男同士だっていろいろある
しばらく拓磨くんのイモジャー姿を眺めていたあたしだけど、拓磨くんはまた難しそうな本を読み始めて会話も無くなってしまったので、ふと部屋を見渡した。
コタローの自室は相変わらずきれいに整理整頓されている。男子高校生にしては珍しいくらいサッパリした部屋なんじゃないだろうか。
もちろん、年相応のマンガやらゲーム機やら遊び道具も置いてあるんだけど、それぞれ棚にスッキリ収納されているので邪魔にはなっていない。勉強机まわりも教科書や筆記用具などがあるのみで、勉強に必要ないだろうものは見あたらず。
それでいてカレンダーやら小物などオシャレに配置されているなんて、なんという空間クリエイター。あたしの部屋も汚い方じゃないけど、ここまでさりげないこだわりは見せていない。
これ、タンスとか開けたらきれいに丸まったパンツが行儀良く並んでいるんじゃないだろうか……。
決して不純じゃない、いたって真面目な好奇心を抱きつつそろそろとタンスに近寄る。腰ほどまでしかないそのタンスの上には、これまたオシャレなインテリアが……。
「……あ?」
オシャレというか、不格好というか……激しく見覚えのある歪なフォルム。紙粘土でつくられたネコだかウマだか分からないマスコットがかなりの存在感で鎮座している。他にもペンギン?だったりトマト?だったり便器?だったりジャンルもフリーダムな意味不明な物体がころころと。
「こ、これ」
呆然としていると、部屋のドアががちゃりと開く。
「宗二先輩、お待たせしましたー! って、どうしたんすか、そんな渋い顔で?」
「こここ、コタロー、なんでここにこれが」
「ああ、それ。ずっと大切に保管してたんですけど、やっぱり飾っておきたくて……先輩からもらった誕生日プレゼント」
やっぱあたしが作ったヤツだあああ!
コタローは動揺するあたしを、しばらく不思議そうにみていたけど手にしていたトレーを簡易テーブルの上に置くと側までやってきた。
「この意味を感じさせない珍妙な形とか、手がちっちゃくて満足に作れなかったんだろうなって思うところも……かわいいですよね」
その一つを手にとってうっとりと見つめるコタロー。か、かわいいか、コレ? どう見ても嫌がらせとしか思えない凶悪なプレゼントだ。
断じて言うが、今現在はこんなものをせっせと作ったりしていない。これは、小学生の頃、毎年の夏休みの自由研究のついでに余った紙粘土で作っていたものだ。コタローの誕生日がちょうど夏休み最終日8月31日だったばかりに、ついでに作ってついでにあげるという適当な恒例行事となってしまっていたのだ。
「これ、そーじが作ったのか? うえ、へたくそだな」
後ろからのぞき込む柳井くん。その通りの意見をありがとう。世間一般の目は確かにこれで間違いないのに、この不細工な人形を見つめるコタローの熱視線はと言えば。
「なんてこと言うんすか、一馬先輩! これは、幼き頃の宗二先輩が少しずつ丁寧にそしてオレのために愛を込めて作ってくれたものなんですから」
制作時間五分のソレに、そんな重い感情こめてないんだけど。……このコタローを前に訂正するのも野暮なので何も言わない。
柳井くんもゲーッと砂を吐きそうな顔だ。
「うん、でも、コタロー。さすがにこうして飾っておくのもやめておいたほうがいいんじゃないかな……。知らない人が見たら完全にコタローの人間性を疑うというか」
あたしですら恥ずかしいし。
ね、これは押入の奥深くに眠らせておこう、ね。と物体に手を伸ばすも「うわあー嫌っす!」と情けない声で止められた。よほど気に入られているらしいのがまた心が痛いわ。
幼き頃のあたし……当時はなんとも思わなかったのか。最低だな。
ちなみに、あたしがもらっていたコタローからの誕生日プレゼントは子どもながらやけに金がかかっていたのに、すでにあたしの手元にはない。
超最低だ。
「もー先輩までなんでそんなこと言うんすか! オレは毎年毎年、自分の誕生日を楽しみにしてたっすよ。母さんも父さんもいなくても、先輩がいて、二人だけでお祝いすれば、嬉しかったんです! あの頃の先輩、うう、天使みたいにかわいかったっす」
「……なおさら、後ろめたいわー!」
そんな嬉しいエピソードに、この五分の適当な愛が入り込むには重すぎる。
しばらく、片づけて、嫌だ、隠して、嫌だ、捨てて、絶対嫌だ、と応酬を続けていたが、それをじっと見つめていた柳井くんが口を挟んだ。
「仲良いよな、おまえら」
思わぬ言葉だったので、二人して物体を挟んだまま動きを止める。
「おれもミツカとは小学生の頃からずっと仲良いけどさ、プレゼントとかしたことないぞ。小太郎も料理している間ずっとそーじとの思い出語るし、そういうの聞いてると、なんかおまえら男同士の友達って感じじゃなくて……こう、恋人同士みたいだよな」
「うわっ……!」
ゴリッと音がして物体が地面に落ちた。紙粘土が少し剥がれて、ネコみたいな顔に亀裂が入る。
わー、あっけなく壊れたー!
いきなり手を離すからだよ、と物体を追いかけながらコタローに目を向けて、思わず絶句した。
「ち、違うっす」
かお、真っ赤だ。
ほっぺたを押さえて、潤んだ瞳で見つめられていると、まるで柳井くんの言葉を肯定しているかのようだ。けど、コタローの口からはそれを否定するような言葉が出た。
「いえ! あの、確かに先輩のことは好きだけど、恋人になりたいと思ったりもするけど、そういう風に見えるなら嬉しいけど……」
うおー本音ぶちかましすぎだろ!
いや、まあ、うん、最近のコタローの様子からなんとなく分かってたけども。
「あれ、でも、なんか……違う」
コタローは言ってしまってから、自分の言葉の違和感に気付いたようだった。
そら、そうだ。恋人同士って、宗二の姿をしたあたしとコタロー、もとい男と男で簡単になれるものじゃない。
今まで通り当たり前に好きというには、大きく変わりすぎた現状が横たわっている。ましてや、それを知る術はないのだ。
あたしはそのコタローの戸惑いの理由を、知っている。
「コタロー、お祝いは毎年、三人でしてたよ」
コタローの好きは一体どこに向かっているのか。
一体、誰を、好きなのか。
当然のように一人足りない過去の思い出が、コタローの想いをねじまけているんだな……。
真っ赤になってあたふたと動揺するコタローを見ていると、ものすごくかわいそうに思えてきて、あたしはなだめるようにコタローの名前を呼んだ。
「わー! ぎゃあ、オレ、なんか今変なこと言わなかったっすか!?」
「大丈夫、大丈夫、コタロー。なんでもないよ」
「宗二先輩、ほんとうに!?」
「うん。コタロー、好きだよ」
「お、オレも好きっす!」
「ほら、なんでもない」
「……はい!」
コタローが単純で良かった。どうにかなったんだかどうなのか、結局曖昧になっただけのような気がするけど、コタローは納得したように頷いてくれた。
ほーっと息を付いて、徐々に顔から赤みがひいていく。あたしはコタローの頭をがしゃがしゃと撫でた。
「やっぱり、なんか普通とは違うよなー」
「……それを言うなら、柳井!」
「はえっ!?」
元はといえば、柳井くんがイラン一言をぶちかましたせいでコタローが混乱してしまったのだ。これ以上かき乱されてたまるか、とあたしは仕返しも兼ね指先を柳井くんにつきつけた。
驚いたように自分を指さす柳井くん。たっぷり時間をかけて頷いてあげる。
「自分ではそうでもないように言ってたけど、きみだって十分和磨と仲良いでしょ」
「え? だから、おれらはそんなプレゼントしたりとか」
「別にそれだけが友好の証じゃないよ。いつも一緒にいるし、必要以上にベタベタしてるし」
「してるー? ミツカが世話焼きなだけだよ。それこそ、最近じゃそーじのほうがミツカとベタベタしてる!」
「ぬおっ!」
思わぬ反撃が来た! ガキッとコタローの動きが止まったような気がしないでもないけど、今はもうそっちに気を取られている場合じゃない。
今のあたしにとって和磨のネタはタブーと言わなかったか! 言ってないか!
「ミツカ、昔から人と関わるの嫌ってるけど、そーじには気を許してる、絶対。だってミツカから話しかけたり、触ったりとかって、今まで無かったことなんだぞ。この間なんて服着替えさせたり見つめあったり」
柳井くん、その言い方じゃ語弊があるんだがね。コタローを見ないようにして、あたしは必死な柳井くんに首を横に振った。
「着替えさせるって、体育のとき着替えに手惑ってた自分を手伝ってくれただけで、見つめ合うのもにらみ合うの間違いだと思う」
「だーかーら、ミツカはそれすら普通他人にはしないもんなんだよ。おれは家族のようなものだからしてもおかしくないけど。な、拓磨?」
急に話をふられた拓磨くんだけど、いつの間にか本を閉じてあたしたちのやりとりを見ていたらしい、即座に頷いた。
あれあれあれ、柳井くんを責めようとしたはずなのに、なぜかあたしが身に覚えのない胸のざわつきを感じている。
「そう! 今日の話はそれだったんだよ」
え? 何が?
意味の分からないあたしの手首を、柳井くんはとってテーブルの前につかせた。そこにはベイクドチーズケーキが一切れずつお皿に乗っている。焼きたてホクホク、いい匂いが漂っている。
「そんなこんなの二人ですが。一昨日から様子がおかしいとおれは思ったの」
「……あ」
のろのろとコタローも正面に座り、拓磨くんも当然とばかりにあたしの隣を陣取り。四人で小さなテーブルを囲み、あたしはもしかして、と冷や汗をかく。
「一昨日、昼休みが終わった頃から二人とも全然話さないし、顔すら合わせないし。ミツカに聞いてもなんでもねえだし、そーじは上の空で聞いてやしないし」
あの夢妄想まで繋がったあの事件の直後だ。ハッキリ言ってあたしは自らがどのように行動したのか覚えていないんだけど。
……気付かれていたのか。
「何があったか白状しろ!」
柳井くんは、いつに増して男らしく声を張り上げた。