取られてしまったのです。
失敗でした。
あの女に買収された者達が支配する場で、真実など告発すべきではなかったのです。
最後に見た、勝ち誇った顔。
わたくしはあの女にはめられたのです。
周囲は買収されただけではなく、あの娘に積極的に味方までしていたのです。
婚約者が、真実を認めたのさえも、罠だったのです。
ですが。わたくしは負けません。
あのうちはわたくしが守るのです。
※ ※ ※
一月の寒い日。
北辺の修道院のすぐそばの海岸で、女の死体が発見された。
女は修道院を脱走しようとして、壁を越えてそのまま海に転落したらしい。
岩礁に頭を強打し、血を流しながら、その血で岩に文字を書こうとしていたようだ。
だがその文字は、打ち寄せる波に流されて判別することは出来なかった。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




