メガネ男子は王道がいい
創立十年だとかいうこの男子校、校舎内は男子校と思えないくらいきれいだった。特別な設備はないものの、精神上女なあたしが生活する上でも満足な程には整っている。
トイレはまあ、男用しかないわけですけども。まあ、一ヶ月もすると男用の便器にだって慣れた。まだまだ人前ではできないけどね……。
淡いクリーム色したビニールの廊下を歩く。あたしが前通っていたところは板目だったから、なんだか変な感じ。小学校の時の廊下と同じだからかな。上靴も典型的な先が青いヤツだから、まるで小学生に戻ったみたい。
そしてその当時から、イケメンにきゃあきゃあ言ってたなあたしってば……。その度に兄ちゃんから呆れられてた。
……あたし、どうして兄ちゃんの姿になっちゃったんだろう。兄ちゃんが死んだのは、偶然の車両事故だった。肉体だってバラバラに潰れちゃって、今更ながらこうやって形になるはずもない。
あたしの本体だっていずこに?
考えれば考えるほど分からん。
そんなこと言ってたら、本当にあたしという人間が存在していたのかどうかも分からなくなって――
「ん?」
こんなときに何ですが、イケメンレーダー察知。きたろうよろしく、脳天の髪の毛がぴょいんと逆立った気がする。
周囲を確認するといつの間にか、中庭まで出てしまっていたらしい。様々な花壇が植えられていて、本当に男の園なのかと疑いたくなる。
誰か手入れしてるんだろうか?
と、見た先に男発見。
じょうろを手にし、花に水をやっているようだ。
……お、なんだか花を愛でるいい男臭が。つつい、と近づいてみたら、ぱっと顔がこちらを向いた。
「おおっ?」
「こんにちは、どうかしましたか?」
「いえ……コンニチハ」
あたしが気配を絶っていたはずなのに、気取られたあげくあたしがビックリしてしまった。
振り返った男は、メガネ男子。一見して野暮ったいが、あたしのイケメンレーダーはどうやらこのメガネ男子に反応している模様。
あーもしかしてメガネ外したら美形とかいう王道設定? 意外と嫌いじゃない。
「水やり? きれいに咲いてるんだね」
あたしは膝に手を置いて、花に目を向ける。お茶に誘おうかとも思ったけど、こういうタイプはおそらく、花を誉められるのが一番喜ぶ。
いや、いきなり落とそうっていうわけじゃなくね。元女として人間関係を円滑に進めるためにはこういうテクニックも必要ってことで。
「ふふ、気に入って頂けました? ここに人が来るのも珍しいので、そう言ってもらえると嬉しいですよ」
汗を拭う姿を、強い眼光で見つめる。今だ、メガネよ曇れ!
「どうしました? そんなに見つめて」
メガネを外せばいいと思って。
とは言えず、いいえ、と無難に首を振った。すると、メガネ男子は手にしたじょうろを地面に置くとあたしの手を取り、近くのベンチまで誘った。
「何年生ですか?」
「あ、今日転校してきたんだ。二年の田中宗二です」
「そうですか、僕は三年の椿本健吾です。良かったら仲良くしましょう?」
はいどうぞ、と小さな赤い花を渡される。うおお、思わずときめいた。メガネ姿じゃそこまで燃えるものはないけれど、こういうロマンチックな対応には女として惹かれない手はない。
女に違わずお花だって好きだしね! なによりこれ、柳井くんに似合いそー。
「ありがとうございます。それより、先輩だったんですね! 敬語だったからてっきり同い年か下かと」
「ふふ、クセでつい。田中くんはさっきと同じように砕けてもらって構いませんよ」
「いえ、さすがにそれは」
いちいち優しい先輩だ。にこにこーっと微笑まれて、ほんわかと心が温かくなる。ビバ・イケメン!とか燃えたぎってる場合じゃない。
しばらくここで花に囲まれていたいなー、隣で椿本先輩も笑ってるしなー。
夢心地に陥っていると、あたしを現実に引き戻す声が響いた。