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これが鼻血を出さずにいられるか



 夜ご飯は、文句のつけようがないくらいにおいしかった。

 コタローは、両親の忙しさのせいもあって、あたしたち兄妹と過ごす以外はほぼ一人で生活しているようなものだったから、家事全般はお手のものなのだ。とはいえ、あり合わせの食材でこのクオリティの料理を作れるんだから、経験だけでなく才能もものをいっていると思う。

 ……まあ、あまり言うと調子乗らせるんでね。どころか自分を嫁にと売り込んでくるのは分かり切っているので何も言わない。

 あたしは料理全くダメだから、養ってくれるっていう意味なら遠慮なくお願いする。



「本当におまえ、あいつのこと知らねえのかよ?」



 食器を片づけ、みんなでリビングに腰を据えた途端、和磨が切り出した。

 あたしは、食後のデザートであるイチゴのシャーベットを口に運びながら、首を傾げる。



「今日暴れに暴れてたあいつだよ」

「ああ、十夜さんのこと?」

「とおや!? やっぱり知ってんじゃねえか、おまえ!」



 低い机を挟んだ向こうから身を乗り出す和磨に驚いて、あたしはむせかけた。ソファの隣に座るコタローが大丈夫ですかとティッシュを差し出してくれるのを有り難く頂く。

 ちなみに反対隣には何故か拓磨くん、そして向かいの地面に和磨、柳井くんである。自然にこうなった。



「知ってるっていうか、知り合ったっていうか……知り合いだったっていうか」

「なんだよ。話したりしたのかよ? おまえが倒れてたのと関係あるのか」

「確かに話したけど、倒れたのとは関係ないよ」

「じゃあどういうことだよ。あいつは変な女に連れ去られるし……意味がわかんねえ」



 和磨がため息をつきながら元の位置に戻っていく。

 変な女、ってのは多分、本来の姿のあたしのこと。和磨に気付かれなくて、逃げるように十夜さんを連れ去っちゃったんだ。

 そりゃあ意味わかんないだろうよ。

 苛立つように舌打ちされてムッとする。心配してくれてるんだってのは柳井くんの話からも分かってるけどさ。



「つーか、十夜って、中村部長っすか?」



 スプーンを口にくわえてなんて言い返してやろうかと考えていたところ、横から別の声が割り込んだ。

 コタローが、あたしを伺うように見ている。



「中村……部長?」

「中村十夜。オレの学校の先輩で、宗二先輩のお友達っすよ。……不本意だけど」

「ってもしかして、コタローが言ってたバスケ部のドS先輩?」



 前にコタローの学校に突撃訪問をしたときに……というか、そのドS先輩に会うためにコタローの学校に行ったことがある。結局会えずじまいだったけど、確かそのとき、コタローは言ってた。

 宗二と中村部長が仲良いって。

 ……って、その中村部長が破壊王ナカムラ!?

 破壊王ナカムラの名前は聞いたことあったけど、まさか同一人物だったとは……。破壊王のくせにバスケ部背負ってんのか?



「……先輩? 知らなかったってことはないですよね?」

「あ、うん! 知ってた知ってた! 十夜さ……十夜バスケ上手いもんね!」

「いえ、非道の限りを尽くして勝手に部長を乗っ取っただけっすけど。試合なんか少したりとも出ないっすもん」



 宗二を装おうとした途端にこれだよ。

 そういう部長がいていいもんだろうかと思ったけど、真面目にバスケやってる姿こそやっぱり想像できなかった。



「それより、中村部長がどうしたんですか? 暴れてたとか言ってましたけど……」

「あー、いや、十夜がね、ちょっと会いに来たの。自分に」

「会いに来たっつーか、あれは明らかに殴り込みだろ」



 和磨が機嫌悪そうにぼそりと呟く。なだめるように柳井くんが差し出したシャーベットを素直に口にした。

 ちょ、それ、アーンじゃないか羨ましい!



「……先輩、大丈夫っすか!」

「あ、うん、ゴメン!」

「中村部長に何かされませんでした!?」



 って、なんだ、そっちか……。



「何かって、別に何も。ただ、ちょっと落ち込んだりしたのを慰めてもらっただけ。少しだけ、お願いもしちゃったけど」

「中村部長にそんなことできるの、ほんと先輩だけっすからね! 何もなかったならいいですけど……そうやって甘やかされてまた無駄に部長のテンション上げないでくださいよ? 先輩の言動一つ一つに左右されると言っても過言じゃないんですから」

「……そんなに?」



 そりゃ、十夜さん、宗二のこと好きだろうなあとは思ったけどさ。それほどまでの恋する乙女のような慕いっぷりではないだろう。

 聞くに、あのときコタローがいじめられていたのも、宗二に会いに行くという喜びからきてたんじゃないかと……どんだけバイオレンスな喜び方だ。攻撃的になる方向が激しく間違っている。



「まさか、ねえ?」



 って、思わず和磨に同意を求めてみたけど、柳井くんのアーンでもぐもぐするだけで何も答えてくれなかった。

 ……なんか更に不機嫌なんすけど。

 いぶかしみつつ見つめていると、さわさわと頭が撫でられた。



「拓磨くん?」



 コタローと反対側から伸びてきた手だ。あたしより背が高い……というか足が長いのか、同じソファに座ると頭半分くらい上の位置に顔が来るので見上げる形になる。

 いつも突拍子もないことをする人だな、と冷静に思いながら言葉を待ってみる。けれども、いつになっても言葉はなく、代わりに目の前にスプーンが差し出された。

 イチゴシャーベットが乗ったやつ。



「あーん?」



 こてんと首を傾げ、目をのぞき込まれながら言われる。

 ……いいんですかおい! そんな無邪気にアーン頂いていいんですかおおい!

 やばい、かわいい。

 もちろん頂きますとも!



「あーん!」



 がっつくあたしを不思議そうに見つめて、それから口から離れたスプーンを見つめる拓磨くん。



「おいしい?」

「うん、おいしいよ」

「ふーん」



 言うなり、もう一度イチゴシャーベットをすくった。もしかしてもう一口頂けるのかとドキワクしていたら、そのスプーンの向かう先はあたしの口元を通り過ぎて。



「……ん」



 拓磨くんの口の中に入っていった。



「甘いね」

「――こ」



 これは俗に言う間接キッスというやつではないのか……!

 ままままさかあたしの使用済みスプーンがそのような素敵シチュエーションを引き起こすなどと! 誰が! 予想したことか!


 ……と、表面上クールに熱く悶絶し始めるあたしを、脳天に直撃した大きな衝撃が止めた。むしろゴンって音が鳴るほど背後から殴られた。



「ったあー!」

「人が黙って見てればやりたい放題だなおまえ……」

「拓磨はさりげなく先輩を誘惑すんなよ!」



 後ろから殴ったのは和磨。あたしの正面まで体を乗り出して、拓磨くんの体を押しやったのはコタロー。二人の謎の連係プレーにより、あたしたちは見事に引き剥がされていた。

 つか、今あたしが殴られる要素あった!?

 もしかして気持ち悪いくらい喜んでいたのが放送上不適切だったのかね……。

 ほんとに、コタローの言うとおりだわ。





 このままじゃ、いろいろな意味で危ないと判断されたのか、四人は帰ることになった。気付けばもう外は真っ暗、夜の10時を過ぎていたから当然といえば当然なんだけど、何故だか今夜はずっと一緒でいる気でいたから少し寂しい。

 泊まっていけばいいのに、なんて本音をポロリしたら、柳井くんは本気で乗っかってくれたのに、和磨に一言で黙らされた。寮には帰宅時間の延期しかしてないからって。

 残念だけど、柳井くんのムッツリ顔が見られて満足した。


 みんなが玄関から外に出ていくのを、手をひらひらさせながら見送る。最後に出ていこうとする和磨が、背中を向けた。



「また明日ね」



 なんてことないように挨拶したのに、和磨はふと立ち止まると、くるりと振り返った。



「和磨? 忘れ物?」

「ああ、ちょっとな」

「……どうかした?」



 一歩二歩と戻ってきて、あたしとの距離を詰める和磨。いつもとなんだか様子が違った。

 玄関の段差があって背の高さが変わらなくなった分、視線が近いからかもしれなかった。

 顔にそっと手が伸ばされる。



「おまえってなんでそう、フラフラしてんだよ」

「え? ……あだっ」



 和磨の小さな呟きに気を取られていると、おでこに鈍い痛みが走ってでこぴんされたのだと気付いた。

 フラフラって、しっかりしゃっきり生きてる人間になんて言い分だよ。おでこをさすりながら唇をとんがらせてみたけど、和磨は分かっちゃいない。



「俺じゃなくて、なんであの暴走男に頼ったりした? 俺には何も言えないのかよ」

「……何の話っすか」

「バカ」



 まっすぐ目を見つめられて、何を言われるかと思ったら、そんな言葉?

 ……はぐらかして悪かったですね。

 本当は、和磨の言葉も理解している。何かあったら言えよと保健室で言われたことだ。何かあったら、ってのが今日まさに起こったのだと和磨は思っているらしい。

 間違っちゃ、いないけど。

 あたしは覚悟を決めて口を開いた。



「本当に言うことが、自分のためになるなら、言うよ」

「んだよそれ! 結局俺には言っても意味がないと思ってるってことだろ。俺だっておまえの様子がおかしいことくらい分かってる」

「例え、言ったとして、救われるとして、でも別の大切なものを失うことになるもの」

「それは何だよ」

「言えない」



 ハッキリ告げると、和磨はチッと舌打ちして、踵を返そうとした。怒らせるようなことを言ったのは分かっている。

 ぎゅっと拳を握る。

 もどかしいな……。

 こうしてまた和磨と普通に話ができて、気付いてもらえて、一緒にいられることが本当に嬉しかった。伝えたいのに、なのに、あたしには言えないことばかり。



「和磨、待って」



 後ろ手を取る。苛立たしそうに振り返った和磨は、あたしの顔を見るなり驚いたように目を見開いた。

 あたしは、そんなに酷い顔をしているのかな。あまり見られないように顔を伏せて、言葉を続ける。



「失いたくないのは、みんなの、和磨の信用だから。知ってしまえば、きっとみんないなくなっちゃう。誰も――」



 言葉が途切れたのは、突然胸が苦しくなったから。

 想いが溢れたわけでも、つっかえたわけでもなくて、外から押さえ込まれるように圧迫されていた。

 ……抱きしめられていた。


 一瞬だけ触れたぬくもりは、けれど、すぐに乱暴に離れた。



「なん……」



 和磨は自分がしたことが信じられないといった様子で驚きの表情を顔に浮かべると、恐ろしげに一歩二歩と後退った。

 強く押し飛ばされてよろめいていたあたしも、そんな和磨をあり得ないという思いで見る。

 数秒の沈黙。



「かず……」

「近寄るな、変態!」

「待って! 今のどういう意味んごふあぁ!」



 家から飛び出していった和磨を追いかけようとしたら、閉められた扉に顔面からぶつかった。

 痛い……!

 ずるずると座り込みながら鼻を押さえると、手のひらが真っ赤に染まった。


 ……ねえよ。


 和磨くんは、雰囲気どころかフラグもあたしの乙女心もクラッシュしていきやがりました。

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