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そして彼女も襲来



 伸びすぎた髪の毛を耳にかけたりピンで止めたりするところは、意外と律儀な人だと思わないでもないのだけれど、それを全てぶち壊すのがそのつり上がった目と、八重歯をむき出しにした口だ。

 完全に人を食うための顔面装備だ、野性すぎる。


 言葉にならない言葉をもらしながら後退るあたし。教室にいた人たちも距離をとってあたしたちを見ているし、あたしもとうとう壁際に追い込まれた。



「宗二……二ヶ月もの間、よくもおれを放っておいたな」



 あたしにはもう後がないっていうのに、じりじりとその人物はあたしとの距離を詰めてくる。

 ひ、ひいい。



「まさか転校しているとはな、思いもしなかったぜ」



 そう言って、あたしに向かって何かを放られる。薄い紙切れかと思いきや、手に取ってみるとそれは先ほどまで自分も手にしていた写真だ。柳井とツーショットしている、ニヤニヤなあたし。

 どうしてこれを、ナカムラが?

 コタローと同じ制服のナカムラが手にするわけはない……と思ったけど、こうして写真を売りさばいていればどのルートからでもこの人の手に渡ることはたやすかっただろう。

 こうして、探していてくれたみたいだし?


 ……こえええ。



「おい、どうにか言ったらどうなんだ? あ?」

「いや、あの、はい」



 何を言えばいいやら、検討もつきません。

 ごめん、本音。

 ナカムラ、その名前は破壊王として聞いたことあれど、こうして面と向かってお話するのは初めてでございます。


 ななななんで、ナカムラさん、あたしのこと知ってんですか?



「おうっ?」



 気がつけばもう、彼は目と鼻の先。コタローなんて目じゃないってほど高くそびえる彼はいとも簡単にあたしを覆い囲む。



「やっと見つけたんだ、逃さねえ」

「えっ……」



 思わず心臓ドキッて鳴った!

 上から見つめてくるその視線も真剣そのもので、これは乙女としては、まさかと疑わずにはいられない。

 もしかしてナカムラはあたしのこと……!



「殺してやる」

「ぎゃひーっ!」



 飛んできた拳をすんでのところで避けた……あたしの反射神経を誰か誉めて。そして夢妄想ラブマジックに巻き込まれかけたあたしを誰か叱って。

 拳がめりこんだ背後の壁は、ぱらぱらと音を立てて砕け、見るも無惨な姿だ。一歩間違えればあたしもこうなっていたかと思うと……あ、気が遠くなってきた。



「相変わらずすばしっこいやつだな。ああ? 今日はかかってこねえのかよ」

「めめめ滅相もない」



 魂をしっかり握りしめて必死で小物アピール。まさしく破壊王であるこの人とやりあう気はあたしにはない。

 いくらあたしだって男なら誰でもオッケーそらほいほいとケツ追いかけるわけじゃないっての!

 なんなのこの人、あたしが狙われる理由が全く分からん。



「おい、宗二!」

「ヒッ!」



 怯えながら見上げると、ナカムラが苛立たしげに舌打ちをした。うええと震え上がるあたしの腕を、乱暴に掴んで引き寄せる。



「おれが見ねえ間にとんだ腰抜けになったもんだな。ちょっと前までムカツク面しておれのことを見てただろう?」

「痛っ!」



 握る力強いんですけど、腕もげそうなんですけど!

 何の話をしているのかもサッパリなのに、初対面でこんな仕打ちってないと思う。見た目こんなんでもね、あたしってばただの、普通の、ちょっと変態な女の子なのに!

 ……だからってそんなこと口に出せようはずもなく、役に立たないひ弱な抵抗をするのみだ。



「離せよ」



 そのときだ。パアン、と乾いた音が間に割り込んだ。

 解放された自分の腕を不思議に思いながら目を開けると、そこには先ほどまであたしが対峙していたナカムラの姿はなかった。



「か、和磨あ!」



 その代わり、あたしの前に立ちはだかっていたのは、なんとたのもしい、友達兼イケメンの和磨くんだった。

 異変に気付いたのか、こうして助けに入ってくれたらしい。今ならその背中を狙って飛びついてもオッケーなのと思ったけど、これでも空気を読んでぐっと思いとどまる。



「ああん? てめえは何だ」

「こっちの台詞だ。いきなり他校生が窓ぶち破って飛び込んでくるんじゃねえよ」



 ほんと何してんすかナカムラ。それで傷はこめかみに一つってどうなんすかナカムラ。



「田中、こいつおまえの知り合いかよ?」

「いやいやいや、ぜんぜん全く!」

「宗二! てめえ、忘れたとは言わせねえ! てめえはおれが認めた唯一の敵、おれの獲物だろうが!」



 いや知らん!

 何をあんたそんな力一杯――いや待てよ。


 何かひっかかる。ナカムラが言っている「てめえ」って本当にあたしのこと……?

 もちろん「あたし」はナカムラの知り合いなんかじゃない。でも、あたしが、「あたし」じゃなかったとしたら……。今ナカムラが言っている宗二ってのが、本当の宗二だったとしたら?



「……」



 ううん、いや、その可能性の方が高い。

 だって、この人は二ヶ月前の宗二を知っている人……。


 そして、兄ちゃんがたまに血だらけで帰ってきたことを思い出してよ。それもこれもすべてが返り血だったことを、思い出、し……たくもねえ!



「和磨、逃げよう!」



 あたしは咄嗟に思いついて、和磨の手首を引っ張った。いきなりのことで驚いた和磨だったけど、それが最善だと気付いたのかすぐにあたしの前を走った。

 ナカムラがいる方とは逆の出入り口から廊下を目指す。



「宗二、逃がすか!」



 追ってくる、ひい、追ってくる!

 走るスピードを上げて廊下を疾走するも、ナカムラも一直線に追いかけてくる。



「一旦隠れるぞ、人気のないとこだ!」

「うん!」



 今度は逆に和磨に手を引っ張られながら人気のないところを探す。

 昼休みで、生徒たちが自由に歩き回っているのが幸いだった。ナカムラに薙払われるのは忍びないけど、その影に隠れて逃げ切ることができる。


 そして飛び込んだのは角を階段を上がってすぐのトイレだった。折り重なるように個室に体を押し込んで鍵を掛ける。

 破壊王にしてはたやすい壁かもしれないけど、ひとまずここに隠れていると思われなければ……。



「はあ……」



 安堵しかけたとき、うなじにかかった吐息で今の状況を思い出した。

 何も考えずに飛び込んだせいで、あたしはいつの間にか和磨に抱きつく形になって個室に押し込まれていたのだ。

 和磨はまだ気付いていないのか、苦しそうに息を整えながら、そして無意識だろうけどあたしの腰、というかケツに近いところに手を回している。


 役得!と喜ぶところなのか一瞬本気で考えた。


 いや、ダメだろう……これはダメだろう……我を取り戻した和磨に「しね」と殴られるのがオチだろう。

 冷静なあたしが言う。

 そうだな、名残おしいけれども、ここは一旦離れるべきだ。



「ん、待て、まだ動くな……」



 苦しげな声で耳元囁かれて腰が砕けるかと思った。

 じゃなくて……! ここはあんた、あたしをはじき飛ばすところでしょう! いつもの短気な和磨はどうした!



「はあ、んだよアイツ、何者だ」

「……」

「いきなり現れて、しかもお前を狙ってんのか? わけわかんねえ」

「……」

「お前本当に……って、さっきから黙り込んでどうした」

「なんでもない……」



 堪能してますとは言えない。

 なんだろう、感触といい匂いといい、ものすんごく落ち着く。乙女心より先に萌え心かもしれん。

 この際だ、とその背中に手を回そうとしたところ、ある異変に気付いた。



「うあっ」



 背中に回すはずだった自身の両腕を、和磨の胸元に突き立てる。しかし、忘れていたけどここはトイレの個室だ、そんなに広くはない。距離は十分に取られることはなく、それどころか足りない分を、あたしの頭が背後のドアにぶつかる犠牲で支払った。



「お前、だから静かにしろと……」



 聞いてられなくて、急いで胸元をかき集める。和磨の表情が怪訝なものに変わっていくのを見つけ、慌てて背を向ける。



「ごめん、なんでもな――」

「田中? その声……」

「っ!」



 口元を両手で強く覆う。何でもないとも言えなくなって、代わりに頭を振って伝えようとする。



「おい、田中……?」



 ……やう゛ぁい。


 肩に手が乗った瞬間、弾かれるようにドアの鍵を開けて外に出た。


 やばい。


 さっきとは真逆に通行人をけちらしながら廊下を走って、階段を駆け下りた。


 やっばい。


 ナカムラに出会わなかったことは幸いだ。でも今やそんなこと関係ない。もっとやっかいな問題に直面してる。

 ようやく外に出て茂みに隠れたときには、驚きよりも焦りよりも困惑の方が先に立った。



「……お、女に戻ってる……!」



 乳、帰る。

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