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男はみんなポニーテールがお好き



 すべての窓を閉め切られ、密封された空間の中、蒸し暑さに汗を流しながらそれでもオレは緩む頬を制御できないでいる。

 バッシュが地面をこする音や、ボールがはねる低い音、声を掛け合う部員たち。

 放課後の部活時間。その体育館。別にニヤニヤしちゃうのは、バスケットがすごく好きでこの放課後の時間を愛してやまない、わけでもなく。というかそもそも体育館の角っこで一人膝を抱えているわけだから、楽しむべき状況でもないんだろうけど。


 ニヤニヤ。



「いつまでその痴態をさらしているつもりだ? ああ?」

「あぐっ」



 頭上から獣のうなり声のような低い呟きが聞こえ、頭頂部もぐわしりと掴まれる窮屈さを感じる。

 思わず変な声を上げてしまった。見上げると案の定、獣で間違いはない、従うべきこの部の長。

 バスケ部部長でありながら、この体育館がとても似合わない。ましてや、やる気があるのかと逆にあえて問いたくなるような、制服姿の中村部長。



「いいい痛いっすから頭砕けるから手を離してください」



 冷静なる佇まいでありながら、ものすごい握力。りんごばりに脳みそから果汁が出そうだ。

 情けない声を上げたところで手が離れていく。ホッとしつつも、これ以上バカにされないように鼻に突っ込んでいたティッシュを取り出す。鼻血は止まったらしい。すでに顔面にボールをぶつけられたのも数十分前だ、安静にする時間はとっくの昔に終わっている。



「……珍しいですね、部長。なんか用だったんすか」



 明らかにバスケ部部長に問う必要のあるものではないと自分でも思う。



「てめえに聞きたいことがある」

「オレに? 中村部長自らって……」



 もしかして、先輩のことだろうか?

 今朝のことを思い出して、また鼻血を吹きそうになる。

 なぜ、ずっと気づかなかったのか、宗二先輩と呼び続けて懐いていたのは、本当の本当に宗二先輩じゃない、その双子の妹の先輩のことだった。いまにして思えば、姿を重ねて、本当の先輩へと想いを抱いていたことは確信できる。

 つややかな腰までの黒髪、優しげに丸められた瞳、形の良い唇。宗二先輩にも似ているけれど、全然違う。愛らしくてきれいな先輩。

 ぎゅっと抱きしめてしたいようにしてしまったことを思い出して、慌てて鼻元をおさえると、中村部長から怪訝な目で見下ろされた。



「てめえは……変態なのか?」

「なっ、なんすかそれ! ちょっと思い出し鼻血くらいいいじゃないっすか! だって、先輩かわいすぎますもん! っていうか、わざわざこれを確認しにきたんすか!?」

「バカか、なわけねえだろ。てめえがどうしてようが興味はねえが、気持ち悪いから近寄んな」



 ひでえ。

 しかし、今までは恐れしか抱いていなかったはずの中村部長に、今や興奮して気持ち悪さを振舞っているなんて我ながら結構すごい。それもこれも先輩をめぐる仲間意識のせいだろうか。中村部長の宗二先輩への執着っぷりも穏やかになったような気がするのは、本当は妹であった先輩がゆえかもしれない。

 無意識に中村部長を見つめていたら、眉間のしわがより一層深くなった。



「あ、すいません。聞きたいことでしたよね? どうぞっす」

「……宗二は本当に、この世にいたか?」



 中村部長にしては、思い切りの足りない口調。だけど、驚いたのはそれ以上に、質問の内容だった。



「宗二が姿を消してから、おれが再度会ったとき、すでに宗二ではなかったということだろ。だが、おれは宗二だと思って接していた。それはずっと前から宗二は宗二だったということじゃないのか」



 ……言っている意味がよくわからない。

 最近接していた宗二が、中村部長にとっての宗二だったなら、もともと宗二という人物はいなかったんじゃないかと言いたいのだろうか。つまり、オレが妹の方だと認識している先輩がずっと宗二だったんじゃないかって?


 有り得ない。

 と、言い切れるだけの想いと、積み重ねてきた思い出がオレにはちゃんとある。一度は忘れていたとはいえ、今はその気持ちも揺るがない。

 けれど、理屈よりも本能で動く中村部長の野性の鼻が迷うなんて珍しい。あまりにも非現実的すぎることに、さすがに何がなんだかわからなくなったのかもしれない。



「でも、中村部長だって、宗二先輩の妹のこと知ってたでしょ」

「宗二から妹がいるという話も聞いていたし、実際に髪の長いヤツも見た」

「じゃあいるじゃないっすか!」

「当然だ」

「……確信してるなら聞かないでください!」

「ぴーぴーうるせえんだよ。いいか、おれは宗二に借りがある。しかも欺いてくれたことへの仕返しとおれを待たせているツケを払わせないといけねえ。どんな手を使ってもここに連れ戻すぞ」



 さっきのためらいは幻だったらしい。確固たる自信と燃え上がる闘志をまとう中村部長はまったくもっていつも通りに横暴だった。

 ちょっと一瞬不安に思ったじゃないっすか!

 確かに、宗二先輩はいた。宗二先輩の双子の妹もいる。今は宗二先輩の体の中に妹の方の先輩が入っていて、見た目も乗っ取っている、と。



「……連れ戻すって、どうやって?」



 宗二先輩の体はそこにあるわけだから、宗二先輩の魂が戻ってきたら見た目も戻る? あ、でも魂自体もその体の中にあるんだっけ?

 ……つまり、今二人は、心身ともに融合してるってこと?

 それこそ有り得ない。そもそも融合したっていうなら、それをまた分けることなんてできるのか。今朝は先輩を取り戻せたことだけでいっぱいだったけど、問題はかなり重大だ。

 改めて、先輩と作戦会議を開かなくちゃ!



「考えても無意味だ。行くぞ」

「行くって、どこ……うおっ!」



 急に体が揺れて視界が高くなり、慌ててそこにあるものに手を伸ばす。中村部長の汗ひとつかいていない制服のシャツ。

 オレ、俵のように肩に担がれている。

 ……行くって、これでっすか! え、あの、今部活中! オレ、いまだバスケスタイル!


 驚愕やら唖然やら、いろいろな感情をあらわにした部員たちに言葉無く見送られながら体育館をあとにすると、そこですぐに声がかかった。



「十夜」



 オレにとっては背中なので、誰かはわからない。ただ、中村部長の名前を呼び捨てできる人間は限られている。なんたって、顔面から言動からあまりに恐れられすぎていて、気軽に近づけるようなひとじゃないのだ。

 それはもう宗二先輩が奇特な、ってくらい……。



「待ってたぜ」



 まさか、と思って身をよじったが、オレの視界がとらえたのはこれまた強面の赤髪と、スキンヘッドの二人組だった。

 そりゃそうだ、ここに宗二先輩が現れたらびっくりする。

 二人組は、他校の制服を着ているというのに、まるで堂々とした格好で中村部長の前に立ちはだかっている。この人たち、少し前に宗二先輩に絡んでいた不良だ。



「……ハッ」



 中村部長とも知り合いだったのか、と思ったが、鼻で笑われてるのはどうなんでしょう。

 しかし、不良二人は慣れているのか何の感想もなく、どころかやけにフレンドリーに、久しぶりだなと声をかけている。



「まあ、宗二さんに会わないように心掛けていたら必然的におまえにも会わなくなるんだよな」

「裏を返せば、オマエばっかり宗二さんと一緒ってことなんだよ」

「うらやましすぎるんだよ、ええ?」

「俺らは我慢してるってのに、おお?」



 フレンドリーじゃなかった。すごまれている。しかし、そんなことでひるむような中村部長じゃない。でもオレがいたたまれないっす。肩に担がれたまま不良に囲まれるってどうなんすか。オレ、なんかの人質すか。



「ちょっと、すいません!」



 どうしようもなく途方にくれていると、今度は別の甲高い声がどこかから聞こえてきた。立ちはだかる不良たちの間から、かき分けるように二本の手が飛び出した。

 ふんっ、という気合の声と共に出てきた顔に、ここにいる誰よりも驚愕したのはオレだろう。



「隠れさせて!」

「……先輩!?」



 背の高い不良二人に挟まれて身を縮めながら、向けられたその視線を捕まえる。キャップを深めにかぶってボーイッシュな格好をしているが、見間違えるわけはない。オレは部長から飛び降りると、すぐさま先輩のもとへと駆け寄る。



「コタロー、お疲れ。部活終わった?」

「先輩、もしかして待ってたんですか? っていうかなんでここに!?」

「うん、あたしも自分なりに戻る方法を探してたの。ここにはその手がかりを探しに来て。でも今知り合いに会ったらどうなるか分からないでしょう? ちょうど暇を持て余していた二人に頼んでここまで連れてきてもらったんだ」



 こそーっと周囲を見渡す先輩の頭から一つにくくられた黒髪がフリフリと揺れている。

 しかしポニーテールかわいすぎる……!

 不良二人がその黒髪をなんともないように身に受けているのがかなりうらやましい。ちょっと後ろに割り込みたいが、いくらなんでも不自然だ。

 ちら、と二人に目を向けて、先輩の耳元に唇を寄せる。



「いいんすか、この二人、宗二先輩のときから知ってる人でしょ」



 こそこそ話で間違ってないけど、勢い余って顔を近づけすぎた。振り向く先輩の顔が、戸惑ったように、それから迷惑そうになって、熱を持った頬を押しのけられた。



「うん。偶然そこで顔合わせちゃったんだけど何も気づかれなかったよ。妹の存在を知らないから大丈夫だったのかも。宗二のことも別に認識してたし、その宗二の話をすればすぐに言うこと聞いてくれたよ」



 オレの顔を遠ざけつつも、小声で教えてくれる。その彼らを言いくるめて、中に入るための目隠しとして利用したらしい。言ってること結構悪女っす! と思わないでもない。この強面二人に言うこときかせる根性すごい。

 宗二の話って、何だったんだろ。


 突然、赤髪の方がおもむろに手を伸ばしてふりふりのポニーテールを握った。それだけでも信じられないのに、こともあろうに真下に引っ張り先輩の顎を上げる。



「もういいのか」

「あ、うん。ありがとうございます。念のため学校出るまで隠しててください」

「そしたら宗二さんと話させてくれるんだな」

「話をつけるってだけですよ、今すぐ会えるかは分かりませんけど」

「いい、いい。それだけでも充分だろ。な、モモ」



 今度はつるつる頭のほうが先輩の前髪をぞんざいにかき混ぜる。



「うぷっ、宗二に対するものとあからさまに態度違いますね……」



 くしゃくしゃになった髪の毛を両手で整えながら、不服そうに二人を見上げる先輩。

 ……仲良い。

 確かに先輩の言う通り、宗二先輩の姿でいたときは囲いこんでうすら笑っていたくせに、なんでこの姿だと楽しそうにそう軽々しく触ってるんだこの人たち。いっそ、このひとがその宗二先輩だと教えてやりたい。

 じとーっと二人を睨み付けると、その視線に気づいたはげ頭がにやりと笑ってきた。



「よっし、いこーぜ。女」

「ぎゃっ」

「どうした、セン? ……んだ、やる気か?」



 軽々しく先輩の肩を組んで方向転換しながら、いまだ向けられた視線を追ってきた赤髪が、今度は険しく眉間にしわをよせ睨みをきかせてくる。



「モモ、やめとけ。ただの嫉妬でケンカしてたら、宗二さんに合わす顔ないだろ」

「嫉妬? よくわからんが、そうだなっ」



 いとも簡単にぱっと表情を改めると、歩き出していた先輩の元に歩み寄る。



「女、女。宗二さんにちゃんと伝えろよ。俺たち、ケンカしなかったんだぜって」



 ポケットに手を突っ込んだ格好でにこにこと先輩に笑いかける赤髪は、はたからみるとまるで先輩の気をひきたがっているみたいだ。

 くそ。むかつく。

 二人とも近づきすぎ! ハゲは肩を組んだままだし、赤髪の上がった肩から伸びる腕が先輩にくっついている。


 その並んだ三人の後姿を見ながら、なんなんすかあいつら! と中村部長を振り返ったら、そこにいたはずの人物は忽然と姿を消していた。



「あれっ、部長!?」



 あ、いつの間にか先輩の後ろに。上から後頭部に下ろした手だったが、そこにポニーテールがあることに気づいたのか、目的を変えた手が下に動き、その揺れる尻尾をぎゅっと握りしめた。

 ……あのひとたち、どんだけ好き勝手なんだよ。

 


「オレだって! 今いくっす!」



 ようやく背中に届いたオレを引き止める部員たちの声を振り切って、バッシュのまま駆ける。


 先輩が、戻ってくれてうれしい。

 でも、これじゃあ前より敵が多いと思う!

毎度ながら更新が遅くてすみません。中でもひときわお待たせしましたすみませんorz



宗二の中身である妹の名前が出てこないせいで、いろいろとややこしくなってます。

読み解いていただけるとありがたい……!



今年ものんびりよろしくお願いいたします^^

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