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禁欲生活の誇りある被害者

禁欲生活二日目。赤髪の不良視点。



 スーパーの駐車場で、馴染みの顔ぶれに囲まれたのはセンとユーギオーカードをトレードしているときだった。

 どいつもこいつも自己主張の激しいルックスで、動物みたいに本能のままこちらを威嚇している。前だったら、何も考えず近づいてきた時点でぶっ飛ばしてるところだが。あいにくと、俺たちには誇るべき制約がある。

 腰を落とし地を蹴って、戦闘態勢だった野郎共の脇下からすり抜けた。



 もう後ろから誰も追いかけてきていないことを確認すると、俺たちは通りに面した公園に入ってようやく足を止めた。



「俺たち、逃げ足早くなったもんだよなー」



 軽く口笛とか吹きながら昔懐かしのブランコに立つと、センもだよなあと言いながら隣のブランコに座る。ポケットにねじこんだカードを取り出しては、一枚一枚確認作業に入った。



「しっかしどいつもこいつも凝りねえよな。あ、それ、『レッドポッポチャン』かぶってね?」

「『邪悪なるぬりかべ』とトレード」

「え、あれ使えんの!? 毎ターン固まるだけで使えねえからサトシにやった」

「バッカ! オマエ、アレ知らないのかよ! 『インテリメガネ』装備したら最強の切り札になるんだぞ!」

「ちょ、知らねー!」

「だからジャンプは毎週チェックしとけって言ったんだろ。最近の『インテリメガネ』の説明項にもちゃんと記されてあるからな。もちろん俺のファイトは最新ルールだ」



 センは、浅黒のつるぴか頭を夕陽にきらりと光らせ言い切った。まじかよ、知らねえよ、公式ルールは更新が早すぎてたまについていけねえ。

 こうなったらサトシに返してもらうかなあ、とも思ったが、あの生意気なクソガキのことだ「もらったもんは返せませえん」とか憎たらしいことを言うに違いない。ぶん殴りたいが、それもダメだ。

 宗二さんと約束している、ケンカはしないと。

 この際ルールをねじ曲げる方が早えか。



「新しいカードも手に入れたことだし、ファイトしとくか? モモ」



 よっぽどつまらなそうな顔をしていたらしい。きまじめだか、その分空気を読むのに長けているセンが誘ってくる。俺はあーうー、と考え、最終的にいいやと返した。



「今日もセンには勝てる気しねえしー。負けたらまたカード奪われるだけじゃん。俺、今最強手札模索中なの」

「最強手札って。オマエ、まずは最新ルールを守れよ、いつも攻撃ばっかめちゃくちゃだし」

「ルールとか、面倒。守るのなんて、ださい」



 正直に言ってブランコをこぎ出す。センの呆れた声を背中に受ける。

 足に力を入れると、ブランコが風をびゅんびゅんきって、徐々に高さを増していった。空が近くなる。手を離したらどこまで飛べるか試してみたくなった。


 このスピード感とスリル、ケンカと同じだ。

 野郎の顔面を殴れば殴るほど、一瞬にして発散されるエネルギーのせいか、爽快な気分になる。内に溜まったモヤモヤ、ストレスだって人さえ殴れば後には残らない。あとは飛んでくる拳をいかに華麗に避けるか。あえてあたってやるのも一興だが、苦渋に滲む野郎のツラったらおかしくてしょうがない。


 それが、以前までの楽しみだったのに。

 変わったのは、宗二さんに出会ってからだ。見るからに弱者で手加減してやるつもりもなく、完全にこちらから仕掛けたケンカだったのに結果は惨敗。正直最中のこともうろ覚えだ。ただただ向かっていったこちらの手足が一つも届かなかったという事実だけ、よく覚えている。


 朦朧とした意識の中、月明かりの前に佇むその姿の神々しさを見た。蝶のように華麗に舞い、狼のように高潔なその姿。なんか一瞬で落ちた。憎しみとか苛立ちとかそれすら抱き忘れて、なんか分かんないまま尊敬してしまった。

 宗二さんを慕う野郎どもはみんな同じだろう、センだって。

 何も思わないで居るとただの平凡な野郎なのに、惹きつける何かがある。ぶっちゃけ不思議な人だ。



「あ、宗二さん」



 激しく脇を行き来する景色の中、歩道を歩く制服姿のその人をピンポイントで見つけた。疲れているのかグッタリと肩を落としているのが遠目からでも見える。

 何があったんだろ。

 十夜を通して久しぶりに会って、宗二さんは変わったような気がする。儚さというか、弱々しいのがまるで華のような危なげな色気が増している。



「セン」



 力を失い始めたブランコから飛び降りて、まだカードを一枚一枚めくっているつるぴか頭に声を掛けた。宗二さんを指さして伝えると、センもカードを手から取り落としシャキリと立ち上がった。

 よっし、声掛けにいこ。朝宗二さんの学校に行くと露骨に煙たがられるからな、宗二さんはきちんと勉強するんだ、エラくてリッパだから。



「宗二さん!」



 公園の入り口を通りかかる際に、声を掛ける。辺りを見回した宗二さんだったが、こっち、と続けると顔がぐりんとこちらを向いた。



「げえ」



 あれっ、ぶん投げたカエルが壁にぶちあたったみたいな音。とりあえず、今日もオツトメゴクローサマですと伝えると、口が半開きのまま、何を察知しようとしているのか視線が左右に揺れだした。



「宗二さん?」



 呼びかけても返事はないし、一歩後退る。なんだ、とセンに目だけで問いかけるが、センは俺ではなく宗二さんをガン見したままだ。



「あ、そうそう。今日俺たち、絡まれたけどケンカしなかったんですよ。な、セン」



 えらいでしょー、と動かないセンを小突く。



「そ、そうなんです! ほら、きれいなもんでしょ」



 気を取り直して、センがバッと拳を差し出すと宗二さんは体をぎゅうっと小さくした。うわっ、ちっさ。でかい俺らはついつい上から見下ろすようになる。

 つか、センがそういう乱暴なことするから、高潔な宗二さんが気分を害してるんじゃないか?



「えっと、宗二さん、俺らと一緒に遊びませんか! 今ちょうど……」

「ルール」



 気分を変えようと詰め寄る俺に、もう一歩後退った宗二さんがポツリと呟いた。

 ええ?

 俯いた宗二さんからは何の感情も伺えない。機嫌が悪いのかそうでないのかも、分からなかった。はあ、と何の意図か読めないため息。



「男なら、ルールは守れ」



 カッと視線を上げるなり、俺に目を合わせ凛として言い放った。意志を宿した強い眼差しに引き込まれそうだった、というかもう圧倒されている。

 唖然とした俺とセンが我に返ったときには、宗二さんはすでに音もなく俺たちを通り過ぎた後だった。勢いよく振り返るも、まるで最初から存在していなかったかのように跡形もなかった。



「カッ……」

「ケーな、おい……」



 言い切れなかった俺のセリフを、センが引き継いだ。

 終わった今になって、ずぞぞと鳥肌が立つ。長く説教されたわけじゃない、たった一言言われただけでこの重量感。シビレル。


 ……ルール。

 孤高の狼らしく馴れ合うのが嫌いな宗二さんが、冷笑と共に深くゆっくりと告げた「今後一切近寄るな」。



「やばい、宗二さん、ムラムラする」

「ああ、ムラムラのゾクゾクだぜ……」



 今夜も眠れねえぜ……!

 今度は俺からセンにカードファイトを申し込むと、当然だろと言いたげに頷かれた。



「よっしゃ、今度は勝つ!」

「せこいまねすんなよ?」

「トーゼンだろ、男ならルールは守るもんだ!」



 宗二さん!

 俺、これからもあんたに付いていくぜ!

「(仮にも)男なら、(あたし、男と口をきかないという)ルールは守れ」


必死でした。

勘違いがもう中二病みたいです。

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