変化しました1~5編
長くなって切ったんですがまだ長い。
途中危険に恥ずかしいシーンありますので、苦手な方は回避してくださいすみません。
最近、身の回りが、やけに大変におかしくおいしく、変わりつつある。
その一つ。
「宗二先輩」
「おはよう。コタロー、今日は早いね」
朝、家を出てすぐの門柱にコタローがいる。ひらりひらりと手を振ると、コタローはそれは尻尾じゃないかと言いたくなるくらい嬉しそうに両手をぶんぶん振り回した。
これはまだ以前とは変わらない。
「早く行きましょう、先輩。もたもたしてるとまた中村部長が来ちゃいます」
「ねえ。十夜さんもわざわざ来ることないのにね」
「もー、先輩だけですよ、部長から狙われててそんなお気楽なセリフ出るの! オレはやですよ、こないだみたいに三人で登校なんて。いろんな意味で気が気じゃないっす」
実は、拉致されて以来、何故かたまに十夜さんがふらっと我が家に現れるようになったのだ。むしろふらっとしすぎて、あたしが家を出る一時間前だったり、逆に後だったりとちっとも予想がつかない。
そのため、問題なのが、相変わらずあたしを家まで迎えに来るコタローとどのタイミングで鉢合わせしてしまうのかということだ。
言わずもがな、コタローにとって十夜さんは部活の部長であり、ドS先輩である。顔をつきあわせれば当然、修羅場。こないだなんてあたしを間に挟んでなつかないネコとそれをおちょくる飼い主のような攻防が始まってしまった。
まあ、そりゃ三人になると面倒くさいっちゃそうだな。もはや両手に男ウフフアハハみたいなそういう次元ではないし。一緒に登校しながら眼中にない自分に、なんだかんだ一番仲良しはきみらじゃないのかと疑いたくもなるし。
「ね、行きましょう」
今日はドッキリウッカリ遭遇なんてことがないようで安心。
なんてことないようにさりげなく、コタローがあたしの手を引っ張ってきた。つられて足が前に出ながら、うん、と返事。
……これが、変化その二。
コタローはコタローで、あたしが倒れてしまったあの日からより過保護になってしまったようである。いろいろと心配させてしまったせいなんだろうけど、方向性が若干間違っている、気がする。
例えば、こんな風に手を繋いで歩いたり、見上げると大人びた微笑みを向けられたり、首を傾げると頬を染めてはにかまれたり。
前までの盲目に慕われているときとは違って、ちょっとだけ、ドッキドキしてしまう。まるで弟みたいだと思っていた子が、大人らしく男らしく接してきてみろよおい。
いいのかなー?なんて思いつつ、犯罪行為を働いているような後ろめたさもある。
「宗二先輩。今度、うちに遊びに来て下さい。先輩の好きなお菓子作るっす」
「自分の?」
「ベイクドチーズケーキ。好きでしょ? おいしいクリームチーズがあるんです、どうせなら焼きたて食べてもらいたいし」
「あ、好き! 食べる!」
パッと振り仰ぐと、コタローがびっくりしたように目を見開いて、それからゴールデンレトリバーのようにわふんと笑った。
いつものコタロー、ホッとする。
それから、あたしの通う高校の校門まで着いたけど、コタローはギリギリまで手を離さなかった。
「帰り、また迎えに来るっすね。あ、メールするまでちゃんと教室いてくださいよ? こないだ先輩、外で不良に絡まれてるんすもん」
「いや、あれは絡まれるっつーか」
「あのときは無事だったけど、いつ誘拐されるか分からないっすよ? どんな人にでも優しくする先輩が今は嫌です」
優しくしてるように見えたなら、それこそコタローの目がおかしいと思う。あのときにあんな余裕があったわけがない。
というわけで、変化その三。
強面装備の不良に絡まれ……いや、慕われだしました。
ひいい、一体それってどれ程の驚愕展開だ?
校舎から外に出たら、同じような数人の不良とケンカしていた赤髪とスキンヘッドが返り血を顔に付けたまま駆け寄ってきたのだ。
いや、怖え。
かつての兄ちゃんの裏の顔のせいで、力も何もないただのあたしが利害関係もなく不良に慕われるなんて、恐怖以外の何者でもない。
ケンカしていてすみませんと、ペコペコ謝られ、周囲の目が痛いことに……。見るからにあたしの方が弱者なんだが。
いたたまれなくなって「簡単に頭を下げちゃダメ、俺に悪いと思うな(自分たちの立場を考えて下さいほんとお願いします)」と本音をオブラートに包んで伝えたのに、その瞬間より一層慕われ度が増した。
……どうしよう、意味が分からない。
ということもあって、せめて今後学校には来ないようにとどうにか伝えてある。心配そうなコタローに大丈夫だからと笑って手を振った。
「無意識に無防備に男をたぶらかす……」
コタローがぼそりと呟いた。
え、何、そのウマ萌え属性。そんな上級テクあるなら教えて欲しいところだ。
続いて、変化その四というのが、その人との関係である。
昼休み、トイレを済ませて教室に戻っている途中で、遭遇したのが教科書を両手に抱いた椿本先輩。
この間迫られたこともあり、ウッカリときめきかけたあたしだけど、椿本先輩は何も無かったかのように、にこやかに爽やかに話しかけてきた。
「田中くん、一人ですか?」
「あ、はい。先輩も一人でどこかに行くんですか?」
「ちょっと図書室まで。ほら、花のこと調べたくて」
「ああ、花壇、の……」
「ふふ、そうです」
探り探り口にしてみるも、先輩は至って普通。平凡というか、無害というか、敬語だからっていうのもあるけど、この間のフェロモン大放出の人とはどうしても思えない。
やっぱりあれはあたしの妄想が見せた夢幻だったんじゃ……。
そう思い当たると、存外ホッとする。
それで気付いたんだけど、あたしって迫るのは好きだけど迫られるのはどうも苦手……!
「良かったら、田中くんもどうです? 一人より二人で調べた方が、楽しいですし」
「そうですね、自分もあの花壇好きだし」
椿本先輩と最初に出会った花壇、今も先輩が丁寧にお世話をしていることはよく見てるから知っている。一応女の子として、綺麗な花は大好きだ。
少しくらいお手伝いできたらいいなー、と純粋に素直に着いていけたのは、椿本先輩の穏やかなオーラのなせる技。これで相手が柳井くんとかだったら、この機会に乗じてどんなラブハプニングを画策しようかとしているところだ。
「で……なんですか、これ」
それが、ラブハプニングを画策されるとは。
図書室の奥、資料室、密室。
昼休みというのに無人。
「お楽しみ、だね」
メガネという枷を外したフェロモン全開の椿本先輩。
に、いつの間にかテーブルに座らされているあたし……!
おおお、これはとんでもなくR指定な展開じゃあるまいか。ギゴリ、とあからさまに緊張するあたしに椿本先輩が立ったまま肩を抱く。近い近い近い。色気に当てられて萌え死ぬ。
兄ちゃん、兄ちゃんの体が今や大変な目に合いそうだよ。
「ちょっと待って下さい。先輩、今日はお花のこと調べるんでしょう」
「きみだって、お花みたいに可愛いよ。僕が今知りたいのはきみのことだけ」
「う……!」
見事にキュンした。
興味のないモブキャラに迫られるのとはワケが違う。これぞまさに一級品とでも言わんばかりのお色気キングに間近で囁かれたら、どうにもならないほうがおかしい。
本当に可憐な花を相手にするみたいに、先輩の優しい指が鼻先に触れる。恥ずかしくなって顔が熱くなる。
兄ちゃん、ごめーん!
「慣れてないんだ? きみはどこまで行ったことがあるの?」
「ど、どこまで?」
「どこまで、触れられたことがあるかってこと」
そうっと腰を撫でられる。
ビックリして情けない声が漏れた。ぬおおお、これ以上はダメだろ、兄ちゃんの体!
歯を食いしばって身動きのとれないあたしの顔を、椿本先輩が前髪をかきあげながらからかうようにのぞき込んでくる。
「意外とウブってことか。……きみには、不思議な魅力があるね」
「んごっ」
あるね、の「ね」で勢いよく肩を押し倒され、あたしはテーブルに後頭部を強か打ち付けた。色気の無い声出た……。
そして先輩の顔が覆いかぶさってくる。もとより電気がついていない部屋は、外の明かりを頼りにしていたけど、今もそれが遮られていて影のかかる先輩の顔しか見えない。
こうしてみると、本当に色男だ。妖艶に、かついたずらっぽく微笑む表情が似合いすぎる。
「何も持っていないように見えて、実は何か人を惹きつけるものを内に秘めてる。それを感じるとき、人はきみを美しいと思うんじゃないかな。きみの、いつも近くにいる友人たちも」
「え……」
「それを、知りたいな」
いや、こ、この人何言ってんのー!?
何か秘めてるって、そりゃ、乙女魂だとは思うけど。先輩が言うようなあやふやにクサイ秘めた魅力はどこをどう探してもあたしの中には存在しそうにない。
男なのに、う、美しい?
え、ここ笑うところ?
ヒリヒリする頭の痛みもあって、なんとか冷静を取り戻してきた。
となると、画的にも危ないこの状況をどうにかしなければ……! もし正真正銘の女の子だったら、キャーンイヤーンと鼻血ものになったかもしれないけど、今や体は男そのもの。
羞恥心通り越して恐怖。
いろんな意味でトラウマになる。
「せ、先輩、えっと、よく考えて」
「何を?」
「自分、初めてなんですよ。こういう風に口説かれるのも、触られるのも」
「嫌?」
「い、嫌というか……正直、テ、テクニックがないというか、むしろ何をどうしていいやら分からないというか」
「かわいいこというね。いいよ、全部僕がリードしてあげるから。一つ一つ丁寧に」
キケンなところに伸びかけた手をすかさず取り上げる。
り、リードされたら取り返しのつかないことになってしまいますんでね! 兄ちゃんが帰ってきたとき、とんでもない体に作り替えられてたら困ると思うし。
えへへと取り繕って笑ってみる。
今度は狙ったように近づいてきた唇を反対の手でガードした。
「……甘いね」
ぺろりと手のひらをなめられ、あたしはすかさず起きあがるとそのままの勢いで壁に先輩を押しつけた。
ガンッととてつもない轟音が響き、近くの棚のガラスがぐらぐらと振動を伝えている。
火事場のくそ力ってヤツだろうか、さっきまで押さえ込まれていたはずが、今はあたしが先輩を強く押さえ込んでいる。
「ダメですね。やっぱり自分じゃ、先輩を満足させてあげられそうにないです」
「ここから盛り上がるとこだと思ったけど」
「残念ながら。どうも力不足で」
「そんな上目遣いで誘ってきておいてよく言う」
「相手なら、また今度してくださいね」
先輩を掴んでいた手をスッと放して、隣のドアから速やかに退出する。ふう、と息をついてバクバクする心臓を押さえ込んだ。
あぶ、危なかった。
また今度、って正直こんな緊張感、二度とヤです。嫌われたかもしれないけど。それはちょっと残念だけど。
……だって、苦痛に顔を歪める先輩の顔がやたらせくしーだったもの。冷静を装って心のシャッター超切ったわ。
こんなときまで、あたしって、めでたいな……!
「田中、どうした」
廊下のど真ん中でうずくまるあたしの耳に、よく通る聞き慣れた声が入ってきた。ぴくっと耳を反応させるも、顔が上げられない。
「また体調が悪いのか? 弁当放ったまま戻ってこねーから何してんだと思ってきてみれば」
近づく気配がする。何が何でも顔を上げないあたしを不審に思ってか、その人、和磨は肩を強引に掴むと顔を上げさせようとする。
「おい!」
「は、恥ずかしいから、ダメ」
今、和磨に見られたら嫌だ。さっきまで自分が陥っていた状況だとか、それを回避するために自分がしでかしたこととか、そういうのを思うと平静に和磨の前にいられない。
らしくないとは思うんだけども。
和磨は何かを感じ取ったのか、動きを止めた。
けど。
「……今一馬が半裸で猫とじゃれてる」
「よしきた、どこだ!?」
「元気じゃねーかよ、おい」
キラッと上げた顔は、呆れた顔つきの和磨に半眼で見つかった。
……なんつー騙され方だよおい。和磨もあたしの扱いをよく分かっていらっしゃる。
「和磨ひどい、乙女心をよくも踏みにじってくれたな! んぐぎっ」
戻そうとする顔を強引に固定される。
「何が乙女心だ、変態。……何があった」
「な、なんでもねえ」
「っていう顔か、これが?」
「見んな」
なんか前にもおなじようなやりとりをしたような気が。でもでも、だからってしっかり和磨の顔を見ることができない。
目を泳がせつつ、どうにかこの状況を打破しようと思い巡らす。
「顔、赤いぞ」
「か、和磨が近いからじゃないかな。ドキドキするよ、うん」
「じゃあ、こっち見ろよ」
「眩しすぎて無理」
「……立て」
ひい、声色が低くなった。そこまで怒んなくていいんじゃないかな!
冗談冗談全部冗談、そう言いたいのに言えない。こみ上げてくる熱いものをなんとかこらえようとしていると、腕を掴まれて無理矢理立ち上がらされた。
ふらふらと壁に寄りかかる。
和磨が怖いくらいの表情で近づいてきて、あたしに手を伸ばしてくる。
「なんで、そうなんだ」
そっと首もとに手を当てられる。何かと思えば、いつの間にか開いていたらしいあたしのシャツのボタンを、一つ二つと留め始めた。
開けた覚え、無いんですけど。
「男と一緒に寝てみたり、キスしてみたり……俺が、どれだけ」
な、何の話?
いきなりぼやき始めたその内容が分からなくて、じっと見つめるとふいっと顔をそらされた。
「なあ、今度は誰なんだよ」
「今度は、ってどういう意味……」
「――宗二くん」
つ、椿本先輩!
出てくるの早すぎ、また今度って言ったばかりじゃないですか!
おそらく険しくなりつつあったあたしの表情も、今はぽかんとマヌケに違いない。まさかここで再登場されるとは思わなかった。しかもいつの間にか名前呼び。
う、後ろめたい恥ずかしいどうしよう。
「泣かせてるんですか?」
「……っせえな」
「それとも、慰めてあげてるんですか? 僕が、いじめたから」
「よりによって、こいつかよ!」
和磨がチッと舌打ちをした。ぎゃあいやあひいい、と脳内収拾がつかなくなっているあたしの手首をとって、強引に歩き始めてしまった。
先輩にもなんと言っていいか分からなくて、結局何も言えず。メガネ姿に戻った先輩からはもう何の感情も読みとれなかった。
「だからこいつには注意しろって言ったんだ」
背を向けたままそう吐き捨てる和磨を見て、そういえばそう言われたこともあったなと今更思い出した。
だからって……別に、和磨がそこまで怒ることないだろう。
掴まれた手首に感じる強い痛みで、そう分かった。
変化、五つ目。