元通り斜め上をゆく日常
白い雲に青い空。照りつける、真っ赤な太陽。
そして、きらきら輝くサンビーチ。
……を颯爽に駆け抜ける、半裸のイケメン!
あたしの心臓を揺るがす一大事、そう、季節は萌える夏になりました!
「熱っ苦しいんだよ、近づくなバカ」
相も変わらず和磨が冷たくとも!
「だってー、いいじゃん。夏って大好き! 一枚一枚減っていく衣服、露わになる素肌、鎖骨に流れる汗……暑さには誰も勝てないんだぜ!」
机に乗り上げて弁舌を振るいたいくらい白熱するあたし。を、同じ輪を作る和磨と柳井くんがそれぞれ奇妙な生き物を見るような目で見てきた。
柳井くんは興味に満ちたものだからまだいいとしてさ、和磨、それもう少しであたし焼け切れそうだから。目で殺されそうだから。
「夏になると変態が増えるって本当だな。つーかおまえの場合、気持ち悪さが増えてる」
そうよ、夏はあたしの欲望を解放させるのよ。
昼休み、あたしはさっさと弁当を済ませ、机の上に広げた女性用雑誌の夏特集をじっくりと堪能していた。
その一ページ、青い海でポーズを取る男性をうっとりと見つめる。
「ねー! 海行こうよ。泳ごうよ。水着になろうよ」
「せめて本音丸出しにすんのやめろよ。絶対行かねえ、一馬もだ」
「あーっ!」
目の前の雑誌を取り上げられる。追いかけて手を伸ばすと、まだ食事中の和磨に顔を押さえ込まれてあえなく撃沈させられた。
「ミツカー。楽しそうじゃん。おれ、海行きたい」
「ねー、柳井! ほら和磨、柳井もこう言ってるんだし、行こうよ!」
「おまえ無しで純粋に遊びに行くならな」
「和磨のけちい……」
いいじゃんいいじゃん。水着鑑賞するくらい。勢いに任せて襲ってしまうかもしれないけどそこはそこ、別問題じゃん。
二人の水着姿はそれはそれぞれに麗しいに違いないのに……。
「じゃあさ、海じゃなくて……えーと、ほら、こっちは?」
いじけるあたしを察したのか、すぐ隣の柳井くんが雑誌をめくって違うページを指し示した。見出しには「夏の風物詩を食べつくせ!」……浴衣姿の少年少女たちがオレンジ色の明かりに照らされながらおいしそうにわたがしやらリンゴ飴を頬張っている。
あ、これ、おまつり!
「夏休みになったらさ、そこの照木神社で祭りあるだろ? 夏休みだからまだちょっと先だけど、海じゃなくても夏を味わえるよ」
「本当?」
「うん」
柳井くんが満面の笑みで頷く。
まだ7月も始まったばかりだから、今すぐにってわけではないけれど、そんなイベントがあると分かっただけでも楽しい。
海は海でほら、水着は好きだけど。夏祭りは浴衣という素敵アイテムもあるし、それ以上に雰囲気が大好きだ。あの、熱い夜のにぎわいがワクワクする。
「んな人が多いところ……」
「柳井、ありがとう! すきだ!」
あまりの興奮につい柳井くんを抱きしめてしまった。しかも勢いでラブコールまで。
イカン、これぞ夏の解放感か。
常日頃、男同士で抱きつくものではないよとコタローに諭しているというのに、これじゃあ言えなくなってしまう。
「そ、そおじ」
耳元でか細く震える柳井くんの声がして、すぐに離れる。おっと、顔が真っ赤だ……かわいいなあ。
と、思ってたら、手首が引っ張られて体が柳井くんとは逆横に傾く。
「何してんだ」
「和磨、ごめんごめん。嬉しさのあまり柳井に飛びついちゃった」
引っ張った張本人、和磨が不機嫌そうにあたしを睨み付けている。
前から柳井くんに近づくとこうだったけど、最近それが顕著な気がする。口を開けば、男同士がどうのこうの、変態がどうのこうの。
……そっちだって、一ヶ月前あたしを抱きしめてきたじゃん。
というのはもう、一ミリでも話題に出すと本気で殺されかねないので口にしない。あれは結局なんだったのか、なんだかんだ優しい和磨の気遣いだったんだろうとあたしも納得することにしている。
あのときから、あたしの体に変化は起こっていない。このままの関係を続けることを心苦しく思うこともあるけど、それはそれで利用してやろうという気持ちが大多数。
兄ちゃんの体でも。秘密でも。
まあ、この立ち位置が心地よいわけで。
「……和磨は、祭り、いや?」
改めて向き直って聞いてみると、和磨はあたしの手首を握る力をそっとこめた。けれどそれは一瞬で、すぐに離れた。
あたしの目をどこか静かに見つめて、和磨は首を振った。
「バカ、んなこと言ってねえだろ。当然行く」
「うん!」
やっぱり浴衣でだよね! と一瞬のうちに妄想を繰り広げ、おそらくだらしない笑みを振りまいたであろうあたしの顔面を、和磨がバチンと叩いた。
いてえ!
「つーか、おまえが一馬に変なことしねえか見張るだけだ!」
このままじゃ、いつか本気で鼻がもげる。