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衝撃のKY作戦



 本当に死んだのはあたしで、生きている兄ちゃんに取り憑いた。

 さすが双子のなせる技とでもいうのか、ただ単にあたしの残留思念が執念深いのか、ともかく、マヌケにもあたしは自分が生き残っているのだと多大なる勘違いを抱いたまま兄のフリをして生きていたのだ。

 ……そう思うと、恥ずかしい。

 ここは死んでいたという事実にショックを抱えるより先に、恥ずかしがらせて頂きたい。



「どうなのそれ、本物差し置いて本物の心配をしている場合か。心配するなら成仏してやれよあたしどうなのあたし生に貪欲すぎだろ」



 ベッドの上で毛布にくるまる。

 結局、今日は学校を休むことにした。なかなか登校しようとしないあたしに、先ほど母さんが部屋の外から呼びかけてきたので、適当に体調不良を装ったのだ。

 というか登校したところで誰にも気付かれないだろう。変な女が宗二の席に座ったと思われるだけだ。


 結果的に和磨と顔を合わせなくて良かったと思うけど、かといって今後いつ宗二として顔を合わせられるのかも分からない。

 だって、成仏すべきなのは、あたしだし。

 夢の中で気付いた事実に、まあなんだかんだいって最初は信じられなかったよ。その上、目を開ければ和磨がいて……泣いてしまったのは、だって、ここに、和磨の側にいてはいけないと思ったから。


 なのに、和磨は、えらく優しいし。


 ……そろそろショックを受けようと思う。

 あたしが、いなくなっても和磨は気付かない。和磨だけじゃなくて、今まで関わってきた柳井くんや十夜さんや拓磨くん、コタローだって。両親だって。

 兄ちゃんの体を乗っ取った反動なのかどうなのか、もとから存在していないようなのだ、あたし。

 それこそ、何の変哲もない世界が、違和感なく自然にナチュラルに当然のように当たり前のように……進んでいく。



「げえ、言ってて凹む」



 アイデンティティが崩壊しそうである。

 もともと自分って存在してないのが当たり前じゃないの? 兄ちゃんの双子の妹とかっていう設定のただの意識体かもしれない。生まれてから家族と過ごしてきた記憶は全部あたしが創り上げた妄想かもしれない。

 げえ。



「それなのに、姿は兄ちゃんに戻んないし」



 誰よコレ。

 自分にも辛辣になるわ。起きあがって全身鏡に映しこんだ姿は、長い黒髪の女。宗二じゃなくて未だあたしの姿だけど、死んだ残留思念にはいくらなんでも優しくしてやれない。そもそももとは兄ちゃんの体が何故この女の造形をとるのか、理屈が分からない。


 あああああ。

 兄ちゃんごめん、すみません。結局この体の主導権もあたしが握ったままだ。夢で会ってから兄ちゃんはとんと姿を見せないし、どうやって返したらいいのかも分からない。

 ……自分だけしか考えてない、自分。そんな人間、あたし。凹む。



 と、死ぬほどの自己嫌悪に陥っていると、側で携帯電話のランプが明滅した。急に音が鳴って驚いたけど、それどころじゃないんだと無視することにする。

 一度は止んで、引き続き頭をかかえて「ああああ」をやったけど、またしばらくして音が鳴り響く。


 んだよもう、と半ば荒んだ気持ちで、ディスプレイを見る。



「コタロー?」



 そう言えば、とふと思う。

 両親の他に、唯一あたしがいたことを知っているコタローは、あたしのことを今も覚えているのだろうか。少し前にコタローの家にお邪魔したとき、いつかの誕生日を語ったとき、何か足りない違和感を覚えていたようだった。

 会えば、何かを探る手がかりになる?

 両親にはまだこの姿を見せていない。そうでなくても気付かれなかったらと思うともっとショックだ。それはコタローも一緒だけど、慕ってくれるあの姿を思い出すと、少しだけ勇気が湧く。



「……も、もしもし」



 女の姿で声も多少変わっている。でも変に隠そうとせず、普段通りに出てみる。



「元気そうじゃねえか、ああ?」



 ……はい?

 あの、え、コタロー? 何をそんな凶悪な……って。

 デジャブ。前もこんなことあったなあ、そのときは確か柳井くんが出て、遊びのお誘いをしてくれたんだっけ。



「聞こえてんのか? 出てこねえならこっちから行くぞ」

「ととっととと十夜さん!?」



 ぎゃーなんで!? え、行くってどこに!

 低く猛獣のように唸る携帯電話の向こうの相手に、あたしはあたふた狼狽しながら実際は情けない言葉を漏らすのみだ。



「ちょっと、乱暴にしないでくださいよ、中村部長!」



 遠くでコタローの声が小さく響く。柳井くんのときと同じ、コタローの携帯電話をその場で十夜さんが使ってくれちゃったのだ。今回は、前回と違って、意図せず奪われたんだろうけど。



「宗二せんぱーい! 大丈夫っすか? 心配っす!」



 今度は携帯電話からでなく、外から生身の声が聞こえる。本当に家の前にいるんだろう。

 あたしは狼狽えつつ咄嗟に毛布を頭からかぶって、二階にある部屋の窓から外をのぞき込んでみる。

 ぎゃーやっぱいるー!

 そりゃいるでしょうよ。毎朝迎えに来ることが習慣化している。学校へのお休み連絡は母さんがしてくれたけど、コタローには何も告げていない。

 そりゃ来るでしょうよ。



「そうちゃああん? 小太郎くんとお友達、迎えにきてるけど」



 部屋のすぐ外では、母さんの呑気な呼び声。いやあのね母さんあの猛獣を目の前にして実の子どもを明るく差し出すってどうなの。一応体調不良で、ということは伝えてくれたみたいだけど、そこは最後まで阻んで!



「んもう、何度も呼んでるのに」

「か、帰していいからごほげほ」



 咳き込みつつごまかしつつお願いするも、携帯電話の向こうでは「首を洗って待ってろ」という十夜さん、外からは「お見舞い行くっすから!」というコタローの声。逃げられそうもない。

 しかも困ったことに階段を上ってくる足音が聞こえ始めた。焦燥にかられ、ジョーズの鬼気迫るメロディが脳内に再生される。


 いや待てよ、十夜さんはあたしの姿を見たことがある。それも、宗二の妹としてちゃんと分かってくれた。

 じゃあ、大丈夫!?

 でも、今は明らかに宗二が呼ばれている。母さんだって、宗二がいるものとしてこの部屋に訪れ声を掛けている。そこに十夜さんが来るのは確かだ。そこに妹なはずのあたしがいるのはおかしいだろ!

 ていうか人んちに勝手に上がり込むなよおおおうい!



「宗二おらてめえ」



 ぎゃあああ待ってえええ、という心の声も届かず、バアアンとドアが開け放たれる。

 せめてノックとかしろ!

 突然すぎるその行動にあたしは逃げ隠れることも間に合わず、マヌケにも毛布を頭の上から被って、まるで浮遊霊が如き体勢で立ちつくしたままだ。


 十夜さんと目が合う。



「……」

「……」



 ぎゃあああ何も言わないんですかねええ。

 混乱も極まると体が麻痺するのか、一歩も動けない。何故か十夜さんを凝視したまま、時よ過ぎ去れ! と必死で呪文を唱えている。言い訳考える脳は無い。



「そうちゃん?」



 うわっ、母さん! 十夜さんに突破された意味のない砦母さん!

 あたしが何も言わないからか不思議に思ったらしい。部屋の中をのぞき込んでくるのを、咄嗟に十夜さんを盾にして隠れてしまった。



「宗二、分かってんだろうな」



 えっ、あっ、ゴメンナサイ!

 頭上から響く低音に、慌てて離れようとしたら、逆に手首を掴まれて引き寄せられた。片方の肩がごちんと十夜さんの体にぶつかる。

 その力強さに一瞬何をされるかと身構えたけれど、何も起こらない。どころか、何か納得してくれた母さんが、それじゃあごゆっくりね、と部屋を離れていったことにホッとする。

 そして十夜さんの手があたしを解放し、あたしは事なきを得たわけだが。

 ……え、あれ、もしかして、隠してくれた?



「十夜さ……」

「宗二先輩!」



 真意を確かめようと顔を上げたら、今度は軽い足音がして部屋にコタローが飛び込んできたようだった。



「大丈夫っすか、何も……」



 十夜さんと見つめ合いかけたあたしの視線を、十夜さんの横で立ち止まったコタローが奪った。



「……っ」



 その瞬間、目が見開かれ、息を呑んだ。


 今度こそ喉から絞り出すはずの言い訳が、言えなかった。固まって動けないんじゃない、その前に封じられた。

 伸びてくる両手を目で捕らえたときには、もう遅かった。


 足下にはさっきまで被っていた毛布が落ちている。傾きかけた体は、何かに支えられ身動きがとれない。 

 コタローに抱きしめられたのだと、あとから分かった。



「会いたかった……」



 耳元に降る切ない吐息が形作ったのは、正真正銘あたしの名前だった。

更新遅くてすみません…

みなさまいつも読んでくださってありがとうございます!


なんか面白いこと書きたかったけど、なにもひねり出せない。

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