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間違いだらけのKP作戦


「……っし、我ながら良い出来だ」



 鏡の中の自分を見つめながら、ウンと満足げに頷く。

 なんというかまあ、テディベアに囲まれた兄ちゃん(あたし)の図を見慣れていることには多少危機を感じないでもないが。

 違う違う。そんな再認識をしたかったわけじゃないのだよ。


 微妙に歪んでしまった顔を一瞬で引き締めて、にへらりと笑ってみる。

 たぶん悪くない。うん、悪くない。きっと大丈夫だ。だって、曲がりなりにも顔はあたしの兄ちゃんだぜ?

 ……それが一番不安ってどうなの。


 ともかく。

 ファンシーな水色のクマ時計が冷静に時を刻んでしまうのを見やり、あたしはカバンを持ちすぐさま部屋を出た。


 リビングに辿り着くと、バターの焼けるいい匂いがする。調理中であろうエプロン姿の母さんがあたしに気付いて駆け寄ってきた。



「そうちゃん、今朝は遅かったわね。……あら? あらあらあら」

「どう? 母さん」

「あらあらあらー、随分と雰囲気が違うわね。どうしたの、そうちゃん」

「ふふ、ちょっとある作戦を決行中でね」



 意味ありげに笑うと、母さんは分からないのか目をぱちくりとさせながら首を傾ける。いつの間にか、ダイニングテーブルについていた父さんまでも新聞紙から目を離して同じく不思議そうな顔であたしを見ていた。



「作戦って?」

「うーんとね、いわゆる、キューピッド、かな」

「キューピッドって、もしかして、恋の……?」



 母さんの目が、段々とキラメキを増してきた。さすが乙女である、こういう話題には敏感だ。かくいうあたしだって、乙女だからこそこの作戦のチョイスなのだ。

 というか、親子なんだから根本的なところで同じに決まってる。



「そう、ちょっとくっつけたい二人がいるんだ」





 ポカンと口を開けたコタローに、だからね、と強く念押す。



「コタローは、何をしてもらったら嬉しい? 男に」



 ポカン。やっぱり無反応だ。

 いつものように迎えに来たときは、大型犬よろしくわふわふと楽しそうにじゃれついてきたというのに、この話題を出してからというものの、ただの大人しい人間だ。

 通学路を歩きながら、たわいもない世間話にするつもりが、これじゃあ意味がない。何度も言うのも面倒くさいな、と諦め始めたところで、コタローがハテナ顔で、あの、その、と伺うように顔を覗きこんできた。



「一体、どういう意味っすか? オレにはその、サッパリ意味が分かりません……」

「真剣勝負だ。調子に乗ってる男の鼻っ柱をへし折ってやりてえ」



 返答は思わぬ所から、ずしりという頭上の重みと共にやってきた。



「十夜さん……根にもってますね。だいたいそれ、してもらって嬉しいことじゃなくて、やったら嬉しいことじゃないですか」



 それが? と言わんばかりに、頭をぐりぐりと右手でねじ込んでくる十夜さんは、コタローとは反対側。なぜか当然のように登校を共にしている。

 男と話してはならない例の約束のせいで、ここずっと逃げるように無視してきた十夜さんだ。すいません事情があったんです、と謝ると骨をバキボキ鳴らしながら「一発殴らせろ」と脅された。

 ……いつもと変わんないんだが。許されたと思っていいんだろうか。



「あ、宗二先輩にしてもらいたいことっすか? だったら先輩! 手繋いで欲しい」



 そういうことじゃないんだけど、どうした。いつも勝手に繋いでくるくせに、何で今わざわざ聞いてくんの。期待に満ちた目でこっち見んな。

 これか?

 男は手を繋ぎたいものなの? いやいや、待てよ、騙されないぞ、あたしは……。



「ダメっすか?」



 そのキラキラに耐えられなくなって、結局あたしはコタローの顔の前に右手を差し出した。



「お手」

「わふん」



 そして間違いなく犬のようにとびついてくるコタローである。

 いやあ、これはどう考えてもペットと飼い主の関係だろう……あまり参考にならなかったな。



「先輩、今日はなんかいつもと違いますね」

「あ、どう? この髪型、会ったときに何の反応も無かったから気付いてないのかと思ったよ」



 朝っぱら鏡に数十分と向き合ってつくり上げた力作だ。基本ブラシで整えたり、ピンで留めたりと簡単にしか手入れしていないから、こうしてワックスやスプレーを使ってまで整えたのは初めてだ。

 男向け雑誌から個人的に好みの髪型をチョイスしてみたんだけど。以前より少し伸びた宗二の髪だったから、意外とすんなり再現できた。そういえばさっき十夜さんにぐりぐりされたなと思い返して、ちょいちょいと整え直す。



「いや、先輩っぽくなくてかっこいいけど……」



 あたしっぽくないってのはどういうことだ。それ誉めてる?



「そうじゃなくて、雰囲気も違うというか」

「あ、凛々しい? 男らしい? 十夜さんもそう思う?」

「女々しい」

「真逆!?」



 やっぱりけなしてんのかこれ……!

 せっかく気合い入れてきてるのに、もしかして逆効果なのか……。それとも、やっぱりあたしの兄である宗二の顔にはまるっきり似合わないっていうのか……。

 あ、なんかそれありそうで泣ける。


 それじゃあ、意味ない。

 あたしがこうしてるのって、だって、良く見られたいからだ。「この顔」を良く見て、うまくいって欲しいからだ。


 誰と誰がって、それはもちろん――。



「三ツ瀬先輩だ」



 コタローの声に、俯きかけていた顔を持ち上げる。視線の先には、数人の女子から声を掛けられている長身の男。微笑まれながら、めんどくさそうに何か文句を言っているようであるけど。

 なんか、和磨のその光景が、絵になってしまう。


 ……あ。


 あたしと目が合うなり、和磨は目元をおさえると、次の瞬間には女子をほったらかしにして、こちらにやってくる。

 朝の明るさのせいか、いつにも増して美形であるのは間違いないが、不機嫌な顔つきは頂けない。



「か、和磨、おは……」

「ちんたらすんな、行くぞ」



 首に腕をかけてぐいと引っ張られる。おかげでコタローと繋いでいた手が離れてしまった。

 いつの間にか居なくなっていた十夜さんはいいとして、立ちつくすコタローに曖昧に笑いかけながら、引っ張られるままに和磨に付いていくことになった。



「和磨、もう無視しないって、ごめんってば」



 もしかして、この人も根に持ってんだろうかと恐る恐る謝る。

 夜の保健室、その翌日には、改めて和磨に無視したことを謝り、和磨も自分の方が悪いと誠実に謝ってくれて、一件落着になったのはかなり前のことだ。

 たまーに、でもたまに、こうしてあたしを見るなり不機嫌になったりして、もしかしてこの顔がイライラトリガーかと不安になっているわけだが。



「そこは怒ってねえって言ってるだろ」



 ずしりと肩に重みが増す。耳元で低く地を這うようなセリフが聞こえてくるのも、いろいろな意味でどうしたものかと思うが、なんといっても今の体勢だ。

 あたしの肩に腕を乗せた状態で、背中に覆いかぶさるように体重を掛けてくる和磨。近い。最近やたらこういうスキンシップ多い。



「じゃあ、何? 他に何か怒らせてるなら言ってよ? またケンカするのヤだよ、だって和磨と仲良くしていたいし……あ、ほら、なんで顔背けんの!」

「お前な……」

「和磨?」

「……その髪型」

「え、何、好き!?」



 どうやらこれは反応がありそうだ!

 ……と、身を乗り出したのが悪かったらしい。和磨はあたしをはねとばすと、スタスタと足早に先に行ってしまった。

 え、なに、今の好きなの嫌いなの、どっちの反応だ!


 ……やっぱり、この顔に問題アリ?

 いや、そんなことないはず、だって、和磨はこの顔が、この顔だからこそ、好きなんでしょう?

 『宗二』が。


 いや、今日はまだ始まったばかりだ。

 作戦はまだまだ用意しているぜ……! 宗二がいつ帰ってきてもいいように、あたしが二人をラブラブカップルに仕立て上げてみせる!


 あたしが、宗二と和磨のキューピッドになるのだ!

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