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変化しました本題編妄想付き



 視線を、感じる。

 昼休みもそろそろ終わるのか、廊下には教室へと戻る人が増えている。その中を急かされるように歩きながら、さりげなく注目を浴びているのだ。


 ……これのせいだろう、とあたしは困惑気味に思う。

 あたしの視界には、手首から手のひらにかけて強く握られている自分の右手がうつっている。繋がったその先を辿ると、その後ろ姿がある。


 男らしい骨張ったたくましい体躯に、色気を感じるうなじから続く形の良い顔のライン。こんなときでさえ見惚れてしまう完璧な後ろ姿。

 あたしを引っ張るのは、和磨だ。


 椿本先輩から逃げてきたところを見つかってからというものの、ずっとこれだ。視線を浴びてることも和磨は気付いていないのか、やめようとはしない。

 男子校とはいえ、男二人仲良くお手て繋いでるなんてどう思われることか。それに加え、相手は健全な男前である和磨だよ?

 人が見てしまうのも無理はない。


 あたしは精神が女だからまだいいけど、和磨にとって堂々と男と触れあってるこんなシーンを見られるのは嫌じゃないのか?

 それともサインなのかい、今後ろから抱きついてもオールオッケーバッチコイという誘いなのかい。

 ……絶対ねーだろ。というか、あたしもそこまでKYなことはしない。

 変な噂が助長されても困るしな。


 ただでさえ、この光景を興味深そうに見ている生徒たちはひそひそとあらぬ誤解をかけている。あたし発信ならともかく、今は和磨があたしを掴んでいる状態だ。

 三ツ瀬はやっぱりソッチだったとか、あんな普通な男を相手にしているとか。


 心は女なんだがね。



「和磨」



 でも、そんなこと言ってもどうにもならない。ようやく決心して声をかけると、和磨はすぐにピタリと止まった。

 あ、良かった、聞こえた。

 


「そろそろ離して。一人で歩ける」



 ゆっくり繋がれた手を引っ張ると、ビクッと和磨の体が震えた。

 ……あれ、変な反応。

 ふざけんな好き好んで繋いでたわけじゃねえよ、的にふりほどかれるかと思ったのに。


 和磨はハッと小さくため息を付くと、あたしの手をゆっくり離した。



「和磨、あー、迷惑かけてごめん」

「……何がだよ」

「最近ずっと、イライラしてるでしょう。別に迷惑かけるつもりはないんだけど、いろいろと和磨が不快に思ってるのも事実だし。だから、ごめん」


 

 最近は、特にそう感じる。

 おそらくそれはあたしの感情を抜きにしても、男と見つければ誰でも良いと思われるような不誠実な振る舞いをしているのが原因なんだろう。

 さっきのは別にあたしから好きで椿本先輩とベタベタしてたわけじゃないんだけども。和磨的にはどっちにしろ同じだ。


 和磨はイライラしたように頭をかくと、こちらに振り返った。



「なんでこういうときだけ、謝るんだよ。こういうときだけ、そんな態度とって。他の野郎には全て許しているくせに」

「え、許すって、どういう意味?」

「俺の気も知らないで……」



 顔が苦しそうに歪む。初めて見る、和磨のその表情にあたしもどうしていいか分からず、言葉が続かなかった。

 どうして、和磨がそんなこと言うの?

 和磨の気持ちは、分からない。



「……なんでもねえ」

「和磨、あの」

「うるさい、喋るな。もう、俺に構わないでくれ」

「……な」



 ――なんだそれー!?

 和磨の去っていく後ろ姿を見ながら叫びだしたいのをぐっとこらえた。か、構うなって、ここまで連れてきたの、あんただろ!

 言いたいだけ言っといて、あとはあたしに黙れだと! あたし、ちゃんと謝ったのに、一方的に罵られるってどうなの。


 ……本格的に、嫌われたの。


 和磨の振り返らない後ろ姿を見ながら、一瞬脳内をよぎる苦しそうな顔。いつもの怒った顔なら何とも思わなかったのに、そういう顔をされたら本気で思ってしまう。

 苦しむほど、嫌な思いをさせてたんだろうか。



「意外と、ショック」





 ――だからか、気付いたときには足が動いていたのか。



「和磨!」



 背中に怒鳴り、腕にすがりつく。



「どういうことか、説明して! なんで、そんな風に言うの。和磨の気持ちを聞いてない」

「なっ……!」



 突然の襲撃に驚いたらしい和磨は、目を大きく開いてあたしを信じられないように見下ろす。

 しかし、ひるんではやらない。周囲がどよめいても、ここは役得だとばかりに押し切ってやる。



「こっちだって納得いかないよ。いくらイライラされてもいいけど、それだけで何の弁解もできずに嫌われるのは嫌!」

「離せ、くっつくなバカ!」

「こういうのが嫌なの? 男のくせに男にくっつくのが嫌なの? そんなの仕方ないじゃん、あたしなんだもん」



 これが、あたしなんだもん。

 兄ちゃんの姿してたって、女だし、イケメン好きだし、くっつきたくなることだってあるし。そういうの、和磨全部知らないでしょう。



「だって、あたしはあたしだよ」



 今まで喉につっかえて誰にも言えなかった気持ち。勢いで出た言葉は、スッキリしないどころか喉にちくちくと痛みをもたらした。

 和磨には、嫌われたくない。

 ぎゅう、とさらに力を込めて腕にしがみついていると、田中、と呟きが落ちてきた。



「……なんだよ、それ」



 しばらく逡巡したあとに出た言葉は、呆れを含んだものだった。けれど、それに反して声色は優しい。

 反対の手で包み込むようにあたしの頭を撫でてから、自らの肩口に押し込んだ。

 和磨の匂い。

 どうして……。

 少し驚いたけど、しばらく堪能していたい。

 

 と思ったら、和磨はすぐに離れた。



「かずま?」



 はあああ、と盛大なため息をつきながら地面に座り込んでしまった。いや、え、なにそれ、どんな反応かい、とその小さくなった頭を上から見下ろす。

 あーだのうーだの、情けない、病気だ、末期だ、とぶつぶつ呟く声が聞こえる。



「え、どうしたの」



 和磨に合わせて座り込もうとしたら、先に延びてきた手に引っ張られて和磨の眼前に転がり出た。

 ヒソヒソ話でもするような距離だ。両手をつき四つん這いの状態で、ゆっくり目を上げて和磨の顔を伺い見ると、その目とバッチリぶつかった。

 うわ、近い。

 目と鼻の先にあったその形の良い唇が、そっと耳元に近づく。

 潜めた声は、甘い吐息と一緒だった。



「おまえが好きなんだよ、最悪だ」





「――ぎゃあああ!」



 自分の叫び声で目が覚めた。

 勢いで吹っ飛ばされたのか、テディベアが地面に転がっている。はあふうと荒く息を付きながら、改めて周囲を見回す。

 ……兄ちゃんの、部屋。

 興奮で高鳴る心臓が、次第に冷静を取り戻していく。



「なんだ、夢か……」



 夢オチの常套句である。

 言わずにはおれない。夢でなければなんとする。


 だって、和磨から愛の告白。

 ……ありえねえ。現実ではなかったことよりも破廉恥な夢を見てしまったことが非常に恥ずかしい。

 もはや痛い妄想だ。よりにもよって和磨だし。一番遠いに違いない和磨だし。

 か、和磨だし。


 何あの告白、現実だったら死んでいる。



「都合良すぎ、いくら嫌われてるからって」



 嫌われたと確信したところまでは、確かに現実だったはずだ。

 はず、っていうのはもう妄想と現実の境目が分からなくなっているから。それほどまでにショックだったらしい。

 和磨に、嫌われたってのが。

 ふう、とため息をつく。



「……やば」



 そこで、もっと衝撃なる事実が。

 立ち上がろうとしたところ、ついた肘の下に長い黒髪が絡まっていた。冷静にそっと手をどけてもう一度体を起こす。ふるっと頭を振れば、それに合わせて黒髪がさらりと流れた。

 正真正銘、あたしの髪の毛。


 いつもは短いはずの髪の毛が、見事に腰まで伸びていた。

 一夜にしてこれほどの成長を遂げるとは呪い人形もビックリ。動揺してんだか冷静なんだか良く分からないことを思いつつ、いつぞやと同じく胸元にも手を伸ばす。


 あ、うん、お帰り。


 しっかり我が元へ帰ってきてくれたようである、女性のシンボルである脂肪。



「やっちゃったなあ……」



 ぶつくさ言いながら部屋の中唯一の鏡の前に立つ。そこには、兄ちゃんの妹、つまりあたしの以前の姿が映っていた。

 懐かしい、とは言っても、二日ぶり。

 実は、何を隠そう朝起きてこの姿だったことは初めてじゃない。これこそが、あたしの身に起きた最大の変化なのだ。


 発動条件はなんとも恥ずかしいもので、夢に興奮して飛び起きるとこの姿になっているのである。

 おい、男子の朝の生理現象じゃあるまいし。あー、ゴホン。

 さして取り乱さないのは、これが一時的だと分かっているからだ。最初にこうなったときは本当に元の姿に戻ったのかとしばらく部屋の中をぐるぐる回っていたんだけど、そのうち気が付けば兄ちゃんの姿に戻っていた。


 だから、多分今日もすぐに戻るだろう。

 兄ちゃんに似ているその顔をじっと見る。兄ちゃんより睫毛は短いし、鼻も小さくて、頬もふくらんでいるけど。

 ちゃんと女の子、だ。



「そうだ」



 あたしは思い出して、机の上から目当てのものを持ってくる。まっすぐな前髪にそれを留めてもう一度鏡を覗き込んだ。

 十夜さんから、あたしに、ともらった赤いヘアピン。いくらもらったとはいえ、宗二がするのもと思っていたので、付けるのは初めてだ。

 うん、いい、シンプルだけど意外と可愛い。

 くるっと体を回してみて、おっとやりすぎたと思ったときにはタイミング良く。瞬きの瞬間、あたしは宗二の姿に戻っていた。



「うわあっ、兄ちゃん、それはダメ!」



 慌てて前髪からヘアピンを取り除く。なにやら危ない画を見てしまったようで誰にともなく申し訳ない。

 はー。

 ぐったりと座り込んで、なんとはなしに思った。


 もう、限界なのかも。


 そろそろ身辺整理をしたほうがいいのかな。いついかなるときにどのようなことになっても、すぐに対応できるような心構えを。

 諦めを……。

 ここで何故か和磨の夢の告白が脳裏をよぎって、慌てて頭を振り払った。


 そのとき同時に、机の上に置いていた携帯が鳴り響いた。ディスプレイには、コタローの文字がある。



「……もしもし?」

「あ、そーじ出た!」

「って、あれ、柳井?」

「あのさ、今いいところなんだけど、そーじも来ない?」

「い、いいところ?」

「そーじも、多分」

「……たぶん?」

「大好きだ」

「ブフォッ」



 夢の告白第二弾きたこれ。

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