日曜日は萌えの巣窟
本日、気が付けば日曜日。
いろいろなことがあって正直ノホホンと曜日を数えることがなくなっていたわけだけれど、今、この時は日曜日で間違いないのだ。
日曜日、ウフフ。
それは、世間一般では学生の休日を意味する。
学校が無いということは、クラスメイトと会うことはないということで、しかし学校がないからこそ、得られる至福の時間があるというわけで。
あたしはタンスから引っ張り出したファンシーなクマさん付きティーシャツの袖に惜しげもなく腕を通した。適当に財布だけカーキ色の細身ジーンズのポッケにねじり込み、いざゆかん。
極楽のパラダイスへと続く扉の前で、あたしは合図ともなるインターフォンを押した。
「はーいっ! あ、そおじ、いらっしゃい。どーぞーって、ここおれの家じゃないんだけどなー」
迎え入れてくれたのは、神々しいまでの光を放つ天使……そう言っても過言ではない。
ついついボケーっと見入ってしまったあたしに、天使もとい柳井くんが不思議そうに首を傾げた。その姿までも今の格好にピッタリだ。
胸元にポップな星が刺しゅうされた薄手のセーターに、肩ひも付きカーゴパンツ……。
何を隠そう愛でられ系男子ルックに間違いはない。
「そーじってば」
「あ、ごめん。おじゃましまーす……コタローは?」
「アイツなら厨房だぞ。今日はコックだからな!」
ぶわー、なんかお茶目なこと言ってる。ヒョコヒョコと嬉しそうに廊下を駆けていく柳井くんの後ろ姿をニタリニタリと見つめつつ、あたしもそれに続く。
柳井くんから電話があったとはいえ、お呼ばれしたのはコタローの家。小さな頃から何度も出入りしたことがあるため、見慣れた光景だ。
キッチンへと続くドアから中に入ると、そこには確かにエプロン姿のコタローの姿があった。
「コタロー、こんにちは。お邪魔します」
「先輩! ちょうどいいところに来たっすね、あと少しでチーズケーキが焼き上がるところですよ」
あたしの姿を見つけて、コタローが楽しそうに言う。
うん、いい匂いが漂ってきた。チーズとレモンの何とも言えない甘ずっぱい匂い、昔からこれが好きだったなと思い出した。
「あのな、さっきまでおれも手伝ってたんだよ。チーズと、砂糖と、レモンとー、ダマになんないように必死でかき混ぜた。すげーだろ」
「うん。そのために今日二人集まったの?」
「あ、そう、いきなり柳井先輩が話がある!って呼び出してきたんですよ。それで、せっかくだから先輩のためにケーキ焼こうってオレが提案したんす」
「そしたらもうそーじ呼んだ方が早いんじゃねーかってなって」
そして朝早くに電話を……って、二人いつから集合してたの。
わー、でもこうして呼んでくれたのは素直に嬉しい。宗二の姿になってからというものの、休日に友達と遊ぶってことがまだなかった。こう見えてあたし、誘われない限りは結構一人で遊んでしまうタイプだからな。
「ちなみに、二人だけじゃないよ」
「え?」
「まー、アイツは少しも手伝おうとしねーけどな。今部屋で待ってるとこ」
待ちきれないといったように、オーブンの中をのぞき込みながら柳井くんがそれとなく呟いた。
二人だけじゃない? アイツ?
……それってもしや。
よく考えてみれば、柳井くんがいるところには必ずといっていいほどあの人がいたじゃないか。
あの人が、いるとなると。
破廉恥なマイブレーン! ……どうしよう!
部屋に入るなり、土下座の勢いで身を隠そうとしたあたしは、それが実行されることなく両手を持て余した。
「こんにちは」
サラリと挨拶をこなした彼は、今コタローの部屋にいる唯一の御客人。サラリの後はスッと音が付きそうな程自然な動作で手元の本へと視線は移っていった。
そしてあたしの胸はホッとなで下ろされた。
「こ、こんにちは。……拓磨くん」
な、ななな、なんだ。そっちか……。
最悪な状況を想定していただけに、漢字一文字違いの勘違いには拍子抜けする。へたり込むように拓磨くんの側に座り込み、モフモフのじゅうたんにすり寄った。
……どれだけ恐れてんの、あたし。
あれが夢にしろ、そうでないにしろ、そんなことはないにしろ、気まずさと居たたまれ無さと恥ずかしさと、いろいろなものがごちゃ混ぜになっている今、できるなら和磨に会いたくないと言うのが本音だ。
おかげで夢が入り込む前の現実より、どうやって和磨に接していたか覚えてない。
「何、読んでるの?」
焼き上がるまで待ってて、と柳井くんとコタローに背中を押され部屋に通されたので、今現在拓磨くんと二人だ。
気晴らしに声を掛けると、拓磨くんは理解不能な異国の言葉を口にした。
……なんて?
下から本のタイトルを読もうとするけど、到底言葉にできなかった。
「難しいの読んでるんだな……」
漢字で間違いないんだけど、読み方が分からない上に、読めたとしてもおそらく理解できないに違いない。
相変わらず拓磨くんはすごいというか、もはや意味不明というべきか。
はー、と感嘆のため息を付いていると、拓磨くんはふと本をカバンにしまい始めた。あれ、ごめん、邪魔してしまった?
その手元をじっと見つめていると、カバンの中には他にも本が何冊か詰め込まれていることや、手紙らしきものが入っているのも分かった。
「ラブレター?」
あ、つい口に出しちゃった。拓磨くんは、手を止めるとすぐにひょいっと手紙を指先でつまみ上げた。
真っ白な便せんに、ハートマークのシール……古典的だよなあ。
「今朝、もらったんです」
「拓磨くんに? へー、やっぱモテるんだね」
今時手紙ってのがもう、拓磨くんらしいというかなんというか。もちろん拓磨くんの意向じゃないだろうけど、こう、拓磨くんを好きな人ってひっそりと秘めた恋心を持ってる気がするから。
現に、ストーカー紛いな人までいたわけで。
「モテるってのが、どういうことか、僕にはよく分かりません。人の好意ほど、分からないものはないです。だって、確実に目に見えないから」
「好きってのは、うん、目には見えないね」
だから、思ってもみないところから急に好きだとか言われると本当にどうしていいやら分からない。
「目に見えないのに、どうして好きだと思えるんでしょう。根拠は?」
「そうだよ、根拠だよ。都合良すぎるでしょ、まして今は男なんだからそんなの友情で片づけられる話だし」
「……」
「全く、夢も希望も乙女心も詰まりっぱなしの妄想だよね。それでまた勝手に気まずくなってるとかさ、ほんと最悪」
……って、あたし、何の話?
拓磨くんも、もう随分と意味が分からないらしく、じっとりとあたしを見つめている。うわあわわ、なんでもないなんでもないと手を振る。
「えーっと、拓磨くんは、まだ好きな人できないの?」
あ、じわじわと首が傾いていく。分かりやすいなもう。
「ま、そういうのってその場面にならないと分からないもんだよね。ほら、自分だって……いや、やめとこう、これ以上は」
ほんの薄っぺらい自分の恋愛事情が浮き彫りにされるので。却下。
生まれてこの方、あいにくと大層な経験をしてきていない。いや、今この状態があたしに限らず今世紀最大の経験ではあるけれど、人生経験としては。
今ひとつ。
「どっちにしたって、拓磨くん、あまり女の子をたぶらかしちゃダメだからね。その気があろうと無かろうと」
「たぶらかす……」
「いや、ほんと、拓磨くんはその顔面が立派な武器なんだから。あ、それついでにお兄ちゃんにも言っておいて。この度も多大なるダメージを被ったと」
意味が分かっているのかいないのか、拓磨くんは素直にこくんと頷いた。良くできましたとばかりに笑みを向けると、一つ二つと瞬きを返される。
あー、拓磨くんと話して少しスッキリした気がする。これやあんな美形を目の前にしたら、躍らされるのはその前に立つ女子のみ。
それにまんまとあたしも引っ掛かってしまったのだよな。うん、乙女ってそんなもんだよね。
「それにしても……拓磨くんはさすがだね」
と、その違和感に、ステップを踏みたいけど困惑して今一歩踊り出せないでいる。
……拓磨くん、全身黒のイモジャー。
惜しい!と思いつつも、それがまたどことなくかわいく見えてしまうのが、これぞ美形のなせるわざだろうか。
あえて言おう、萌えであると。




