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こぼれ落ちたひとひらの記憶



 今思うと、あの頃の兄ちゃんの言葉は、まるで遺言だった。



「僕がいなくなっても、きみは自分を大切にしてくれる男の子を見つけるんだよ」



 とある時に、兄ちゃんはあたしにそう言った。物心つくかつかないかくらいだったから、本当に幼い頃の話だ。

 あたしは意味が分からなかったけど、大きく頷いた。小さいときは、それはそれは兄ちゃんのことが大好きだったらしい。





「全く、遅いなあ。今何時だと思ってんの」



 高校生になって、よく夜遊びをして帰ったあたしは、こうやって兄ちゃんに出迎えられた。男の友達とちょっとゲーセンに、なんて言ったところで、怒るでもなくフーンって言うだけなんだけど。

 心配しているというより、呆れているとったところ。



「少しは控えなよ? 将来お嫁にいけなくなっちゃうから」

「でもでも聞いてよ! 今日ね、初めて会った男の子がね、すっごく格好良いんだよ、ハーフでね、目とかすっごくきれいで」

「はいはい、マイケルによろしくね」

「いやマイケルじゃないんだけれどもね」



 ひらひらと手を振って自室に戻っていく兄ちゃんを見ながら、退屈してんのかなあなんて余計なことを思った。

 妹の目からだと、兄ちゃんの見た目の評価が良く分からない。あたしと似たような顔を「ヒャーカッコイイ!」なんて称賛できるもんじゃないし、見慣れてる分新鮮味も何もなくてただ「兄ちゃん」としてしか認識できない。

 浮いた話の一つや二つも聞かないし……たまに名前を聞いただけで顔をひきつらせる人もいたけど、当時のあたしはその意味も分からなかった。


 案外、兄ちゃんのこと知らないんだなあ。



 兄ちゃんの知っていることといえば、まわりにこっそりファンシーなものが好きなこと。お部屋はかわいいカーテンが飾られていて、ぎっしりとテディベアが並べてある。たまに用事があって部屋に入ると、あたしなんかウエーと思うほどのかわいさが漂よっているのである。



「兄ちゃん、相変わらず似合わないね」

「入ってくるなり失礼なことを言うな」



 よほどお気に入りらしい。一番大きなクマさんをぎゅーっと抱きしめた格好のまま、怒られてしまった。



「どうしてそんな好きなの」

「君が兄ちゃんに構ってくれないからだろ」

「……ほんとうは?」

「妹よりかわいいから、好きなの」

「ひどいなー!」



 冗談だか本気だか分からないのは、兄ちゃんのいつも。それに合わせてユルイ会話をすることが、そういえばずっと当たり前のように続いていた。

 今思うと、上辺だけの会話だったのかも。今思うと、詳しく兄ちゃんのことをしらなかったのはそのせいかも。

 今思うと、クマに囲まれる兄ちゃんって意外とかわいかったかも……!



「それより兄ちゃん、辞書貸して?」

「また学校に忘れたの? ほら、机の上」

「うん、ありがとう」



 感謝を告げたら、んー、と適当な返事が返ってきた。クマに夢中。

 当たり前の、何気ない日常だった。



 ある日、うちに電話がかかってきた。

 兄ちゃんがとったから、内容はよく分からない。ただ、兄ちゃんが珍しく険しい顔をして何か話していたことが強く印象に残っていた。

 出掛けてくると告げたのは、夜も11時にさしかかったとき。遅く帰ってくるときはあったけど、こんな夜に外に出ることはほとんどなかった。電話だって兄ちゃんの携帯になら良くかかってきたけど、それも全部適当にあしらってたみたいだし。



「あたし、付いていこうか?」

「いいよ。俺、一人で行ってくる」



 頭撫でられた。

 結構久しぶりのことで、何故か唐突に笑顔を向けられたことや、兄ちゃんが自分のことを「俺」と言ったこと、それらを気にすることを忘れていた。

 離れていく手を見つめていると、ますます不安がつのった。

 絶対に、おかしい。絶対に、何かがある。

 兄ちゃんを追いかけて外に出たのは、割と衝動的行動だったかもしれない。


 急いでいるのか、走っている兄ちゃんのもとまで辿り着くのは大変なものだった。なに、意外と兄ちゃん足早い。前は、あたしの方が早かったのに。

 そうだ、背だっていつの間にか抜かれていた。いつもずっと一緒にいたはずがそれもなくなって、そしたら頭を撫でられることも減っていって。


 兄ちゃん、どこ?


 見つけたのは、踏切で電車の通過待ちをしているところだった。駆け寄って声を掛けようとしたとき――

 兄ちゃんが、踏切を越えた。

 ちょうどまさに今から電車が来るところだ、無事に通り抜けられるはずがない。



「兄ちゃ……!」



 闇夜の中、目が痛いくらいの眩しいライトに照らされる。鉄が奏でる不快な音が追いかけるように迫ってきて、もう逃げられないと脳が悟る。


 ――轢かれる。


 スローモーションの中、兄ちゃんと、目があった。

 目を見開いて驚愕に満ちた表情で、こっちを見てた。



「――!」



 時の流れがいつも通りに戻った瞬間、何かが潰れるような嫌な音が耳の奥に響いた。

 痛みを感じる暇もなく、知らない間に終わっていたのだ。


 沈んでいく、消えていく。

 もう何も聞こえなかった。誰のことももう、目には入らない。


 ああ、悲しいな、お別れだ……。


 ――あれ、これは、誰の記憶?

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