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禁欲生活の悩める加害者



 ああ、胃はキリキリするし、心臓はグッタリと重い。今日も一日が始まってしまうのかと思うと、気が沈まないでは居られなかった。


 禁欲生活三日目にして。

 すでにあたしは、身も心も疲れ切っていました。



 インターフォンが鳴って、あたしはのろのろと家を出る。おはよーございまーす!と人の気も知らないで飛びかかってくるのは、元凶の一人であるといってもいい、七海小太郎くんだ。



「先輩、どうしたっすか? お腹痛い?」



 適当な挨拶しつつ歩き出した途端にコタローから心配される。その長身をゆったりとかがめてあたしの顔をのぞき込んでくるが、別になんでもないし、と半ば拗ね気味に返しておく。

 そんで、さらにもう一歩踏み出した瞬間、あたしの視界いっぱいに、まなじりをつりあげた獰猛なお顔が飛び込んできた。



「宗二、覚悟はできてんだろうなあ?」



 ぎゃひっ! とととと十夜さんっ!



「わっ、先輩!」



 しゅばっと音を立ててすぐにコタローの真後ろに隠れる。脇の下からそうっと覗くと、塀に背中を預けていた十夜さんがふらりと体勢を整えるところだった。ポケットに手を入れたまま横柄な態度で、一歩二歩と近づいてくる。



「中村部長」

「おい、そこ退け。今日という日は一発ぶん殴んねえと気が済まねえ」

「なんですか、先輩に構われないのがそんなに嫌なんすか」

「うるせえ、テメエなんざどうでもいい。おれは宗二、テメエが気にいらねえんだ。その態度、人をバカにしてんのか? ああ?」



 心底怒っているのがありありと分かる、ドスのきいた低い声で語りかけてくる。バカにしてません、滅相もございません、でも取り返しの付かないこの感じ。

 柳井くん、コタロー、拓磨くん以外とは話さない、という約束をした次の日、早速出会った十夜さんをさりげなーくかるうーくスルーし申し上げてからというものの。今日三日目に至るまで、かなり本気で怒らせてしまったらしい。


 うえ、マジでこええ……普段から猛獣オーラ出してるけど、ここまで機嫌を損ねるとは。優しさを知ってるだけに、逆に真剣で怖い。



「先輩、いきましょ」



 シャツをんぎゅーっと握りしめていたらしい。顔だけで振り返ったコタローがあたしの拳に触れて、そっと離した。それから、耳元で小さく言う。



「逃げるが勝ち、っす」



 ……やっぱり?

 結局今日も初日と変わらず全力疾走することになった。後ろから鬼の形相で追いかけてくる十夜さんを見て、顔を真っ青にするコタローの今までの苦労がよく分かった。



 どうにか十夜さんをまき、学校へとたどり着いた。というかこうして逃げ回っていてもいつか窓をぶち破ってまた学校へと侵入しそうで怖い。以前のこともあったのか今は教師が厳戒態勢で校舎を見張っているのが唯一の救いではある。

 疲れた、と思いながらふらふら教室内へ一歩踏み出すと、顔に何かがぶつかった。



「あだっ……んー、ごめ」



 ギョッとした。みたいな顔をしているに違いない。鼻を押さえながら見上げたのは、人間。間違いなく人間。それも、十夜さんと同じくらい出会いたくない厄介な人間。

 和磨は、柳眉をそっとひそめて、不機嫌を隠そうともせずにそっぽを向いてしまった。

 ……十夜さんとは真逆で、避けるではなく避けられている。


 約束をしている今、声を掛けられないならそれはそれで良いんだけど、乙女心は正直にドスンと重みを増したりもする。

 無視された。つーか完璧に嫌われている。



「ミツカ、歩くの速い……って、ぶはっ、そーじじゃん。おはよー」



 立ちつくしていると、今度は後ろから何かがトンッとぶつかる。無邪気な柳井くんを見るとなんだか気が抜ける。



「何?」

「んーん、ほんとにこれでいいのかなって」

「あーミツカのこと? まあね、オレともあんまし口きいてくんなくなっちゃったし」

「えっ、なにそれ、いいの?」

「さあ。効果テキメンってことなんじゃないの?」



 何の効果っていうんだろ……。もともと仲良いはずの二人を、そうさせちゃったのってやっぱりあたしが原因? だとしたら申し訳ないな、純粋に。



「柳井、自分謝って……」

「いいよ、そーじ。もうちょっと、もうちょっとだから」

「何がもうちょっとなの」

「……へへ。オレ、ずっとミツカと一緒だったから、よっく分かる。もうちょっと、おとなしく待ってて。名前も、ちゃんと呼んでよ? 一馬って!」



 柳井くんはなぞめいた笑みを浮かべるなり、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に席に向かって駆けた。

 な、なんだそれは……!

 ウッカリその笑みにやられたあたしは、ドキドキと胸を高鳴らせていた。なんというか、やたらと柳井くんが大人だ。こと和磨に関しては積極的というか輝きが増すというか、何かを企んでいそうである意味恐ろしい。柳井くんたち以外とは会話しないという約束のことも、何が狙いなのかあえて会話しない和磨の前で仲良くしてきたりするし……一馬呼びもしかり。

 この約束の果てには、一体何が?


 ……ホント、あたしの憔悴以外に、何があんの。



 とかいって、結局律儀に約束を守るあたしって、偉いよね! べべべべつに、後から渋り始めたあたしに柳井くんが付けてくれたゴホウビのために頑張ってるんじゃないんだからねっ!?

 ほんと、「オレの自慢のイケメン」とかいう気になりすぎるタイトルのブロマイドとかのために頑張ってるわけじゃないよ、うん。ほんとにイケメンかどうかもわかんないわけだし。うん、いや、ただでくれるっていうんだったらもらってあげてもいいよっていうくらいのスタンスだし。


 別に言い訳に必死になってるわけじゃないし。



「期限はオレが良いっていうまでねー、とか無邪気に言い放つあたり、柳井くんって結構すごい性格してるよね。有無を言わさず頷いたあたしも結構すごいけどな」



 かわいそうな意味でな。

 やー、だって、もう三日もろくにイケメンイベント楽しんでいないんだもん。昼休みにイケメン探して校内うろうろしたりとか、偶然を装ってイケメンとの接触を図ったりとかたぶらかしたりたぶらかされたり……。

 まあ、それこそろくなことはしていないわけですが。

 今も廊下を歩くあたしの視線の先に、爽やかな笑みを振りまくスポーツメンタイプの男の子を見つけて思わず目が釘付けになる。立ち止まって窓のさんに肘を置き、そのまま見つめてしまう。



「いいな、絵になる」



 ぽつりと呟いた。今カメラがここにあれば盗撮したに違いない。といいつつ、ポケットには携帯が入っているから写メ取れるんだけど。

 ポケットに伸びかけた手をなんとか静止させる。

 見るだけならいいじゃん、写真におさめるくらいならいいじゃん、とか一瞬でも思った自分にカツを入れといた。


 いくら約束事でも、あたしだって誠実になってやろうと決めたのだ。



「もしかして、好きなの?」

「いやいやいや、まさかそんないきなり好きだなんて。でもいいな、とは思ってる。チラ見、ガン見飛び越して、声かけてもいいくらいのレベル」

「知り合いじゃないの?」

「うん、今日初めて見かけたけど、今じゃなかったら良かったのに……」



 律儀に約束を守る男ですからね、あたしは。今まで十夜さんとか和磨を散々遠ざけといて、ここに来てチャラチャラ声掛けるなんて自分でも嫌だもんね。



「へえ?」

「今はだから、喋ってる場合じゃ……」



 ……ん?

 喋ってる場合じゃ、ないはずだよね。


 ハッとして、あたしはぶぎゅうんと音が鳴りそうな程首を回して横を向いた。

 そこにいたのは、嫌悪に顔を歪ませた金髪の男。あたしと目が合うなり、さらに眉間にしわを寄せ、嫌そうに小さく口を開いた。



「理解できない」



 って、思っきし約束破ってんじゃんコレ!

 あまりにもナチュラルに男と会話してた。上に、なんかいきなりすごい嫌われてるっぽい。

 いろいろな意味でどうしよう。

 っていうか、この人、金髪のデスティニーさんだよね。金髪というチャラさを表に出しておきながら、実体は純情に顔を赤くする愛らしさ漂うあのイケメン……。どうして急に敵意を向けられて? 初めて喋ったあのときはあんなに乙女だったのに。



「きみ、田中宗二クンで間違いないよね? 俺、二組の九条光なんだけど。ちょっと話がしたいんだ。あの彼女のことで」

「……すいません、急用を思い出したのでこれで」



 忘れてたけど、前に会ったときはあたし、女だった……!

 一体それをどう説明しろと。真実を話しても信じてくれないに違いないのに、ごまかすにしても約束がある今そう簡単にはできない。

 どう考えたって一分二分で終わる話じゃないしね!

 あたしはいそいそと窓から身を乗り出した。



「え、あ、何してんの!」



 敵前逃亡です。とりあえず笑っとけ。



「ねえってば。おい……彼女のこと、どう思ってんだよ!」



 ひらりと飛び出し、すとんと着地。いやほんと、ここが一階で良かった。

 彼女って、やっぱあたしのことか? 何をデスティニーさんがそんなに必死になっているのか分からないが、答える余裕は今はない。


 背中に向けてさらに叫び続けるデスティニーさんを心苦しくも無視しながら、あたしはこの場から離れた。




 草まみれの状態で教室に戻ったときにはもう昼休みは終わってしまって、柳井くんから遅かったねと残念がられてしまった。また、和磨の前で仲良くしようとしてたんだろう。柳井と呼んでたしなめたら今度は拗ねられた。だから和磨の前であからさまに一馬とは呼べないって。



「そういえば、また演劇部部長来てたぞ。今日はいませんって言っておいたけど」

「また? この前も来たけど、忙しいからって断ったのに……なにか重要な話かな」

「……約束は、約束だからな? オレのいないところで破ったりしてないよね?」

「ううううう、うん、だいじょぶ」

「ぶっ、そうじ怪しすぎ」



 約束、破りたくて破ったわけじゃないことを分かって欲しいけどでもやっぱり言えない……! どの人もこの人も、あたしの都合が悪いときに限って近寄ってくるんだから! なんなのわざとなの!


 柳井くんは、あたしの気持ちを知ってか知らずか、にししと楽しそうだ。前の席では和磨が相変わらず背を向けていて、こっちの会話に入ってこようともしない。

 なんだかなあ。ほんとにいつになったら約束果たせるの?



「いいけど。何にせよ、そうじがむやみに他の人と仲良くしないのって、かなりせいせいする。ははは」



 かわいい顔して、言ってること結構酷くない? せいせいって、ただあたしの不幸を楽しんでいるだけなんじゃないだろうな……。



「ミツカも追いつめられてるし、あともうちょっと」



 柳井くんの笑みが、怖え。

 またさらに心臓がドスンと重くなった気がした。

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