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保健室は女の子の友



 下腹部を襲うのは、あの、懐かしい痛みだった。


 ――あ、やばい。

 瞬時に思うのは、女の子だったときの名残だろうか。今や男の姿、一生縁がないはずなのに、気持ちは正直だった。


 あたしはきゅっと下腹部をおさえて周囲を見回した。

 今は歴史の授業中。黒板の前に初老の先生が立って教科書を朗読している。その声だけが響く教室内で、隣の席の柳井くんと目があった。

 きょとんと首を傾げられる。あたしの様子がおかしいのが分かったのか、いつもだったらニッコリと笑われるところだけど、今日はしない。代わりにあたしから笑いかけて顔を逸らした。


 さて、どうしようかな。

 この痛みには慣れている、我慢することはたやすい。けれど、慣れているからこそこのままじっとしておくのも頂けない。


 ――生理のときと一緒だ。



「先生」



 あたしは思い切って手を挙げた。お腹が痛いので保健室に行ってきます、と正直に告げ、教室を抜け出すことにした。

 ……痛い。

 立ち上がると、じくりと刺すような痛みが増した。女の時もそんなに酷い方じゃなかったから、こんなの初めてだ。

 一歩を踏み出した途端に目眩がした。



「ったなか!」

「……あ、悪い」



 前のめりに倒れ込んだところ、椅子から身を乗り出した和磨に支えられた。あたしの両手を持ったまま、険しく顔をのぞき込んでくる。



「おまえ、顔真っ青だぞ。大丈夫なのかよ」

「うん、ちょっと、たぶん、ごめん」

「田中」



 自分でも言っていることが分からなかったけど、訂正する余裕もない。ひとまず大丈夫だと言い直してからあたしは教室から抜け出した。





 チャイムの音で、あたしは目を覚ました。一瞬ここがどこか分からなかったけど、白いカーテンを見てすぐに保健室だと気付いた。

 そうだ、あたし。

 トイレに駆け込んだ後、こうして保健室で寝かせてもらったんだった。


 ……結論から言うと。

 生理では、なかった。


 そりゃそうだ。男の体のどこにそんな機能を果たすものがある。それ以前に必要ない。よく考えれば分かることなのに、元が女なだけに、痛みが同じだっただけについ疑ってしまった。

 そもそも男の体になってるって時点でぶっ飛んでるんだけどもね。


 今は痛みはひいている。ホッと落ち着いて、もう一度ベッドに横になった。

 生理じゃなかったとして。一体あの痛みはなんだったんだろう。もしかしてただの腹痛? どこか内臓に支障をきたして大変な病気になっているとか。

 ……死んだらやだな。


 せっかく兄ちゃんの体になってんだから楽しむべきところは楽しみたいよな。


 そんなことを思いながら、ベッドから立ち上がる。元のあたしより幾分か背の高いこの体も、もう使い勝手を覚えている。ベッドから地面までの距離も、立ち上がったときの視線も。

 このまま、いつまで……いつになったら?


 不毛だなあ。



「田中?」



 と、そのとき、ベッドを覆う白いカーテンがぺらりとめくられた。



「……ひやあ! み、見ないで、今あたし……!」

「は?」



 顔を押さえて後ろに後退る。のも相当にマヌケだったと思うんだけれど、もっとマヌケな声を出したのは、姿を現した和磨の方だった。

 あたしも一瞬何が起こったのか分からなくて、ピタリと止まる。指の隙間から、和磨のポカン顔を見つめてようやく思い当たった。



「うおおおう、今のは気にしないでくれたまえ、ゴホンゴホン」

「ああ? ああ……」



 ごまかせたのか、和磨は曖昧に頷いた。

 あ、っぶない……今、あたしすごく素だった。ここ最近はずっと男として振る舞えていたと思うのに、突然だったからか女の子な反応をしてしまった。

 うわあ、フッツーに考えて気持ち悪いことしちゃったな。

 和磨も眉間にしわ寄せてあたしを見てんじゃない。そんで口を開いたかと思えば、こんなことを言い出した。



「おまえ、泣いてたのか?」

「……泣いてねえ」

「んじゃ泣きそうな顔してる」

「見んな」

「そんな辛かったんならまだ少し休んでおけよ。昼休みだから様子見に来たけど、俺も戻るし」

「……うん」



 なんかよく分からないけど、和磨が優しい。そこで満開の笑みを披露されようものなら、それこそ素で愛を叫びそうだけれど、相変わらずの仏頂面なので助かった。



「自分も、行くよ」



 そう言って、顔を見られないように和磨の脇を抜けた。保健室には誰もいなかったから特に挨拶もせずに出入り口へと向かう。

 あれ、和磨?

 後ろを振り返ると、立ち止まってあたしを見つめるその姿があった。



「どうしたの」

「……おまえってさ」

「え?」

「――なんでもない」



 なんだよ、言いかけておいてそんなの、やめろよ。

 和磨が頭を振って、あたしに歩み寄った。煮え切らないままその顔を見つめていたら頭をぐしゃりと撫でつけられて視界が落ちる。



「言えよ、なんかあったら、いろいろ」



 変だな、おかしいな。ぶっきらぼうなその言葉なのに、何故か素敵な笑顔の何倍も嬉しく感じる。

 暖かくて、ホッとする。



「……うん、その」

「なんだ?」

「和磨……」

「うん」

「下着、何派?」

「……」

「……」

「今聞くことじゃねえだろ、バカ! 教えるか!」



 殴られた。

 うん、ちょっと、言ってみたかっただけなんだけどね!

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