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めくるめくメガネの向こう側



 夏祭りの約束をしたその日の、放課後。

 ウキウキドキドキワクワクニヤニヤが止まらないまま、一人靴箱へと向かう。下校ラッシュは過ぎているので、このだらしない顔はもう誰にも見られる心配は無い。見られたところで気にしちゃいねえがな。

 つーか、一人で帰るのって久しぶり。

 いつもは柳井くんと和磨、もしくは誘われたときにコタローと帰るようにしている。最近はコタローの誘いが頻繁だから、比重としては後者が高い。そういう今日も誘われたけど、直前に演劇部部長に声を掛けられて、ついその笑顔に釣られて……もとい、良心に負けて丁重にお断りしてしまった。

 というわけで、また今日も演劇部の見学をしてきたもんだけどもね。



「一体あの人はあたしに何を望むのか」



 靴箱からペコンと引っ張り落とした靴を、だらだらと履く。今日はシンデレラだかなんだか乙女ちっくな演劇をやってたんだけど、一人役が足りなかったのは偶然だよね? 練習だからだよね? シンデレラのいないシンデレラなんて、表題を裏切ってとんでもなく破綻しているものね?

 冷や汗をかくあたしに、どうかなあ? と首を傾げる王子様……もとい、演劇部部長。


 いや、どうしようかしらね、このムラムラと沸き上がる熱情を。何が焦るってほんと、その頼りなさげな笑顔にいつか落とされてしまいそうなことよ!

 勢いでドレス着せられたらどうする……演技できないどころか、酷いえづらだろう! なぜ兄ちゃんの姿で女装せねばならぬ!


 フオオ、想像するだけでうすら寒い。あたしはついうっかり危機を思い出してしまったことを悔やみつつ、脳内を夏祭りへとシフトさせた。

 目下話題にすべき事項はこっちだよね!



「浴衣ー楽しみ! せっかくだから、コタローも拓磨くんも誘いたいよね。あとあと」



 カバンを振り回しながら、ようやく校舎から出る。浴衣って普段より色気8割増しだからね、せっかくのイベントは余すとこなく楽しむのが乙女ってもんよ。

 簡単に切り替わるあたし、プライスレス。


 校舎からグラウンドを横目に校門に向かう。部活に勤しむ生徒の姿がキラキラと輝いて、これまた眼福。そのまま第二校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を横切り、校門を目指す。ここには二つほど体育館があって、こっちはそのうちの小さい方だ。

 バスケットボールの跳ねる音がする。暑い中ご苦労様。って、コタローはちゃんと部活に参加してんのかな……。

 第二校舎を横目に見つつ、校門を出よう……としたところで。



「ん?」



 あたしは、とあることに気付いた。

 


「椿本先輩……?」



 そこはたしか、被服室。ちょうど教室の内部が見え、そこに久しぶりの姿があったのだ。裏庭で会って以来だけど、あたしが一度インプットした殿方の後ろ姿を見間違えるわけがない。

 ふふ、あたしは忘れませんぜ。一緒にいると安心できるような不思議な雰囲気を持っていて、きっとあのメガネの内には奇跡の様な萌が詰まっているに違いないその人だ。


 んーと、一人かな? 電気もつけずに何やってんだろ。



「せんぱーい、こんにちはー」



 せっかくだし声を掛けない手はないと思い、窓を叩く。気付いたのか振り返るその人物に、あたしは手を振る。

 あ、やっぱり椿本せんぱ……い?



「お、邪魔しました」



 ……椿本先輩じゃなかった! つーか一人じゃなかった。


 つーか、男同士の甘い逢瀬でした。

 

 うわああ、すいません! いくらなんでも他人のラブシーンを覗き見するような趣味はないんです、ほんとほんと!

 ていうかあれだよね、常日頃自分だったらこうしたいと他人が引くような妄想をするあたしといっても、リアルに目の前にこんなことがあってみろ!

 普通に恥ずかしいです!



「……田中くん」



 片手を挙げたまま固まるあたしの目の前で、ガラリと窓が開いた。飛んできた声はガチで聞き覚えのあるもので、的確に呼ばれた名前に、さきほど消去した可能性を呼び戻した。




「椿本先輩デスカ?」

「ふふ、そうだよ」



 窓のさんに肘をかけ、その上に顎を乗せる。しゃなりと雅な音がしそうなほど、流れる動作にドキッとする。



「分からなかった? メガネ、してないからかな」



 そして吐息が無駄に淫靡である。

 め、メガネしてないから、ってそりゃ、そうだけど。メガネの内には萌が詰まってるとか乙女妄想したけど。

 だからって、これは……!



「健吾、知り合いか?」

「うん、悪い。ちょっと、ね」

「また、新しいヤツに目つけてんのかよ。いいけど、たまには俺の相手もしろよ?」

「分かってるって」



 変わりすぎだろ!

 恋人(と呼ぶのも間違ってる気がするけど)と相対するときの椿本先輩は、あのときの穏やかな先輩じゃなかった。物腰とかしゃべり方はそうなんだけど、オーラっていうの? にじみ出すその人の空気がまるで違った。

 なるほどメガネは、枷だ。先輩のそんな空気を緩和するためにかけているのだと変に納得する。


 んじゃまた、と軽い調子で出ていく恋人を、あたしは内心焦って見つめた。いやいやいやここで行っちゃっていいの! あたしが去りますから、まず待って!



「田中くん、おいでよ」



 去ります! と、言う前に手首を引っ張られた。



「先輩、ちょっと待って下さい」

「どうしたの。きみ、こういうの好きなんでしょ」

「こういうのって?」

「ああいうの」



 恋人の後ろ姿を見つめながら、ぺろりと舌なめずり。こういうの、ああいうの、どういうの!?

 お口とお口が磁石のように仲良しだったあの光景をしゃらんらと思い出して、ごくりと生唾。嫌な予感しかしねええ!



「僕を見る目がやけに熱っぽかったし、結構遊んでるんだと思ったけど」

「遊んでるって……」



 どういう意味でかはともかく。ハッキリ否定できないところが恐ろしい。

 しかしあたしは乙女であって。あれこれ妄想するのが好きなだけであって。ほいほい体を差し出すのは趣味じゃない。だが顔がいいだけに強く否定できない自分が憎い。


 手首をつかむ先輩の力が強くなる。窓越しに引き寄せられて、耳元で、ねえと甘く囁かれる。死ぬ。



「せ、先輩。いつもこんなことしてんですか? 男ですけど、自分」



 身をよじりつつ、ひ弱な抵抗をしてみる。ふふとかすかに笑う声が頬をくすぐる。あたしって、実際のところ、こういうの免疫ないわけでして。女の姿でもいざとなれば逃げると思うのに、男の姿でこれってどうよ。喜ぶとこなの? どうなの? めくるめくラブシチュエーションを男として体感するってそれ激しく不安だし。



「そうだね、いつも、はしてないかな。……僕の、気に入った子だけだよ」

「一方的に言われても、こ、困ります!」

「心配しないで。僕が大好きだって囁いてあげるよ、そうしたらきっときみだって好きになってくれると思うな」

「先輩……」



 ななな流される! 駄目よあたしには「大好きだ」には「あたしもよ」と返す反射機能が搭載されてるんだから!

 顎をくいと指先で挙げられて、その唇と対面する。メガネの無い先輩は、やっぱり麗しかった。



「田中くん」



 誰か、ウッカリ流されてしまいそうなあたしを、救って……!



「――宗二。てめえ、一体どこで油売ってやがる」



 ぐいいと首根っこを引かれて、麗しき唇が遠ざかった。ついでに地面も遠ざかってる。ハッとして、ようやく理性と欲望の狭間から抜け出した。

 でも、一体誰が?

 ぶらあんと宙に浮きながら、ゆっくりと視線を向けると。



「ああん!?」



 十夜さんに射殺されるかと思った。

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