あなたの無限の可能性
四月は春の訪れ、そして新生活の季節でもある。
ここ、私立夢幻学園でも、入学式が執り行われようとしていた。
私立夢幻学園。
全寮制の高校で、生徒たちは普段、学外に出られず、
学外と連絡もできないよう厳しく制限されている。
特に有名な講師などはいないのに、卒業生の有名大学への進学率は高く、
また進学を選ばなかった生徒も優秀な成果をおさめることで有名である。
一体、生徒たちにどんな特別な指導をしているのか、
すべては謎に包まれている。
「新入生、入場!」
私立夢幻学園の体育館に、先生の声が響く。
すると、体育館の出入り口から、新入生たちが入場を始めた。
どの新入生も、この私立夢幻学園がどんな指導をするのか知らず、
ちょっと緊張の面持ち。
体を固くしながら、用意されたパイプ椅子へと座っていく。
保護者席からは、心配と励ましの目線が飛ぶ。
新入生の着席が終わると、いよいよ入学式が始まった。
体育館の出入り口が閉じられ、壇上に校長先生が上る。
「新入生のみなさん。
我が私立夢幻学園へのご入学、おめでとうございます。
当学園は、夢幻であり無限。
生徒の無限の才能を引き出すことを目的としています。
実際、先輩方は、自分の才能を開花させ、
志望する進路で優秀な成績をおさめています。
当校は指導を強化するために、全寮制になっています。
また、在校生は、学外に出られることは滅多にありません。
学外と連絡を取ることもできません。
きっと新入生の方々は、不安に思うことでしょう。
でも、心配はいりません。
この全寮制が、当校の強みと言えるからです。
今、新入生たちは、自分を磨こうと心構えをしていると思います。
どうかその心構えを持ち続けていただきたい。
どんなに長く厳しい道のりでも、一歩一歩着実に歩んで欲しい。
我々、先生や講師、その他の者も、それを全力で支援します。
最後に、新入生の皆さん、私立夢幻学園への入学おめでとうございます。」
校長先生は頭を下げて、壇上を後にした。
続いて先生から案内があった。
それはちょっと奇妙な案内だった。
「これより、新入生氏名読み上げを行います。
氏名を読み上げられ、返事をした瞬間から、
貴君はこの私立夢幻学園の生徒となります。
何があっても驚かないよう、特に保護者の方々へお願い申しあげます。」
保護者の間に、さざなみのような軽い動揺が広がる。
それを確認して、先生は声を上げた。
「それでは、新入生氏名読み上げを始めます。
出席番号1番、相田孝雄!」
「はい!」
出席番号1番の生徒と思わしき少年が、起立して返事をした。
すると、その姿がパッと消えた。
見間違いではない。
移動したのでも、隠されたのでもない。
間違いなく、生徒が消えた。
それを目撃した新入生と保護者たちは、一斉に騒ぎ始めた。
「おい、今、人が消えなかったか?」
「確かにそう見えたが・・・」
ざわつく体育館の中を、先生が一喝する。
「みなさん、お静かに!
事前に説明した通り、名前を呼ばれて返事をした生徒は、
我が私立夢幻学園の新入生になったのです。
新入生は、私立夢幻学園の本校舎へと移動しました。
これからしばらくは、本校舎と寮以外への行き来はできません。
でも安心してください。
そこでは先生や用務員もたくさんいますし、
在校生が既に生活しているので、問題はありません。」
人をどうやって瞬時に移動させたのか。
魔法か、手品か。何故そんな事を?
疑問は尽きないが、体育館の中は静けさを取り戻しつつあった。
私立夢幻学園の入学式、新入生氏名読み上げは続いていく。
氏名を読み上げられ、返事をした生徒は、やはり瞬間的に姿が消えていった。
その度に、特にその生徒の保護者から軽い動揺の声が上がった。
仕方のないことだと、先生はそれを咎めることはもうしなかった。
新入生たちが、ずらっと並んでいた席から、一人ずつ生徒が消えていく。
その異様な光景は、いつしか当たり前になり、新入生たちが、
確かに私立夢幻学園の生徒になったのだということを実感させた。
やがて入学式の新入生氏名読み上げは終わった。
あれだけいた新入生たちの席は、今はもう空っぽになっていた。
動揺を隠せない保護者の心情を察して、先生が言う。
「皆さん、安心してください。
私立夢幻学園と寮は、関係者しか行き来できませんが、
きちんとした設備が整えられています。
新入生が生活するのも勉強するのも困りませんし、
困ればきちんと指導援助をします。医師も常駐しています。
お子さんのお顔を見られないのは不安でしょうが、
これがお子さんたちのためだと、どうかご納得ください。
それではこれより、保護者の方々と本校の講師との懇親会を始めます。」
保護者は自由になると、早速、先生たちに殺到した。
「うちの子は大丈夫なんですか!?」
「どうやって人を瞬時に移動させたんですか!?」
「まあまあ、みなさん、落ち着いて。
順番にご説明しますから。」
懇親会はとてもそんな雰囲気ではなく、
本題を他所に、質疑応答で占められていった。
保護者たちが現世で子供たちの心配をしていた頃。
新入生たちは、見知らぬ場所にいた。
空は紫色で、昼か夜かもわからない。
ただ時計は入学式からさほど時間が経っていないことを示している。
「ここ、どこだ?」
「あれが学校か?」
新入生たちの前には、大きな校舎らしき建物が建っている。
状況は異常だが、校舎自体はよくある建物と変わらない。
よくある校舎、よくある校庭、よくある体育館。
そして向こうにある大きな建物は寮だろうか。
いずれにせよ、よくある建物には違いない。
そのことが生徒たちの心を落ち着かせた。
すると、校舎から先生らしき人たちが数人、やってきた。
みな笑顔で新入生たちを出迎えた。
「みんな、入学おめでとう。
これからみんなには、この私立夢幻学園の敷地内で生活してもらう。
長期休暇以外では外には出られないから、覚悟しておくんだぞ。」
「もうおかあさんの顔が恋しいなんてやつはいないだろうな?」
先生の軽口に、新入生たちから笑い声がこぼれた。
やはりここは学校なのだ。
外と容易に出入りはできないが、それ以外は学校なのだ。
そのことが新入生たちを安心させた。
新入生の口も軽くなり、先生への質問も出始めた。
「先生、ここはどこなんですか?」
「ここか?私立夢幻学園だ。」
「そういうことじゃなくて、この場所というか、空間というか・・・」
「そうだな。
来たばかりのお前たちには信じられないかも知れないが、
ここは次元の狭間だ。つまり、あの世とこの世の間みたいなものだな。」
「えっ、そんなところがあるんですか?」
「ああ。実際にあるから私たちはここにいるわけだ。」
「次元の狭間って、元の世界と何が違うんですか?」
生徒の何気ない質問は、本質を射ていた。
先生は少し真剣な表情になって咳払いを一つ、話し始めた。
「この次元の狭間にある私立夢幻学園ではな、無限の時間が流れてるんだ。
お前たちが次に現世に戻るのは、夏休みになる。
夏休みには全員が同時に戻るのではない。
授業や課題が終わったものから順に、現世に戻ることになっている。
しかし、心配はいらない。
同時にこの次元の狭間から出なくても、現世に到着するのは同時だ。
だから、この次元の狭間にある私立夢幻学園では、
無限の時間を使って勉強や運動や研究、好きなことをすることができる。
どんなに成績が悪くても、時間をかければできるようになる。
逆に、勉強をもっとしたいものは、好きなだけ勉強を進めることができる。
この学校の名前、私立夢幻学園。
夢幻は夢と幻であり無限でもある。
お前たち新入生には、無限の可能性が広がっている。
今からならお前たちは何にでもなれる。どんなことでもできる。
どうかその無限の可能性を無駄にしないで欲しい。」
「無限の可能性・・・」
「わたしたち、本当にそんなものを持っているんですか?」
「ああ、本当だ。
新入生には無限の可能性があり、無限の時間はその補助に過ぎない。
それを忘れず、これからの新生活を送ってくれ。
困ったことがあれば誰に頼っても良い。
きっと誰だって助けになってくれるから。」
新入生には無限の可能性がある。
それはなにも学校だけの話だけではない。
保護者にだって、大人にだって、無限の可能性がある。
誰でも何にでも、やり方次第で無限の可能性がある。
春は新生活の季節。
あなたにもわたしにも、きっと無限の可能性がある。
目の前に広がる無限の可能性を、どうか大切にして欲しい。
終わり。
誰でも自分の可能性をすべて試した人はいない。
人の内部には無限の可能性が広がっている。
それを言いたくて、この話を書きました。
実際には無限の時間は存在しません。
人の可能性を縛るものの一つは時間です。
時間とお金、これが許す限り、可能性を諦めないで欲しい。
時間とお金が無くても、必ずしも諦める必要はない。
やりかたはいくらでもあるのだから。
春にはある意味では、誰もが新生活を始めることになるのだから。
お読み頂きありがとうございました。




