意外とそういう人なんです
この学校の授業のレベルは割と高い。それは、何故あたしがこの学校に入れたかと謎に思うほどである。
朝っぱらから飛び交う暗号もとい英数字の数々……ここは偉大なる地球のそのニッポンであるかを疑わずにはいられない。
要は、つまり、結局。
みんなが当然こなす授業のレベルに、あたしの頭脳が追いついちゃいないのだ。
「おまえって変態だけじゃなくて、頭も残念だったんだな。あ、残念だから変態なのか」
「こらそこ。変態、残念を連呼しない」
「オレがお隣さんの間は、面倒みてやるからな!」
「できれば一生お願いします」
あ、つい、本音が漏れちゃった。
じゃなくて。
前から横からと、それぞれ貶めと励ましを投げかけるのは、もうすっかり仲良くなった柳井くんと和磨である。何を隠そうこの二人はあたしよりも遥かに勉強ができ、できないあたしにここぞとばかりに言葉のアメとムチを降らすのは当然のことなのだ。
ま、人間勉強が全てじゃないけどね……。
ため息を付くフリをして、ちらりと上目で二人を見やる。難解で窮屈なお勉強の時間が終わった今、四時間目の体育に向けて準備が始まっている。
生お着替えでした。
「そーじ、着替えねえの? もしかして体操服もまだなのか」
「あ、それは今朝もらったから大丈夫。そんなことより……」
「一馬、はやく上着ろ」
「わぶっ!」
ちっ、見抜かれた。
変な目で一馬を見んな、ともう一人の和磨に釘を刺される。そうは言われても、目の前に上半身裸の美少年がいたら見てしまうのも道理でしょう。
無理矢理体操シャツを着せられた柳井くんは、うわーびっくりしたー、とか言いながらふわふわな猫っ毛を撫でつけていた。
……うん、ムッキムキとかじゃなくてホント安心したわ。
「ったく油断も隙もねえな」
「ははは、大丈夫、和磨の裸体もバッチリキャッチしたから」
「やめろ変態! マジ油断なんねえな!」
そりゃもう、顔も良くて勉強もできてと来れば、ほどよい肉付きでスタイルも良いなんて予想するまでもなかったというかなんというか。残念なところなんて何一つない、完璧なイケメンである。あ、唯一の弱点はその怒りっぽさかな。
と、本当にちんたらしてたら体育の授業遅れちゃう。
「おまえもこの話の流れでよく豪快に脱げるよな……」
まあ。言ったって、そりゃ、男の体は見慣れていますし。もとより自分の体に興味はありませんから。
気にせず体操服に着替えていたら、じっとあたしを見つめる視線に気付いた。柳井くんだ。
「……柳井? もしかして、興味ある?」
「ちがっ! そうじゃなくて!」
ぶんぶんと真っ赤な顔で手を振られた。いやー、赤面性な柳井くんもいちいちかわいいなあ。分かってるよ、という意味も込めて笑顔を向けると、きょろりと視線を外された。
「あのさ」
「ん?」
「そーじ、ミツカのこと和磨って呼んでんだな」
「あ、そっか。二人とも同じ名前だったんだね! ほら、自分、幸い柳井のことは柳井って呼んでたからさ、和磨のことは和磨って呼べるでしょう」
せっかくだしね、と付け足すと、柳井くんが何か言いたそうに見上げてきた。ずっと見てたら、次第に眉間にしわが寄って、耐えかねたかのように「そーじ、オレも」と声がこぼれた。
なんだこのネコ、かわいいことしてくる……!
「おい、田中……」
「うん、分かったよ!」
「そーじ!」
「柳井も、和磨って呼びたかったんだよね。でも、和磨が先に柳井のこと一馬って呼ぶから! そろそろ呼び名交代する?」
どう?と首を傾けたら、何故か柳井くんにガッカリしたように見られた。ガッカリどころか、残念だとでも言いたげに半ばあたしを痛めつけるオーラが含まれていた。
みんなして残念残念って何なんだ。
教室を出る間際、和磨がおまえ意外と普通だなと言ってきたのはそれはそれでけなされてる気分だ。
体育はバスケットボールだった。身長もそこそこあるだけに多少期待もされたけれど、あたしの運動神経は並でした。
女の子時代はどちらかというと運動神経良かった方なんだけど、それはどうやら女子の中だけでの話。この中身がそのまんま男の体に入ったところで、男の運動神経には敵わない。けれど、まだしっくりこなかった以前に比べて動けるようにはなっているから、もしかすると運動を重ねていればまだまだ向上ははかれるのかもしれない。
そして柳井くんは、小さいが故に活躍できずかわいさ振りまくし、和磨は和磨でやる気なさそうにしながらもスーパープレイかましまくるし、なんつーかもうさすがだね。
体育の授業が終わって、あたしたち三人は廊下を通り、教室を目指していた。まだ春は終わってないけれど、閉めきった体育館内では暑さがハンパなかったので、外で水浴びをしてきた。
水もしたたるなんとやら、あー二人とも目の保養。じろじろみてたら、また和磨にはたかれた。すみませんね、変態女は大人しく地面でも見つめていましょうかね。
そんな矢先、ふいに視線を感じてあたしは顔を上げた。通りすがりの男子たちがこちらを見つめつつ通り過ぎていく。何? もしかして転校生って知ってんの?
へらっと手え振ってみたけど、完全に無視された。
つーか、毎度ながら別にあたしのこと見てるわけじゃ。それどころか、カメラのレンズが狙ってるのは、あたしの隣を歩く柳井くんの模様。
「そーじ? 誰に手振ってんだ」
「いや、うん」
「……そーじ?」
どーせならツーショにしてくれ、と柳井くんの顔に頬寄せてみた。マシュマロかと思った。そして案の定引き剥がされるあたし。
「触んなボケ」
「和磨のけち。あ、ねえ和磨、ちょっと聞きたいことあんだけど」
「なんだよ……バカ、顔近づけんな」
まあまあ落ち着いて、あたしを女だと思いな。
そんなことはどうでもいいんだが、避ける体を手をとりむりやり引っ張って件の聞きたいことを口にしてみる。
本人前にして大きな声じゃ言えなかったから、こそこそ話。
「柳井ってさ、もしかして校内にファンクラブでもあるの?」
「はあ? どういう意味だよ」
「だって、ほら、今すごい隠し撮りされてるけど」
「ああ……あれは、ファンクラブまではいかねえけど、一馬の顔は男ウケが良いんだよ。だからああやって写真撮っては売りさばくやつらが出てくる。こないだ潰したはずだが、また性懲りもなく……」
「フーン」
「てめえも欲しいとか抜かしやがったら、どうなるか分かってんだろうな」
和磨、そんな近くですごむなよ。何がこわいって、ときめきそうなところだよ。濡れてるせいで、髪から顔に伝う水の粒がやたらセクシーだったら。
あたしは邪念を片手で振り払いつつ、あのさ、と強気で反論。
「そういうの、自分だって嫌いだってば。だって、写真だけで満足できるとでも……」
「ああ?」
「じゃなくて。そういうの。一方通行だもの。どうせなら、生身で直接仲良くしたいと思わない?」
そこまで言うと、ついと服のすそが引っ張られた。
柳井くんが怪訝そうにあたしたちを見てる。こっそりひそひそ話をしてたのを、たぶん仲間はずれにされたと思ったのだろう。
呆気にとられている和磨に苦笑いして、柳井くんに向き直る。濡れた髪の毛を丁寧に撫でつけてあげると、すぐに機嫌を直したのかネコのように目を細めて頭を預けた。
ほら、だってね。
こんな顔、仲良くでもしない限り見られることはない。
「うへへ、柳井かーわいい」
「つーか、だから触んな!」
和磨に引き剥がされて、結局その至福の時は一瞬で過ぎ去った。このときばかりは、写真に残して欲しいなと思ったけど、いつの間にか盗み撮りカメラマンはいなくなっていた。まあ、結果オーライだ。
あー不思議そうに首を傾げる柳井くんもナマでちょーぷれみあむ。どうよこれ見てよ、と和磨にニヤニヤ顔を向けたら激しくそらされた。まじかよおい。
写真って、でもいくらくらいすんのかな。近くにいればそこまで買いたいとも思わないけど……もしかしたら、こんな風に仲良くしたくてもできないひともいるのかもしれない。もし、それがあたしだったら写真買っちゃったりしてたのかもしれない。
どうなのかな、とか考えてたら、視界に金髪のイケメンをキャッチした。と、次の瞬間にはもう真っ暗。
「……見んな」
すっかり和磨の体に背中を預けたままだったから、観察体勢に入ったあたしの目元を背後から覆うのは簡単だったらしい。
和磨め。柳井くんを守ってるというよりも、変態なあたしをガードしてないか?
「けち」
「チョーシくるうこと言うしな……なんかむかつく」
「そんなに?」
意外と真面目っつーか、細かいっつーか、心が狭いっつーか。分かったよ分かりましたよ、とギブの意をこめてその腕に手を掛けたら、何故か空白の間ののちうるせえと手放された。




