収拾つかなくなった
再び目を覚ましたあたしは、ベッドに一人横たわっていた。ボーっとしたままあたりを見回してみるも、テディベアたちと目が合うばかりで特に変わった様子はない。
いつもの、朝?
……なんか、幸せなイベント(特に柳井くんと添い寝とか)があった気がするけど……。
夢だったのか?
そう思いつつ、ベッドから抜け出す。頭をがしがしとかきながらリビングに向かうと、まさかの事態に出くわした。
「あ、そーじ、寝坊だよ」
「先輩! ちょうど良かったです。今夜ご飯できましたから、一緒に食べましょう」
なんで、いんの?
にゃごにゃごと駆け寄る柳井くんと、わふわふと手を振るコタロー。しかもでかい態度でソファを陣取る和磨と、こじんまり机に向かう拓磨くんの姿まであるとなると。
……ちょ、まじ、これなんていう楽園!?
「宗二先輩?」
「おおう、思わず自分でもキモイ発言が」
「夜ご飯、食べますよね?」
「うん、あるなら頂く……って、今何時!? あれ、母さんたちは?」
何が何だか分からぬまま、柳井くんに腕を引っ張られながら、ダイニングテーブルにつく。そのまま隣に柳井くん、反対隣にコタロー、そして見計らったように動いた和磨が、拓磨くんを連れて向かいに座った。
テーブルの上には、おいしそうな食事がたくさん並んでいる。母さんが作る料理はいつも同じで見飽きていたから、なんとも新鮮だ。
いい匂い。
「ハルカさんなら、アキユキさんとお出かけしたっす」
「……父さん」
「オレたち、学校で倒れてた先輩を家まで運んできたんです。それからアキユキさんが帰ってくるまで様子見させてもらってたんですけど、アキユキさん、帰るなりせっかくだからって、オレたちにここを任せて出掛けちゃいました」
「父さん!?」
いやもう、父さんどうした自重しろ。
ハルカさんラブにも程がある……。子ども放っておいて自分たちだけ楽しもうなんて、自分勝手な親父だな。
ってことは、今この家にはあたしたちしかいないってこと?
ハーレムか!
と、キモイボケ第二弾が出たところで、あたしは冷静になって、四人を回し見た。
「あーえーと、ごめん。あた、自分をここまで運んでくれたんだよね? やっぱり、学校で倒れちゃったんだ」
「詳しいことは知らないっす。それが……」
「おまえ、体育館倉庫にずっといたのか?」
コタローにかぶせて和磨が口を開く。コタローを気にしつつも、あたしはウンと頷いた。和磨のじっと見つめてくる視線が、やけに真剣だ。
「寝てんのかと思ったけど、一向に目え覚まさねえし」
もしかして、心配してくれてた?
「あ、おれが第一発見者!」
と、隣の柳井くんがひょこっとあたしの顔をのぞき込んでくる。
「そうなんだ、ありがとう」
「つーかさ、ミツカが保健室に様子見に行ってから二人とも戻って来ないし、いつの間にか他校生が乱入してるし、やっとミツカに会ったと思ったらそーじがおかしい、あぶない、って必死だし」
「一馬!」
「そんな怒んなよ」
「怒ってねーだろ! ほら、食うぞ!」
そう言ってさっさと和磨は箸に手を付けた。怒ってないっていうか、あからさまにプンスカなんだが……いつもみたいに理不尽な気持ちにはならない。
「和磨」
「んだよ」
「いろいろと迷惑かけてごめん。和磨も、ありがとう」
「……つーかさ、おまえ、言ったろ。何かあれば俺に……」
「ハイハイハーイ! 先輩、オレも誉めてほしいっす!」
「コタロー、和磨?」
「なんでもねえバカ!」
何かあれば俺に……?
和磨が言いかけた言葉に、あたしはふと思い当たって目を泳がせた。いや、あのね、そーでなくてね、これね。
なんとなく脳内で言い訳をしつつ、憮然とした表情で肉を頬張る和磨を行き過ぎ、ひらひらと手を掲げるコタローに視線が泳ぎ着く。
「先輩、オレが二人をここまで案内したんすよ? ちょうど拓磨と寄り道してるときに先輩運んでる二人が見えて。なんか寮に連れて行こうとしているみたいだったからオレが断固反対したんっす!」
「え、寮!」
「ですよね、あり得ないっすよね、野獣の巣窟っすよね!」
なにそれ、ちょっとオイシイじゃん……! なんてこのタイミングで言いませんけれどもね、ええ、ええ。
「そうなんだ。ありがとう……」
コタローに告げ、ちらりと視線を動かす。あたしの向かいに座って、もぐもぐと咀嚼しているその人物……。
いやね、いつつっこもうかとじれじれしてたわけなんですが。
「拓磨、くん?」
「僕は何もしていません」
「……そうですか」
すげなくされた……。
拓磨くんとは、本当に、あのとき以来だ。コタローのドS先輩を拝みに行こうと学校に乗り込んだときに偶然出会った不思議系イケメン。
よくよく考えるとこのメンツってほんと変な感じ。
「あのさ、薄々感じていたんだけど、もしかして和磨と拓磨くんって、兄弟?」
恐る恐る聞いてみると、和磨の手が止まった。相変わらず拓磨くんは一人ぱくぱくしている。
この反応、どっちなんだ。
答えを待っていると、つーかさ、と和磨が言葉を発した。
「なんでおまえら、知り合いなんだよ」
「おれも思った! 小太郎が声かけてきたとき、拓磨もいたからびびった」
「あれ、柳井、コタローのこと知ってたの?」
「ううん、今日初めて会った」
「あ、そう」
初めて会ったにしては、もう名前呼び。そういえば、あたしに対するときもそうだったなということを思い出した。基本的に柳井くんって誰にでもすぐ懐くよね。
「拓磨くんとは、コタロー通じて、っていうのかな? 偶然知り合ったんだけど……」
「おい、タク。もしかして、おまえが言ってた変な男ってのは」
「これ」
つんとあたしを指さす拓磨くん。
へ、変な男って? これ、ってどういう意味よ。失礼しちゃうわ、とその指先を避けてみたけど、それは追うようにあたしをとらえてきた。
「マジかよ……」
「だから、どういう意味? 自分はただあのとき拓磨くんと運命的な出会いを……あ」
「おまえ、俺の弟にまで手だしてんじゃねえよバカ!」
だからそれちょっと誤解のある言い方じゃ。そら、ぶつかったことに乗じてギューしちゃったけど……。って、弟? 弟って、やっぱり二人、兄弟だったんだ!
こうして隣に座っているのを改めて見ると、本当によく似ている。片やメガネで雰囲気も違うといえ、整った顔が二つ並んでいるのはなんとも壮観だ。
それにしても性格はほんと正反対だよね。
「あ、そうだ。お兄ちゃんなら、拓磨くんに言ってよ。キスは誰とでもするもんじゃないって」
ガタン! とテーブルが揺れた。
「き、キス……? もしかしておまえら、したのか?」
「したのかって」
「ぎゃああああ! いやあああ!」
あたしが否定する前に、絹を引き裂くような悲鳴が上がった。
え、何ですかい!
振り向くと、何故かコタローが頭を抱えて机に突っ伏していた。おかげでおかずがごろごろと転がっているけど、構っている余裕はないらしい。ううだのああだのうめきつつ、何やら悶え苦しんでいる。
何か辛いこともであったのかな……?
「キスはもうしないよ。やっぱり興味ないものだったから」
「言うなー!」
「おまえ……」
拓磨くんは一人ひょうひょうとしているし、コタローはびっくりするぐらい取り乱しているし、和磨は何故かあたしを見たまま呆然としている。
意味がワカラン。
唯一いつもどおりの柳井くんが、あたしのお皿にせっせとおかずをよそってくれていた。
「そーじ、何食べる? おれ、こういうの好き」
「あ、うん。きみごと頂くよ……」
星形のにんじんを目の前にかざしてニコニコ顔の柳井くん、まじで癒されんなあ。
……誰かこのカオスをなんとかして。