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彼は一人葛藤する



 俺は、自分のやることには一切文句は付けない。それは、自分が考えて、選んで、責任を持ってやろうと決めたことだからだ。

 それが男だと、小さな頃から信じてきたんだ。


 ――なのに、どうしたことか。



「うあああ……!」



 俺は、みっともなく頭を抱えて地面に座り込んでいた。今までに感じたことのない後悔と背徳の感情がふつふつと沸き上がってくる。それをかき消そうと頭をがしがしとかきむしるが、そうすればそうするほどさっきのことを思い出してしまう。

 ……本気で自分が信じられない。いっそ、自分で自分を殺してしまいたい。


 まさか、この俺が、男を抱きしめるだなんて。



「ああああ」



 無いだろ! それは無い! そんな趣味は断じて無い!

 しかも相手はあの田中だぞ!? あの変態だぞ!?

 俺は一体どうしてしまったんだ……!


 うめきながら小さくなると、頭にコツリと何かが当たった。



「ミツカどした? 走って出てくるなり座り込んで。そーじと話してたんだろ?」



 一馬が俺を上からのぞき込んでいた。外はすでに暗くなっていたが、街頭のおかげで不思議そうに俺を見ているのが分かる。

 どうやら、俺がアイツの家から出てくるのを待っていたらしい。すぐ近くにはこっちを見つめる拓磨と、アイツの幼馴染みという七海もいた。



「何でもねえよ……」



 極めて平静を装って答えるも、誰とも目は合わせられない。

 つーか、言えるか! 信じられないとはいえ、あれは夢でも幻でもない、本当に俺が勢いに任せてしでかしてしまったこと。

 骨張っていたとか、男物のシャンプーの匂いがしたとか、疑いようもなく誰にも言えねえ実体験の感想だろ!



「なんか、怪しくないっすか?」



 未だに立ち上がれないでいる俺の側に、足音を立てて七海が近づいてくる。嫌な予感がする、のは、初めて会った今日でもうコイツのことがそれなりに分かっているからだ。

 態度を見ていれば分からない方がおかしい。コイツは、田中のことをそれはそれは慕っている。

 やっかいだな……。



「怪しいって何がだよ。何でもないって言ってるだろ」

「……宗二先輩の匂いがする」

「はあ!? ばっ、近寄んな!」

「は、はーん」



 鼻を近づけられて、つい距離を置くように立ち上がってしまった。

 ……のが、悪かったらしい。はめられたと気付いたのは、目を細めて何かを確信したように見下されたときだった。



「拓磨といい、三ツ瀬兄弟って本当に油断ならないっす! 今日だって寝ている先輩を襲ってたし!」

「だから違うって! 誰があんな変態男相手にするかよ!」

「あー! 聞き捨てならないっす、先輩は可愛くて優しくて強いんすから!」

「どれ一つ当てはまんねえよ!」



 そのとき、俺のポケットから着信音が響いた。ムキになって言い合っていた俺たちは一度無言で睨み合い、俺はポケットに手を突っ込んだ。

 何でこんな言い合いしてんだか。

 少し冷静になろうと、視線を引き剥がして取り出した携帯電話に目を向ける。



「……タク?」



 メールの差出人を見て、つい口に出してしまった。その本人を目だけで見れば、確かに携帯を手にして、なおかつ俺を見ている。

 いぶかしみつつもそのメールを開いてみる。


 ――瞬間、俺は携帯電話を破壊する勢いで握りつぶした。



「どうかしたっすか?」

「ミツカ? なんだったの?」

「……んでもねえ」



 自分でも分かるくらい冷たく吐き捨てると、俺はポケットに携帯を突っ込んだ。それぞれが意味が分からないといった表情で俺を見てくる。



「なんで俺に送ってくんだよ」



 二人の視線を無視してタクに言いつける。タクは昔から一般的な常識や人間感覚が抜けているせいで、よくこうして俺の理解しがたい突飛な行動をしてきた。それはたまに俺を困らせるし、心配させるし、イラつかせる。

 今だってそうだ。

 どうして、このタイミングで……!


 俺は、もてあそぶように「さあ?」と首を傾げるタクから視線を引き剥がすと、ようやく二人に目を合わせた。


 タクが送ってきたのは、一枚の写メだった。



「おまえら……」



 ――なんで一緒に寝てんだ!?


 口から飛び出しかけた言葉をなんとか飲み込む。

 写メに映っていたのは、一馬と七海に挟まれて幸せそうに眠る田中の姿。おそらく田中が一度目を覚ましてからの、俺が席を外したときのものだろう。

 いつの間にこんなもん。

 何度も脳内をよぎるその画は、怒りとは違う、やるせなさを呼び覚ました。問題なのは田中だ。なんでそんなに簡単に気を許してんだよ、どいつにもこいつにも! しまりのねえ顔しやがって!


 そこまで考えて、俺は再度うなだれた。

 ……そんで、なんで俺はそう嫉妬紛いなことまでやってんだ。



「田中は、男だ」



 言い聞かせるように言葉にする。

 それは、分かっている。いくら良い男に愛想振りまいていようが、ヘラヘラしてようが、ニヤニヤしてようが、男なのには変わりない。


 でも、思い出す。

 目を覚ましてから取り乱したときもそうだが、ついさっきの田中も、いつもでは考えられないくらいに脆く、消えてしまいそうなくらいに儚かった。俺の心を突き刺すほどの目で物を語ることもするくせに、どうしてあのときは泣きそうな顔をしていたんだ。

 一瞬、女に見えた。

 気が付けば、勝手に体は動いて、すぐ側に繋ぎとめようと抱きしめていた。



「ミツカ? おーい。……固まっちゃった」

「なんかすごく思い詰めた顔してますけど。この人、いつもこんな感じなんですか?」

「ううん。いつもはもっとちゃんとしてるよ。あまり悩むこともしないキッパリしたヤツだから、今日はなんか男らしくねーな」

「へえ……」



 ――最近は、ずっとそうだ。

 自分のやることは何もかも理解して、全てに責任を持たなければならないのに、アイツのことになるとどうにも思い通りにいかなくなる。

 意味もなくイライラして、しなきゃいけないことも、しなくていいことも、全部裏腹だった。


 俺は男だ。しっかりしろ。

 ただ、アイツも男だ。


 ……だから、意味がわかんねえ! この気持ちは、一体何だよ!?



「三ツ瀬先輩」

「ああ!?」

「だいたい事情は分かりました。受けて立ちましょう」

「……俺こそ事情が掴めねえんだが」



 七海は、覚悟してるっす! と言い捨てると、すぐ近くの家に颯爽と帰っていった。一馬は一馬で俺を心配そうに見ては、額に手を伸ばしてくる。腕を引っ張られるがまま、かがませられ、やりたいようにやらせ。

 ……ああ、これは本当に正体不明の危険な病気かもしんねえ。これが今すぐにでも治るんだったら、苦い薬だって飲むし、面倒な注射だってなんだってするのに。


 泣きそうな田中の顔を思い返して、むかむかするこのやり場のない熱を持て余した。

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