男的にたぶらかす的な
「田中!」
ざわり、と自然の木々が揺らめいた。風と一緒に桜の花びらが散る。視線を向けた先にはそんな花びらを纏う人影だ。
……絵になりすぎて思わず見惚れた。
「……ミツカ」
「どこまで行ってんだおまえは。誰もおまえを追い出しちゃいないだろ! 考えろ変態!」
しかし第一声がこれでは、百年の恋も醒めるってものよ。
花びら小道を抜け、あたしの側までやってきたミツカは、怒ったように眉根を寄せていた。
「別に追い出されたわけじゃないって。それに自分がいないほうが良かったんでしょ?」
「おまえがまた一馬に手を出そうとするからだろ」
「まだ出してないじゃん」
「出す気でいるのが許せねえんだよ!」
なんだ結局怒りに来たのかこの男は。じっと見つめると、ますます不快そうに睨まれた。
「一馬もなんでおまえなんかに懐くんだ……おかげで俺がとばっちりだ」
「ああ、呼び戻してこいって言われた?」
「うるさい」
頭をはたかれた。ぐわんぐわんとぺこちゃん人形みたいに揺れた。
図星か。
行くぞ、とぶっきらぼうに言われてあたしも続こうとしたけれど、そう簡単にはいかなかった。後ろでが引かれている。
「……あ、先輩」
「もう行くんですか?」
すっかり忘れてた……。
あたしは罪悪感に捕らわれつつも、その手に触れた。力を込められているわけではないので、強く引っ張ったらきっと解けるだろうけど。
「この花、ありがとうございました。また花壇のお花も見に来ますね」
この言葉を離れる合図にしてみたのだけど、先輩は手を放してくれそうになかった。それどころか強く引っ張られてあたしは前屈みに先輩に近づいてしまう。
耳元に吐息が。
「また、明日」
吐息と熱と、色気が。
砕けそうになる腰を必死で支え、あたしは笑顔でハイ!と頷いた。
ひやーっ! なんて女殺し! 男の姿じゃなければ、きっと真っ赤になっていたに違いない! ……ってあれ、別に男の姿でもいいのか。
「椿本と一緒にいたのか」
きゃーでもどうしよー、なんてくねくねしていたら、少し前を歩くミツカがぼそりと聞いてきた。その後ろ姿を追いつつ、あたしはそうだよと答える。
「優しい先輩だよね! なんかフラグ立っちゃった感じ」
「気持ち悪い」
「そう?」
あっさりと流すのは、もはやそれどころじゃなかったから。耳元に残る、先輩の甘い囁き……これはメガネ解除にも勝る至福なんじゃなかろうか。
こういう人っているよね! 自分はその気じゃないのに、自然と人をたらしこむひと! それが美形じゃないだけギャップがあってときめくというか。
「椿本には注意しろよ」
「え、何嫉妬? 困るよ、ミツカくん」
「いっぺんしねよてめえ」
怖いね、うん。
それより、お腹空いたんだけど。結局教室に戻るなら何か買って帰りたいな。柳井くんからもらったお弁当はミツカに上げちゃった形になってるし、それ返せっていうスタンスになると恥ずかしいし。
「ミツカ、ミツカ」
「……」
「おい、ミツカ」
三度呼ぶとようやく振り返った。何故か不満そうに見下ろされている。
「つーか、おまえ、何その呼び方」
「え? だって、柳井がそう呼んでたし」
「……俺の名前は三ツ瀬和磨だ」
「かずま? あれ、柳井と一緒だ」
「だから、一馬は俺のことミツカって呼んでんだよ」
ああ、ミツセとカズマでミツカね。名前にしては珍しいなと思ってたけど、本名じゃなかったのか。
「へー、んじゃ三ツ瀬、改めてよろしくね」
「別に、呼び方変えなくてもいいけど」
「あ、そう? じゃさ、和磨って呼ぶ? 自分、柳井は柳井って呼んでるし、分かりやすいでしょ」
「おい、そういう意味じゃ……!」
「決定、和磨ね、よろしく」
異論は認めない、とばかりに和磨の背中を強く押す。前につんのめっても和磨はまだ何か言いたそうだったけど、無言で笑ったら口を閉じた。
目は口ほどに語るってね。今の、何か文句でも?って言葉がきっと通じたんだろう。
「変態のくせに……」
「そんなこというやつには、こうだー!」
男好き女をなめんなよ。減らず口をたたく男の背中からがふんと抱きついてやった。校舎内の廊下だっただけに周囲がどよっとしたのも分かったけど、気にせず役得満喫。
いやあ、程良く引き締まる良いボディです。洗剤の香りか、清楚な匂いも好感が持てて、思わず鼻を寄せてしまった。
さすがにやりすぎたと思ったときにはすでに遅く、和磨は力強くあたしを吹っ飛ばすと自分の体を抱いてとんでもないものを見るような目であたしを見てきた。
「お、俺を巻き込むな!」
「はは、悪い悪い。でもなんか良かった」
「やめろ!」
面白いなー。柳井くんは柳井くんでかわいいけど、和磨はからかいがいがあってかわいいやつだ。かたっくるしいだけにそれを崩すのが楽しかったりして。
……本当にあたしって変態じみてる。
今更ながら気付いてもしょうがないことだ。男の身になったときに、あたしはもう何もかもが変わっている。