破壊王、襲来
腹痛にさいなまれていたあたしも、すっかり調子を取り戻して今や和磨にぼかすかと殴られ、廊下を通行中。
結局下着何か教えてくれなかった……。
違うの違うの。変な意味じゃなくてね? ほら、あたしってば、男になってから分からないこといろいろとあるしさ、自分的にブリーフとかどうよと思うのにタンスにはボクサーしか入ってなかったりしてね?
なんのはなしだっけ。
「あ?」
一人下着談義が白熱しそうなところで、あやしい人だかりを発見した。中心は教室の中らしいけれど、人が溢れすぎて廊下にまで広がっているらしい。
何だろうとまず和磨を見上げたら、すでになんかキレてました。
……あーしつこく下着聞いたの怒った?
「またアイツら……」
「って、あいつら? 何か知ってんの?」
「写真だ、あの!」
「あー、柳井が撮られてたやつね」
ぽん、と手を打って納得。そういえば、隠し取られていたっけね、と思い出した。
どうやらその写真の販売があの教室内で行われているらしい。
「やめさせてやる」
「ちょ、待って和磨。せっかくだし、自分も見たい」
「うるせえ」
「いった!」
また殴った! 最近和磨ってすぐ暴力に訴えない? すぐあたしの体に手を出すんだから!
……あたしの体に手を出す、って響きなんかやらしいな。やあだもう、このあたしの変態!
むしろ調子良すぎて困るね、あたし。
ひとまず駆け出そうとする和磨の腕を取って引き留める。ちょっと見てからでも、とお願いするとしぶしぶ了承してくれた。
和磨を廊下に残し、あたしはその人混みに挑んだ。
教室の中は、たくさん生徒はいたけど歩けないという程ではなかった。もともと使われない教室なのか、机や椅子がひとつも見あたらない。するりと人の合間を縫って奥まで進むとようやく机の群を見つけた。
「すーみませーん」
肩をぶつけた人に謝りながら、机の上に目を落とす。
「わー」
本当だ、和磨が言うようにたくさんの写真が置かれてある。柳井くんのはもちろんのこと、見たことのあるイケメンの姿もちらほら……。あ、これは演劇部部長でしょ? 和服来てるの、すごく似合う。あ、こっちは和磨……って何この色気ある水浸しショット! こっちは雰囲気違うけど椿本先輩?
カメラマンの腕か、被写体の素質か、すっごくキラキラしてる。確かにこれは欲しくもなる。一応側には段ボールの看板で「お気持ち頂戴」とかいてあった。
いくらか払えってことね。
大々的に肖像権のある物を売り買いできないからだろう、そんなあやふやな言い回しだ。
「そこのきみ、誰の?」
鼻を押さえつつ写真を見回していたら、正面に座っていた細身の男に声をかけられた。頬がこけていて、明らかに不健康そう。
誰の?って聞かれたのは、誰のファンなの?ってところだろうか。
「柳井くんです」
ごまかそうと思ったけど、つい口からついて出た。これじゃあ周りに群がる一方的なストーカー紛いな人と一緒じゃあんと思ったけれども、いっても変わらない気がするのでまあ良し。
「一馬きゅんなら……」
きゅ、きゅん……!
「あれ? きみ、見たことあると思ったけど、もしかして」
「はい?」
「ほら、これ、この人です?」
さっと写真が目の前に出される。そこにうつっていたのは、視線を外して愛らしい一馬きゅんと、そのほっぺたにすり寄ってご満悦なあたし。
あのときのツーショ。
「これください」
思わず。
「あ、やっぱりきみ! これ意外と売れてるんだよ、普通だったら嫉妬の対象になって祭り上げられたりするんだけどね」
確かにこのすりよりっぷり、あたしがあたしに嫉妬してもおかしくはないわ。
「良かったらまたさ、二人一緒に撮らせてよ。あ、撮るのは別の専門のヤツなんだけどさ、言っとくから。きみにもマージンあるし」
「売るってこと? えーそれはどうかなあ」
「よく見るときみも結構いい線いってるし、そうだ一枚撮らせて――」
ガッシャアン!
と、そのとき売り子の声に覆い被せるように轟音が鳴り響いた。恐ろしくシーンとなる教室内、驚きで声が出なくてただぽかんと正面を見つめてしまった。
まるで、ガラスが割れる音……。
もしかして、耐えかねた和磨が強行突破に!?
そこで初めて振り返って、あたしは更なる驚きに目を瞠ることになった。
「探したぜえ……宗二!」
いつの間にか、モーゼの割った海のように開けた道のさきにいたのは、一人の男だった。こめかみから流れた血を気にもせずに、ただひたすらあたしだけを見据えている。
……こ、これは。
この人、は。
「ぶ、っとばーす!」
「お、ああ、あああ!」
破壊王、ナカムラ!