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微笑ましさって時に残酷



「ミツカと、ケンカした?」



 焼きたてホクホクの、柔らかいベイクドチーズケーキをもぐもぐと咀嚼しつつ、力無く頷くあたし。

 目の前、椅子に座る柳井くんが、怪訝な表情でそんなあたしを見返す。



「……たぶん」

「って、そおじ、その多分は何だよ。ケンカしてないのかどっちなの」

「いや、うん、たぶん」



 いろいろと複雑な乙女心があるので、詳しいことは話せませんがね。いや、こともあろうにな夢妄想も見たことだけれど、ケンカしたことはもちろん事実だった、はず。そこは夢じゃなかったはず。

 ……たぶん。

 なんとなくちらりと隣の拓磨くんを見ると、催促したと思われたのかフォークに刺したチーズケーキをほいと差し出された。うん、食べるけど。



「まあ、でも言われてみればそんな様子だったな。ケンカかー。そりゃ二人とも目も合わせないわけだ」



 思い出しているらしい、柳井くんは足をぷらぷらと遊ばせながら首を傾げ斜め上方向を見つめている。

 柳井くん曰く、あの日、和磨はひたすらそっけなく、あたしはひたすら無反応だったという。そんな二人に挟まれて居心地の悪い思いをしたらしい。申し訳ないと思うけど、あたしも正直何をしてたのかサッパリ覚えていない。そのときは覚えていたかもしれないけど、すでに夢妄想のインパクトに塗り替えられている。


 ちなみに和磨は朝から姿が見えなかったとのことで、今日はここには連れてこられなかったらしい。アーヨカッタ。つか柳井くん、そうでなくてもそこは空気を読むとこだろう。



「……そもそもなんでケンカなんかしたんすか?」



 あの混乱を経て元通りに戻ったコタローが、ずいと体を乗り出し興味深げに聞いてきた。



「そうだよ。昼休みいなくなったそーじをミツカがわざわざ探しにまでいったってのに、帰ってきたら二人ともあんなだもん」



 全くねえ。なんでだろうねえ。あたしも知りたいわ。

 とりあえず口の中に入ってたものを飲み込んで、小さく頷く。



「ケンカっていうか、まあ、厳密に言えば自分が和磨に嫌われてんの。なんかさ、俺の気持ちも知らないで、とか急に怒り出しちゃったんだもの。自分、嫌な思いさせちゃったって気付いて先に謝ったっていうのに」



 こう考えてみると、本当に理不尽だ。むすっと唇が尖る。



「最初はなんで怒らせたんすか? 嫌な思いって?」

「多分、和磨は自分がいろいろな男の子に目移りするのが嫌みたい。……この間も、その、椿本先輩に迫られて」

「せまっ……!?」



 コタローががちゃがっちゃと音を立てて、机に手を付いた。びっくりして後ろに仰け反ると、なおも焦ったような表情で近づいてくる。後ろでは同じように驚いたらしい柳井くんが驚愕に目と口をポカンと開けていたけど、次第にぐぐぐと眉間にしわを寄せ嫌悪の表情になっていった。



「せせせんぱい一体何をされたんですか……! 椿本って誰!」

「違う違う違う! なんというかこう、流れで? 勢いで? 先輩の趣味で? 別に何されたわけでもないよ」



 兄ちゃんの悲劇は阻止したし。

 必死で弁解するも、コタローはなおも心配そうにわなわなと震えながら見つめてくる。でかい犬が耳を垂らしているようでちょっと微笑ましいけども。



「宗二先輩って油断しすぎですよ。いつも気付けば誰やあれやに襲われてるんすもん」



 と言って、あたしから視線を横にスライドさせる。その先には、あー、拓磨くん。言われてみれば、いつもコタローってタイミング悪く乱入するフシがあるよなあ。しかし、それは今言わなくて良い。

 つられてそちらに顔を向けていたあたしに、拓磨くんがまたチーズケーキを口元に持ってくる。条件反射でそれを口にするあたし。



「……つか、拓磨」


 

 今度は早いスパンでもう一度フォークを差し出され、あ、ちょっと待ってね、と咀嚼を早める。不穏な声色で声を掛けたコタローが、意に介さない拓磨くんからそのフォークを取り上げた。



「なんで先輩に食べさせてんだよ!」



 拓磨くんは空になった手を見つめ、コタロー、ではなくあたしを見、ダメ?と言わんばかりに首を傾げてきた。

 ダメなわけがない……!

 なんだかよく分からないが、拓磨くんは以前一度してから、あたしにあーんすることに味を占めてしまったようである。

 さっきも普通に食べようとしているところ、突然皿を奪われ、スムーズにあーん体勢へと入っていた。



「宗二先輩も許さないでください。オレだってそんなにしたことないのに……」

「ごめん、つい嬉しくて」

「ケーキ、作ったのオレっすよ?」

「うん、おいしかったからさらに嬉しくてさ。コタロー、ありがと」



 素直に感謝を口にすると、コタローはしぶしぶ元の体勢に戻り、がっくりとうなだれた。あれ、そうなっちゃうの? こう言えば何が何でも喜んでくれると思ったんだが。

 もしかして何か間違ったんだろうかー……と、心配になっていると、コタローが深くため息を付いてさらにうわあと不安になる。



「なんとなく、分かったっす。三ツ瀬先輩が怒った理由」

「え、今? やっぱあれかな、男のくせに男と仲良くしてんなよみたいな、チャラチャラした行動を迷惑がって」

「ある種正解っす」

「……えー、別に人が何してようがどうでもいいじゃん。ね、和磨心狭いよね、柳井?」



 何故かフォークを口に入れたまま憮然とした表情だった柳井くんに話を振る。一度、むーっと唸ってから、フォークを皿に落とした。



「でも、おれもなんかヤダ。あの先輩嫌いだし、そんな人とそーじが仲良くしてたらおれ、やだー」

「や、やだって、柳井……。椿本先輩嫌いなの?」

「うん、初めて会ったときにさ」



 え、もしかしていきなり口説かれたり!?



「やたらバカにしたように、可愛いですね、って言われた。それからすれ違うたびに鼻で笑われたりとか、なんか目の敵にされてんだよな」

「ええっ! そっち?」



 これほどまでに美少年の柳井くんだから、あの特殊な嗜好をもった椿本先輩にしてはとんだターゲットだと思ったけど、逆なんだ。バカかわいいって、からかわれてるわけでなく?

 ……そういえば、前に見た椿本先輩の彼氏らしき人も、男らしくて格好良い人だったもんな。もしかして、柳井くんみたいなかわいい子には食指が動かなかったりするんだろうか。



「気に入られるより何倍もいいけどな! ミツカが言うには、男相手にとっかえひっかえらしーんだ」

「そそ宗二先輩! 絶対二人っきりになっちゃダメっすからね、エジキにされちゃたまんないっす」

「大丈夫だって」



 つか、あたしも同じようなことをしているような気も……。椿本先輩みたいに過激じゃなくても似たようなことは……。

 うん、拓磨くん、ゴメン。

 まあ、いたたまれないんで言いませんがね。



「……そーじ、しばらく大人しくしてたら?」

「えっ、あ、ゴメン! ちゃらちゃらして!」

「あの先輩と会わないこともそうだけどさ、他の男とも仲良く、しないでよ」

「……え?」

「そーですよ、先輩! 禁止にしましょう。いいですか、今ここにいるメンバー以外、明日から仲良くしちゃダメっす」



 え、あれ、何の話!?

 子どもみたいに拗ねた表情をしている柳井くんと、拳を握って力説しているコタロー。えええ、と説明を求めるみたいに隣の拓磨くんを見れば、いいんじゃない?とでも言いたげな妙に澄ました顔つき。

 なんじゃい。



「待って、なんでそうなるの? それに、ここにいるメンバー以外って、和磨も?」

「ちょうどいいじゃん。そーじがマットーな人間になるチャンスだぞ。どうせミツカはミツカでそーじと距離取ると思うし」

「それじゃあますます仲直りできないんじゃ?」

「言ったろ、そもそもミツカは人と関わるのが嫌いなんだよ。下手に干渉したってもっと煙たがられるだけだと思うけど」



 柳井くん、なんでそんなサッパリしてんだろ……。

 でも、言われてみれば確かに一理ある。クールぶってるし、真面目だし、そもそも自分からにこやかに友達を作ろうとするタイプじゃないもんな。つーか関わるなって言ってきたのアッチだし。

 それにそれに、あたしだってやれば誠実にもなるところを見せてやろうじゃないの!



「よし、分かった。これからここにいる三人以外とは仲良くしない……決めた!」

「そうじ、えらい!」

「それでこそ先輩っす。よーし、これで中村部長とも接触しなくなりますね!」

「……えっ? あ!」



 あれ、そっか、一方的にきゃあきゃあしなくなるだけじゃなくて、もともと仲良くしているひとにもそっけなく振る舞わなくちゃいけないってこと?



「それはさすがに人間としてっ」

「そーじ!」

「宗二先輩っ!」



 ぎゃああと自らの失態に気付きいとも簡単に自分の決意を却下しようとしたあたしだったが、それも柳井くんとコタロー、それぞれの笑顔に阻止された。心底嬉しがっているのか、ハートをまき散らしながら懐いてくる無邪気なネコと犬のようである。

 ちょっと……かわいすぎて逆らえない。なにそれわざと? 作戦なの? おいしいの?


 ……この二人が揃うと最強だな!



「ガンバッテ」



 粉々になった決意を手のひらからサラサラとこぼしていると、追い打ちのように拓磨くんの励ましの言葉が続いた。

 隣を見る。何故かちょっぴり微笑んでいるように見えるその表情が、脳みそをゴーンと打ち鳴らした。

 何故、今、ここで、その顔を……!



「うん、がんばる……!」



 目から液体どころか、鼻から赤い絵の具出そう。

 情けなくも、こうしてあたしの禁欲生活が幕を上げたのである。

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