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こうなったもんはしょうがない



「初めましてこんにちは、田中宗二です」



 簡単な挨拶を済ませ、ぺこりと頭を下げるとぱらぱらと拍手が起こった。女子が来るならともかく、同じ男が来たところで歓迎なんてチリほどにもないだろう。ま、男子校ならこんなところが妥当だ。

 あたしは特に気にせずに教室内を見渡す。思ったほど歓喜しないのは、これが想像とかけ離れた光景だったからだろう。

 ……なんつーか、むさい。


 男子校イコールイケメンの宝庫なんてのは、間違った知識か。偏りすぎてたファンタジー思考か。

 イケメンなんてそうそういるもんじゃない……だとしたら、男所帯はむさくるしいに決まってる。今更ながら気付いた現実は、うっそりとあたしを沈ませた。



「そーじ!」



 だらだらと指定された席に着こうとしたら、耳にあたしを呼ぶ声が聞こえてきた。



「あ、カズマ? だっけ」

「おう、おれ、柳井一馬。おまえ転校生だったんだなー。道理でみたことないと思った。あ、おまえ、この席ね」



 まるで猫じゃらしふられてるみたいな、そんな好奇心旺盛な様子で椅子を引かれた。相も変わらず子猫ちゃんという呼び名にふさわしい男の子、柳井くんはどうやら同じクラスだったようだ。まるで枯れた砂漠にさく一輪の可憐な花のようだよ。しかも隣の席? これは神のお導きに感謝せざるを得ない。


 お礼を言いつつその席に着く。

 ニコニコニコ、なんかすごーく見られてる。のは何故だろう。なに? もしかして今からでもランデブーは遅くないですか?

 その期待に応えようと見つめ返してみたら、視線を遮るように何かが目の前に飛び込んできた。



「教科書とか! 見せてやるからな。あと何かあったらすぐ言えよ。お隣さんの特権だ」

「……はあ、どうも」



 教科書をハイと受け取る。どうやら今までずっとお隣さんが空席で寂しかったらしい。ここぞとばかりにお隣さんぶれるのが嬉しくてしょうがないようだ。

 なんだそのピュアなかわいさ!

 思わず自由奔放な手が動きを始めたところで、ヒヤッと悪寒が。



「一馬に変なマネしやがったらぶっ飛ばす」



 悪寒が前からですってよ。くるりと振り返ったのが、まさかミツカだなんて神様も本当におイタが過ぎる……。


 ああ、それにしてもミツカ、黒い笑顔がとてもよく似合う。きっとここに柳井くんがいなければあたしは鼻血を吹いていたに違いないよ。憎いけどカッコイイ。なんというジレンマ。





 というわけで、転校初日。

 お昼の時間がやってきて、あたしは前と横からそれぞれのイケメンオーラを浴びていた。



「……おまえが、女?」

「うん、ちょうど一ヶ月前、目が覚めたら死別した双子の兄とそっくりになってて。もちろん体のつくりも一緒だったわけなんだけど」



 あれはビックリしすぎて思わずムラムラするのを忘れたわ。いや、結局自分の体に欲情するのってどうなのかとも思うけど。


 家族や友達もあたしのこと忘れてるし、だったらいっそ兄ちゃんとして振る舞うことにした。確かにあたしは兄ちゃんを埋葬したことを覚えている。世界の兄ちゃんに対する認識がどう変わったのかは分からないけど、なぜかあたしは兄ちゃんとしてこの男子校に転校してきた、と。


 どうよこの奇跡。



「つまらない、却下」

「え、今の、何かのマンガのストーリーだったのか!? ビビッた、事実かと思った」



 ……まあ、こうなりますよね。むしろ柳井くんが半ば信じたのが恐ろしい。



「何も男が好きなのをそうやって正当化しなくてもいいだろ」



 あたしをジト目で見ながらミツカが責め立てる。いや、事実なんですがね。



「じゃあ、男が好きでいてもいいってこと?」

「それは許さん」

「けちい」



 ミツカは断固として男が男を好きになることを認めちゃいないようだ。あたしだって精神は女なんだから男を好きになる権利くらいあると思うのだけど、それは今更ミツカには通じない。

 文句をいいつつミツカの腕にしなだれかかったら、面倒くさそうに払われた。女々しい!だなんて、だって女だもの。



「あはは! そーじって変わってるよな」

「柳井?」

「おもしれーじゃん。普通におれに言い寄ってくるやつらとは違うっていうか、おれ、別におまえのこと嫌いじゃねえよ!」



 ほら、お隣さんだしな!とか、キラキラの瞳で言われた。嬉しいけど、柳井くん、嬉しいけど、その理由が八割方を占めているように思えて仕方ないよ。


 しかし、気になるセリフが。「普通におれに言い寄ってくるやつら」?

 そういえばクラス中から視線を浴びていると思ったのは、柳井くんが原因なのか。あたしが新星の転校生だから注目されているのかと思ったけど、とんだ勘違いだったようだ。恥ずかしー。


 さすが男子校……こういうところはちゃんと脳内ファンタジー。それがイケメン同士じゃないってことだけなのね。

 まあ、柳井くんがあたしに気を許し始めたせいで、一人のイケメンもまた気が気じゃないようだけど。でもイケメン同士でもときめかないのは、あたしが無類の男好きのせいだからだろうか……。


 しかし柳井くん、あたしがお弁当もってきてないからって自分のご飯、せっせとあたし用に取り分けてくれてる。あたしは望んじゃいないのだけど、お隣さんぶりたいんだなあ。

 それもさすがに悪いと思って、もはや柳井くんのより増えたんじゃなかろうかと思われるあたし用の弁当の裏弁当を手に取った。そして、顔の前に掲げて、アイコンタクト。



「ほら、もう十分。ありがと、柳井」



 ってあれ、固まってしまった。あ、うそ、まさかもっと盛りたかった? どんだけピュアなの柳井くんー!

 呆けたままだった柳井くんに、ごめんねごめんねと念じつつ笑いかけると、真っ赤になって顔を横に振った。



「おまえ……」



 そして何故かミツカに睨まれた。

 あ、やっぱり、弁当もらいすぎ? 柳井くんとは対照的に、なんて心の狭い男だ。っつっても、柳井くんがああだからミツカがこうなってしまうのも仕方ないのだろう。なんたって、二人は小学生のときからずっと一緒だそうだから。今も寮では同じ部屋らしいし。

 


「だいたいなんで一緒にメシなんて……」

「あ、もしかしてそこから怒ってたの」



 柳井くんを守りたい気持ちは分からんでもない。なんたってかわいい子猫ちゃんだしね。

 まあ、そこまで言うなら譲ってやってもいいか。


 あたしは柳井特製弁当をミツカの前に置いて、立ち上がった。



「悪いけど柳井、ミツカ腹減ってるみたいだからあげるね。自分は学校探索も兼ねて外で適当に食べてくる。邪魔してごめんねー」

「あ、宗二!」



 柳井くんが呼び止めてくれたけど、手を振って教室から出た。あのままあたしがいてもたぶん、柳井くんが板挟みだったろーし。あたしにもいたけど、過保護な友達がいるのは大変なのだ。


 サ、イケメン巡りの旅にでも出発するか。

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