ちょっと他校まで・前編
前話前日
――遅い。
組んでいた足を下ろしたら、思った以上に強く音が鳴って衆目を集めてしまった。
「……あの、つまらない?」
ついでに勘違いまでさせてしまったみたいで、舞台上からゴテゴテに着飾ったマント姿の男が降りてきた。大いに不安そうな顔。もとより自信なさげに笑う人だと思っていたけれど、今は特に眉尻が頼りない。まるであたしがいじめているかのような構図になっている。
あたしは安心させるように笑い返して、マント男とその背後、ヨーロッパの町並みを再現した舞台を見やった。
そう、ここは体育館。そして、あたしは演劇部の見学に来ているのだった。
「いえ、すみません。あまりにも夢中になってしまって、つい。どうぞ、続けてください」
「ほんと? 良かった」
咄嗟のごまかしに、マント男はふわりと笑う。
……なにそれ反則。
さっきまでの頼りなさはそれこそ今の笑顔を引き立てるための演出だったんじゃないかと思うくらい、今の表情は本物だった。かわいいっす、花も恥じらう王子っす。
無意識に鼻を抑えて王子が世界に戻っていくのを見つめていると、ふと振り返って首を傾げた。
お、おねだりポーズ。
「田中くん、演劇部に入る気になった?」
「――」
はあい!と、大声で手を挙げそうになったところ、ポケットに入れていた携帯が振動したことで我にかえった。
……うおおう、危ない、またその手にひっかかるところでした。ついさっきもそのおねだり攻撃を免れず、こうして見学に誘われたのでした。
「すみません、電話みたいなので……出てきます」
顔の前で手を合わせて颯爽と体育館から出る。背後では、部長ふられちゃいましたねーとかなんとか、マント男を慰める声が聞こえていたけれど構うまい。……構うまい、構……いたいけど激しく構いたいけど、構うまい!
むしろどしてあたしが演劇なのっつー話だ。廊下でいきなり声を掛けられたときはナンパかと思って心躍らせたものなのに、演技一つしたことのないあたしの何を見初めたというのか。
舞台上にいたたくさんのイケメンさんたちは正直名残惜しいが。あたしだって分をわきまえることもあるのである。
そうして、携帯のディスプレイに映った文字にあたしは憤怒した。
「――コタロー! 遅い!」
『す、すみません、宗二せんぱあい! あのあの、部活の先輩が……』
「言い訳聞かないよ! 先に映画誘ってきたのコタローのくせに待たせるとはどういう了見だ、ああおい?」
『すみませんごめんなさい!』
電話口の向こうでペコペコと頭を下げるコタローが容易に想像できる。学校が終わったらすぐに迎えに来ますから、と朝に別れたときのウキウキとはまるで逆だ。
放課後になっても連絡一つないんだもの。これくらい、怒る権利はあるだろう。おかげでイケメンに誘われるわ、演劇部に誘われるわ、イケメンに微笑まれるわ……あれ、ちょっといい思いしてんなあ。
「まあ、いいよ。とにかく今からなら大丈夫なんでしょう? 待ってるから」
あっさり機嫌をなおしたあたしがそう言ってやったのに、
『す、みません、それが今日はもう無理そうで……! あ、明日は……ダメっすか?』
あっさりコタローが覆した。
「……」
『せ、先輩?』
「ここまで待たせといてそれかよ……用事あんだったら早めに言ってよ」
『ち、違うんす、オレも電話できない目に合ってて! その、待たせたことは謝ります! でも、連絡だけはずっとしようと――あ、せんぱ、ギャー!?』
「え、コタロー?」
壮絶な叫び声と共に、ぶちんと電話が切れた。
……なんだいまの。
通話を終えた電話をしばし眺めてみたけど、もう言葉を紡ぐこともなく。首をひねりつつも、その携帯をポケットにしまって歩き出す。
コタローってバスケ部だったよね。そういや、先輩によくいじめられるって言ってたっけ。もしかして今も愛ある指導を受けて……。
指導……おしおき?
……見たい。
「いや断じてそんな趣味はないがね」
誰へともつかぬ言い訳をこぼしながら、ニヤニヤと歩みを進めるのは家とは反対方向の駅の方。
いじめたいとか、いじめられたいとか、そういうアレじゃなくて。いじめられてるコタローに興味があるわけでもなくて。
……いじめてるその人に興味が。
あのコタローの断末魔の叫び声からするに、結構なるドSだとエスパー。顔というよりもその鬼気迫るドSテクに興味しんしん。
言ってもあたしだって、映画楽しみにしてた分コタローへの恨みはあるからね。一緒になっていじめるのもアリだと思うの。
あれ、つーかこれあたし、大丈夫かな。