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ちょっと他校まで・中編



 駅を二つ乗り継いで、到着。あたしは懐かしい校舎を見上げた。



「いやあ、変わってないね」



 変わってたらどうかと思うけど。だってここに来なくなってから二ヶ月とちょっとしか経ってないわけで。

 そう、ここ、コタローの通う高校は以前あたしが通っていたところでもある。


 あたしと兄ちゃんは同じ高校に通っていた。だから本当だったら、あたしがあたしであろうと兄ちゃんであろうと転校する必要はなかったのだ。けれど、それでもわざわざ転校したのは、ここに兄ちゃんを良く知る人たちがたくさんいるから。

 いくら見た目が兄ちゃんだからって、あたしは本当に「宗二」じゃないんだから、ここにはいられないと思って両親に転校をお願いした。

 まあ、兄ちゃんの知り合いも多かったけど、あたしの知り合いだってたくさんいた。今じゃ向こうは誰一人としてあたしのことは知らないんだけどね。



「っと」



 感傷に浸ってついつい足を止めていた。足を踏み出して、校門を抜ける。放課後ずいぶん時間が経っているからか下校生の姿はない。残っているのは部活生だけみたいだ。

 よしよし、これなら兄ちゃんの知り合いにも会わずに済むだろう。

 今日の狙いは、あくまでもコタロー! むしろコタローをいじめるドS先輩を拝みに!


 ……ドS先輩?

 今更ながら、そんな素敵物件がこの高校にいたらあたし知らないわけないんじゃないかなあと思うんだけど。

 つっても、バスケ部の知り合いにそんな人なんていないし。コタローが入部してからはますます知らないし(応援に行こうものなら面倒くさいことに)。


 とりあえず百聞は一見にしかず、か。

 グラウンドを通り過ぎ、バスケ部の活動拠点である体育館を目指す。他校の制服も怪しいもんだけど、物陰を選べば誰にも気付かれなかった。なにしろあたしはこの高校の元生徒、こうして抜け道を通って近道することも可能なんだぜ!


 調子に乗って中庭の草陰を駆け抜けたことが間違いだった。



「……ぶわあ!」



 人にぶつかりました。


 ……え、え、つーかぶつかってる? ぶつかってるというか、もっと言葉を選ぶなら一方的にタックルしてるというか、勢いに乗じて抱きついているというか。


 なんか嗅いだことのある、いい匂い。



「けほっ」

「あ、スミマセン」



 名残惜しく感じながらも、さっと手を離す。どうやらあたし、その人に中腰の体勢でぶつかっていったらしく、ダイレクトに内臓にダメージを与えてしまったみたいだ。まあその分その細腰を堪能できましたけどね……とか邪なことはあとから考えることにして。


 あたしは、自分よりも背の高いその少年を見上げた。



「……あれ」



 いくらなんでも怒ってるかなとか思ってたんだけど、そういう場合じゃなかった。無表情なその顔はよく見たことのあるもので、そしてここで見られるわけがないもの。

 あたしはポカンと口を開けずにはいられなかった。



「かず――って、うおおお!?」



 途端、彼の足下にたくさんの教科書が降り注いだ。びっくりして見ると、彼の肩に掛かっているショルダーバックの底が抜けていて、そこから遠慮なく中身がぶちまけられたらしかった。

 ポカンと口が開く。しかし、目をぱちくりさせるその人を見ていたら、ふと抑えきれない笑いがこみ上げてきた。



「あは……あははははっ! びっくりしました、なんでこのタイミングなんですか!」



 しかもバックが破けるってどれだけだよ! 滅多なことじゃそんなことにはならない!


 まるでコントばりのワンシーン、ついツボに入ってしまった。立ちつくすその人に悪いとは思いながらも笑いを止められず、お腹を抱えて座り込む。



「ふふ、もしかして自分がぶつかったからかも。笑ってる場合じゃないですね」



 なんつーことをほざきながら笑う失礼なあたし。せめて、とぶちまけられた教科書を拾いにかかっていると、そこの少年もゆっくりとしゃがみこんだ。

 顔が近くにくる。無表情に戻ってるのはなんだか残念だけど、やっぱり綺麗な顔。和磨にそっくりで、でもメガネをかけている分、ずっと知的だ。つーかメガネ和磨も素敵だなおい!



「はい、どぞ」



 手当たり次第拾い集めた教科書類を揃えて渡す。大口開けて笑ってしまわないように気をつけたつもりだけど、変な半笑いになってたかも。

 しかし、なぜかその人は本を受け取らない。手を伸ばしたままどうしようかと本に視線を落とした。



「……これ、全部授業で使う物ですか? 難しそうな本も混じってましたけど、読んだりするんですか?」

「変な人、ですね」

「え、あ?」



 初対面、やっと喋ってくれたかと思ったらいきなりけなされた。さっきからじいいと見られていたのも、このあたしというものを観察していたからか。

 反応に困っていると、なぜかキョトンと首を傾げられた。



「僕の本に興味を持つ暇があったら、最初の目的を果たしたらどうですか?」

「え、最初の目的って?」

「急いでいたでしょう。どこかに行くつもりだったのでは? 僕に構う暇、ないと思うんですが」



 あー、そういうこと。ついうっかり美少年とぶつかったせいで、自分も忘れてたわ。しかしそれを不思議そうにあたしに進言してくるこの人もどうかと思うのだけれど。



「そんなの、ここを放って行けるわけないよ」



 あたしは手を伸ばさない少年に、本を無理矢理押しつけると立ち上がって自分のカバンをあさった。目当ての物を探しながら、言葉を続ける。



「ぶつかっといてじゃあねはないですよ。そんなに薄情じゃありません。それに……よっと」



 取り出しますは、いつも持ち歩いているエコバック。ビニール素材でできていて、使わないときは小さくまとめられるタイプのもの。広げたらかわいいハート模様だったのには目を瞑るとして。



「あなたに出会えたのですからね……」



 最大級のムードをまき散らして、極めつけの一言。ついでに妖しげに笑ってみたのだけど、彼は驚きでも喜びでもない、ぐむむと眉間にしわを寄せた顔でこちらを見返してきた。

 ……なにその、胡散臭いものを見るような目は。

 あ、ダメか。今のダメだったか!



「僕に出会えて何の生産性があると?」

「……」



 むしろ真面目に切り替えされたよ。どーすんのこれ。



「さあ? 生産性とか難しい言葉は分からないので却下。未来のことも分からないので、今のところどうなるとも言えません。そもそもメリットが欲しいんじゃなくて、ただ仲良くしたいなーっていう願望?」

「……仲良く?」

「だって、せっかく会えたんだもんね。あなたが嫌ならもちろん、無理は言わないですが」



 こっそり物陰から見るだけに留めておきます、と内心。



「それより、ほら。この袋にその本入れてください。持ち歩けなくて困ってたんでしょう?」



 空気を入れて、エコバックを彼の前に広げる。最初は何故かあたしの顔を見つめてじっと動かなかったけど、どうぞと言うとゆっくりと本を詰め始めた。



「変な人……」



 しかし相も変わらずそういう評価。不思議そうにあたしを見上げたり、首を傾げたり、本を詰める合間にいちいちそういう仕草を挟むものだから、あたしってば胸がきゅーんとやられてた。

 あたしより背が高くて知的な印象のくせに、なんてかわいい人だ。物事をなにもかも理屈付けで判断するから、あたしのノーテンキな下心が理解できないんだろう。


 やっと本を詰め終わったころ、あたしは座ったままのその人に手を伸ばした。



「はい、つかまってください」

「……」



 素直に彼は手を取って立ち上がった。そこまでは良かった。しかし、それからのことは、あたし自身思ってもみない展開だった。


 何故か、手を離さないその人。かと思いきや、ぐっと体を寄せてあたしに影をかぶせるように近づいてくる。

 これは、もしやまさか……迫られている!?



「ちょっと待って、いきなりでそういうのは……!」



 困るけど、困るけど、オイシすぎて困るんだけど!

 無表情な彼は、こうしてみるととても妖艶だ。何も語らない唇が逆に意味深で、気になって。こんな風にされたら、普通の女なんか一発でコロリだ。



「おれい」

「……おおうっ?」

「僕を好きな人は、キスしたいっていうから」

「……」



 ……どこから一体つっこめばいいですか……!


 え、ちょっと、あれ? 好きと言われれば好きだけど、果たして本当にそれでいいのか。むしろそんな軽々しい理由でキスなんぞ頂いてもいいものか。言わせてもらうと、あたしのエコバックとこの美少年のキスとじゃ計算が合わないんですが。

 ……そもそもあなたは好意を寄せられれば捧げまくっているんですかと。



「間違ってますか?」



 言葉を紡げないあたしに、少年が聞いてきた。



「うん……まあ?」

「……」

「そういうの、好きな人とでもしちゃってください」



 そういって、彼から離れようとしたとき。



「――拓磨、おまえなにやってんだよ!」



 がばっと体が引き剥がされて、別の体温を感じる。またも目をぱちくりとさせる、美少年をはっきり真正面に捉えて。

 あたしを後ろから抱くのは、誰?

 聞いたことのある声から割り出そうとして、でもぎゅうと抱きしめられて息が詰まった。



「宗二先輩……何もされてないっすよね?」



 あれ、コタロー?

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