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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おとぎ話異聞

ZIZO7 ~笠地蔵異聞~

作者: 曲尾 仁庵
掲載日:2026/02/22

 これは、ここではない場所、今ではない時のお話。

 とある山間の小さな村に、一組の老夫婦が暮らしておりました。お爺さんは笠をこしらえては町へと売りに出かけて生活をしておりましたが、笠は高くは売れず、生活は楽ではありませんでした。夫婦は互いに助け合い、隙間風の吹く家で、粗末な食事に耐えながら、つつましく暮らしておりました。

 ある雪深い冬の日のこと、お爺さんはいつものようにこしらえた笠を背負い、町へと売りに行きました。


「笠、笠は要らんかね?」


 道行く人々に声を掛け、お爺さんは日の暮れるまで笠を売り歩きました。しかし、笠はほとんど売れません。重い荷物を背負い直し、お爺さんはトボトボと町を後にしました。




「おや?」


 帰り道、お爺さんはふと、街道脇に七尊のお地蔵様の姿を見つけました。もう何度も通った町までの道なのに、お爺さんはここにお地蔵様がいらっしゃることに初めて気づきました。空からは重く湿った雪が降り、お地蔵様の頭にも厚く積もっています。


「これは、おかわいそうになぁ」


 お爺さんはお地蔵様の頭の雪を丁寧に払うと、売れ残った笠を被せてあげました。ところが、売れ残っていた笠の数は六つしかありませんでした。一体だけ笠がないのも仲間外れのようで、お爺さんは自分が頭に巻いていた手ぬぐいを最後のお地蔵様に被せました。お爺さんは手ぬぐいを巻いたお地蔵様に手を当て、目を伏せて言いました。


「……もう、儂には必要のないものじゃから、もらってやっておくれ」


 積もる雪が雲間から覗く月の光に照らされています。仄明るい無明の闇の中で、お爺さんはしばらく無言で立ち尽くしていました。やがてお爺さんはお地蔵様から手を離すと、家に向かって再び歩き始めました。




「お帰りなさいませ」


 お爺さんが家に帰りつくと、お婆さんは玄関先で出迎えてくれました。蓑を脱ぎ、雪を払って、お爺さんは申し訳なさそうに言いました。


「笠は、売れんかったよ」


 お婆さんは「そうですか」とさして気にするふうもなく答えます。お爺さんはうつむいて言葉を続けます。


「売れ残った笠は、お地蔵様にあげてしまったよ」


 お婆さんはお爺さんに微笑みます。


「それは良いことをしましたね」


 お爺さんは顔を上げます。お婆さんはにこにこと笑っています。お爺さんはふっと笑って言いました。


「お前には、ずっと助けられてばかりじゃったなぁ」


 お婆さんは首を横に振りました。


「あなたと一緒になって、私は幸せでした」


 お爺さんは目を見張り、嬉しそうに言いました。


「ありがとうよ」


 お婆さんはそっとお爺さんの手を取ります。お爺さんはうなずき、表情を引き締めました。


「それでは、行ってくるよ」

「はい」


 お婆さんが握る手に少しだけ力を込めます。その目尻には微かに光るものが浮かんでいました。お爺さんはそっと手を離し、名残惜しむ気持ちを振り払うように背を向けると、外へと出ていきました。お爺さんの背が見えなくなるまで、お婆さんはじっと見送ります。そしてお爺さんが夜闇の向こうに姿を消すと、


「……お爺さん」


 腰の短刀を抜き、自らの首に当てました。


「先に参ります。どうか、ゆっくりと来なさいましね」


 お婆さんが短刀を持つ手に力を込めます。開け放していた玄関から、妖しい影が家の中へと音もなく入り込んできました。




 雪の中、お爺さんは村の外れにある古寺へと向かいます。そこにはすでに十人の男たちが集まっていました。男たちの中心に村長がおり、隣に住職が立っています。


「すまん、遅くなった」


 お爺さんは皆を見渡し――どこか納得したような表情を浮かべました。


「――これで、全員なんじゃな?」


 問うのではなく確認として、お爺さんは村長に尋ねます。村長はうなずきを返しました。


「弥助はついこの間、隣村に嫁いだ娘に子が生まれたそうじゃ」


 村長は机に一枚の紙を広げます。蝋燭の灯りに照らされたその紙には、円を描くように村人の名前が書かれていました。笠連判状――互いの意志と覚悟を示すその紙から、村長は墨で名前を消していきます。


「治平のおっかさんは、床に伏せっとるからの。あいつは親思いじゃから」

「権太の奴、急に縁談が決まったとか」


 村人たちはここにいない人たちのことを話し、村長はその名を消していきます。最終的に、連判状にはここに集った村人の名前しか残っていませんでした。


「生きる理由がある者は、生きればええ」


 住職は厳かに告げます。皆は同意するようにうなずきました。お爺さんは目を閉じてつぶやきます。


「……だが、誰かがやらねばならん。口を閉ざしてただ死んでいくのではなく、儂らの苦しみを、悲しみを、憤りを示さねばならんのだ。生き残る者たちの、未来のために」


 皆がそれぞれに、どこか少し遠くを見る様な表情を浮かべました。わずかな沈黙の後、村長は重苦しい声で言いました。


「行くぞ」


 住職が皆に鋤や鍬を手渡します。気負うことも怖れることもなく、集った十人は武器を手に古寺を後にしました。もはやここに戻ることはありません。いえ、この村に戻ることはないのです。ここを出れば、行きつく先はきっと――地獄しかないのですから。

 お爺さんは一度だけ、お婆さんのいるはずの自宅を振り返りました。雪はしんしんと降り注ぎます。喜びも悲しみも白く塗り潰すように。お爺さんは自宅に背を向けると、皆を追って歩き出したのでした。




 お爺さんの住む山間の村は、農耕に向く土地の少ない、貧しい土地柄でした。冬は雪に閉ざされ、生きることさえ難しい過酷な場所です。それでも、お爺さんたちは生まれ故郷に誇りと愛着を持ち、皆で助け合って懸命に生きてきました。

 しかし、お爺さんたちの慎ましやかな生活は、新しい代官が赴任したことによって一変しました。新しい代官がやってきて最初にしたことは増税で、次にしたことは労役の増加でした。働き手は労役に取られ、残った女子供と老人で賄うには、課された年貢はあまりに重すぎるものでした。お爺さんたちは何度もお役人に負担の軽減をお願いしました。しかし、返ってきた答えはあまりにひどいものでした。


「貴様ら如きが死に絶えようと、我らに何の痛痒もない。生きたければ働け。働かぬなら死ね。我らはどちらでも構わぬ」


 その言葉を聞いたとき、お爺さんたちは理解したのです。もはや言葉が意味を持つ時間は過ぎたのだと。




 凍えるような風の吹く夜道を、お爺さんたちは無言で歩きます。目的地は代官屋敷。あの代官がいる限り、お爺さんたちに安らぎはありません。たとえ、刺し違えてでも――鍬を持つ手を強く握り、お爺さんたちは峠を越えます。峠の頂から町を見下ろし、お爺さんたちはハッと目を見開きました。町の周囲には無数の篝火が焚かれ、刀を持った侍が守りを固めています。村長が自嘲気味に顔を歪めました。


「……すでに、知られておったか」


 連判状に名を連ねながら姿を見せなかった村人はたくさんいます。その中の誰かが、おそらく密告したのでしょう。密告すれば金がもらえる。この冬を越えるだけの金が。村人の一人が噴き出すように笑いました。


「ま、そうなるわな」


 大切な人がいれば、妻が、子が、親が孫がいれば、その人のためにならなんだってする。裏切ることも、心から憎む相手に仲間を売ることも。立場が変われば自分がそうしていたかもしれない。村人たちの中で、裏切りをなじる者はいませんでした。

 侍たちが手に松明を持ち、幾つかの集団に分かれて峠を登り始めます。その数は百人を超えているようでした。刀を持った侍と、鍬を持った村人。しかも相手の数はこちらの十倍です。戦う前から勝敗は決していました。いえ、きっと最初から、戦いになどなりはしなかったのです。本当は誰もが、知っていたのです。

 松明の灯りが近付いてきます。雪が、降っていました。風が泣くように冷たく吹きすぎていきます。お爺さんは近付く炎を見つめ、皆に言いました。


「誇りと共に、死のう」


 残りの九人がうなずき、厳しい表情で敵を見据えます。雪を踏む足音が大きくなっていきます。松明が闇を払い、お爺さんたちが鍬を構え、侍たちが刀を抜き放ち――


「誇りとは、未来に繋げてこそ価値がある。そうではありませんか?」


 聞き覚えのない声と共に、背後から柔らかな風が吹きました。




 風が雪を舞い上げ、お爺さんたちの視界を遮ります。侍たちも戸惑ったように「キー」とうなり声を上げ足を止めました。視界が晴れたとき、お爺さんたちと侍の間を分かつように立っていたのは、六尊のお地蔵様でした。


「これは……?」


 お地蔵様たちは揃いの笠を被り、穏やかに微笑んでいます。しかしその荘厳なたたずまいは侍たちを圧倒し、その動きを封じています。お爺さんはお地蔵様が被っている笠に見覚えがありました。それは、先ほど街道脇で雪に埋もれていた七尊のお地蔵様に差し上げた、お爺さんの笠でした。


「暴虐に立ち向かう勇気も、他者の未来のために身を捧げる覚悟も、すばらしいものです。ですが、そのような美しい心を持つあなた方が犠牲になる世界は、誤っている」


 六尊のお地蔵様は一斉に笠を空へと投げ放ちました。笠は頭上で制止して柱状に光を放ち、お地蔵様を包みます。


『業魔調伏! 光明無辺!』


 お地蔵様の声に応えるかのように光は強さを増し、その身体に吸い込まれていきます。お地蔵様の輪郭が形を変え――


『地獄空ならずんば、誓って成仏せじ。衆生度し尽くして、方に菩提を証せん!』


 誓願の声と共に現れたのは、六人の若者の姿でした。


『我らZIZO7! 衆生の一切を救う者なり!』




「現れたなZIZO7! 今日こそは貴様らに引導を渡してくれるぞ!」


 侍たちの背後に、傲慢な笑みを浮かべ、一人の壮年の男が立っていました。キツネのように細い目のその男こそが、お爺さんたちに『働かぬなら死ね』と言い放った代官に相違ありません。お爺さんたちが憎しみの目で代官をにらみつけます。六人の若者が振り返り、赤いスカーフの青年が代官に答えます。


「お前たちの悪業、この場で断つ! もはや救いは現世にないものと知れ!」


 代官が可笑しそうに嗤い、


「たった七尊で何が――一匹足らぬな。どこへ行った?」


 訝しげな視線を若者たちに向けます。まるで今気付いたというように、緑のスカーフを身に着けた少女が言いました。


「ほんとだ。司令がいない」

「ほんとね。司令がいない」


 紫のスカーフの少女が同じ言葉を繰り返します。二人は背格好がまるで同じ、双子の女の子です。隣にいた黄色いスカーフの大男がまんじゅうをほおばりながら呆れ顔を作りました。


「相変わらず、自由だなーあのひと」


 青いスカーフの鋭い面差しの青年は鼻を鳴らすと、


「あれがいようといまいと大差ないだろう」


 ギロリと侍たちを見据えます。


「こいつらなぞ、俺たちだけで充分だ」


ピンクのスカーフの、中性的な雰囲気の女性?が挑発するように笑います。


「この世に未練があるのなら、逃げたほうがいいんじゃない?」


 侍たちが怯えるように「キー」と声を上げました。代官は苛立たしげに叫びました。


「ええい、小癪な! 皆の者、こ奴らを地獄に叩き落としてやれ!」


 代官の檄に応え、侍たちは「キー」と気合の声を上げて駆け出します。赤いスカーフの青年が不敵な笑みを浮かべました。


「行くぞ」


 若者たちがそれぞれに同意の言葉を返し――戦いが、始まりました。




 抱えていたまんじゅうを食べ終え、黄色いスカーフの大男――ZIZOイエローは自分の顎を撫でると、


「さて、やるか」


と言って身を低く構えました。両手にはいつの間にか金剛杵が握られています。


「キー!」


 甲高い叫び声をあげながら侍たちが迫ります。侍たちの肌は闇のように黒く、その目は赤く虚ろでした。彼らは命ある者ではありません。代官――いえ、悪の秘密組織リバースBAKUFUの怪人、ダークDAIKANの肥大化した欲が人の形を成した、命なき傀儡(戦闘員)なのです。ZIZOイエローは雷を宿した金剛杵を躊躇なく投げつけました。金剛杵は地面に突き刺さり、大爆発を起こします。爆風が雪を吹き散らし、轟音が大気を揺らします。ZIZOイエローは軽く肩を回しました。


「金剛杵ボムは欲望を吹き飛ばす。心安らかに眠るがよい」


 爆風が晴れたとき、イエローに迫ってきていた戦闘員たちは一人残らず姿を消していました。イエローは目を細めます。戦闘員の影がキラキラと輝き、空へと昇っていきました。




 ピンクのスカーフの中性的な女性?――ZIZOピンクは侮るような、哀れむような目で戦闘員たちを睥睨しています。その雰囲気に圧され、戦闘員たちはピンクとの距離を詰められずにいました、ピンクが舞うように手を振ると、いつの間にか琵琶のような楽器が現れます。右手の撥で軽く弦を弾き、ピンクは歌うようにつぶやきました。


「曼荼羅リュートの調べに酔うがいいわ」


 掻き鳴らすリュートの旋律に呼応するように、中空に金剛曼荼羅と胎蔵曼荼羅が浮かび上がり、ほのかな光を放ちます。二つの曼荼羅は戦闘員たちを挟み込むように移動し、敵を中心にゆっくりと回り始めました。戦闘員たちが戸惑いの「キー」という叫びを口にします。曼荼羅の放つ光は徐々に強さを増し、光に照らされた戦闘員たちの身体が徐々に透けていきます。曼荼羅がまばゆい白光と同化したとき、戦闘員の姿もまた、夜闇に同化して消えていました。


「天上の調べが煩悩を浄化し、人は宿業から解き放たれる」


 べべん、とリュートを鳴らし、ピンクは艶やかに微笑みました。




 お爺さんたちはうろたえた様子で、目の前に平然と立っている双子の少女に声を掛けます。


「ふ、ふたりとも、早く逃げなさい!」


 二人は不満そうな顔で振り返ります。


「むー、私だってZIZO7なのに」

「ねー、私だってZIZO7なのよ」


 緑のスカーフの少女――ZIZOグリーンに、紫のスカーフの少女――ZIZOパープルが追従します。戦闘員たちが刀を振りかざして「キー」と叫びました。お爺さんたちは武器を手放し、思わず二人を抱きしめてその背にかばいました。二人は困ったように互いを見つめると、ため息交じりに言いました。


「見せるしかないね」

「見せるしかないよ」


 二人の瞳が金に輝き、地面がかすかに震えます。震えは急激に大きくなり、地面が悲鳴のような音を立てて裂けたかと思うと、そこから大量の水が噴き出してきました。水は奔流となって戦闘員たちを押し流します。お爺さんたちは唖然とその様子を見つめました。


『強深瀬フロートの流れがお前たちの執着を引き剝がす。すべてを忘れて次へ行け』


 唱和する二人の言葉は神聖な響きを帯びて、夜の静寂に広がっていきました。




 迫りくる戦闘員たちを前にして、青いスカーフの青年――ZIZOブルーは皮肉げに口の端を歪めました。


「有象無象がどれほど集まろうと無駄なことだ」


 ブルーは右手を天に掲げます。伸ばした指から一条の光が立ち上り、空を覆う雪雲を貫きました。その穴から月光が降り注ぎ、ブルーの手に集まります。蒼い光は姿を変え、やがてブルーの手には一つのガトリング機関砲が握られていました。


「月輪バルカンが貴様らの業を撃ち抜く」


 銃口から青い火花が散り、月光の礫が戦闘員たちを迎え撃ちます。戦闘員たちは吹き飛ばされ、千々に散って消えていきました。目の前を埋め尽くしていた戦闘員を一掃し、ブルーは冷たく言い放ちます。


「他者を踏み付けにした強欲の、これが末路だ」




 仲間たちが拓いた道を抜け、赤いスカーフの青年――ZIZOレッドは代官に迫ります。手には理不尽に対する憤怒を具現化したような赤い刀身の太刀が握られていました。レッドの姿を認め、代官は醜悪な笑みを浮かべます。その影がみるみるうちに人外の貌に変わっていきました。


「人々を苦しめるその悪行、ここで終わらせてもらうぞ! ダークDAIKAN!」

「小賢しいわ小僧が! 返り討ちにしてくれる!」


 本性を現したダークDAIKANが牙をむき出しにして吠えました。口は耳元まで裂け、蛇のように赤い舌がチロチロと覗いています。太刀を振り上げ、レッドは正面からダークDAIKANに斬りかかりました。


「日輪ソードが悪業を断つ!」

「悪業とは、断ち切れぬがゆえに悪業なのだ! それが人の本質ゆえに!」


 ダークDAIKANの赤黒く長い爪が日輪ソードを受け止めます。金属のような硬質の音が響き渡りました。日輪の火と澱んだ闇が互いを飲み込まんと鍔迫ります。吐き気のする腐臭がダークDAIKANから漂ってきました。


「欲こそ人の本質! 救いなど世迷言よ!」


 ダークDAIKANは口からどす黒いヘドロをレッドに向かって吐き出しました。レッドはのけぞってそれをかわします。飛沫がレッドの頬に散り、ジュッと嫌な音を立てました。ダークDAIKANの回し蹴りが横腹に決まり、レッドは吹き飛ばされて地面を転がりました。奥歯を噛んで立ち上がるレッドを、ダークDAIKANは嘲笑で迎えます。


「人は無限に堕落する。蜂起した村人どもを密告した輩のようにな。仁義忠孝、すべて弱者が被害者の皮を被るための言い訳に過ぎぬわ!」


 レッドは日輪ソードを正眼に構え、静かに呼吸を整えました。


「……辛さに挫ける者もいよう。悲しみに負けて道を誤る者もいよう。人は弱い。常に正しく在れるわけではない」


 ダークDAIKANが愉悦を瞳に宿してうなずきます。


「そうよ! ゆえに――」

「しかし!」


 レッドはダークDAIKANの言葉を遮り、確信を持って告げました。


「辛さに挫けたことを、悲しみに負けたことを、人は自覚することができる! 己を弱さを顧みることができる! 正しく在れなかった自分を恥じ、正しく在りたいと願う心がある! ゆえに人は悉く救われるべきなのだ! 人の本質とは、『可能性』だ!!」


 日輪ソードが炎を宿し、熱が周囲の雪を溶かしていきます。ダークDAIKANは腐臭漂う暗紫色の息を吐き、爬虫類のような目でレッドをにらみました。


「人に可能性などないわ! あるのは無間に続く欲望の連鎖だけよ!!」


 ダークDAIKANが大きく胸を膨らませ、ヘドロをレッドに向かって吹きつけます。レッドは日輪ソードを一閃し、ヘドロは瞬時に蒸発しました。ダークDAIKANが驚愕に目を見開きます。レッドは裂帛の気合と共に間合いを詰め、袈裟懸けにダークDAIKANを斬りつけました。日輪ソードの炎がダークDAIKANの身体を包みます。


「バ、バカな……! この俺が、貴様如きに――!」


 憎しみの目を向けるダークDAIKANの視線をしっかりと受け止め、レッドは答えます。


「欲に溺れたお前の目に、人の本質が見えるはずもない」


 ダークDAIKANは炎に包まれたまま地面に崩れ落ちました。日輪ソードを軽く振り、レッドは静かにダークDAIKANを見下ろします。


「僕たちが人の可能性を諦めることはない」




 ダークDAIKANが倒れ、残った戦闘員たちが形を失って闇に溶けていきます。レッドはダークDAIKANに背を向け、仲間の許へと歩きだしました。仲間たちもまた、レッドのところへと駆け寄ります。無事を喜ぶように微笑んだレッドの背後から、ひび割れたおどろおどろしい声が聞こえてきました。


『認めん。認めんぞ! 俺はこんな田舎の代官で終わる男ではない! いずれ組織の幹部になる器なのだ! 地蔵如きに我が野望、阻まれてなるものか!!』


 立ち上る闇が炎を打ち消し、ダークDAIKANは立ち上がります。その怨念にも似た妄執はダークDAIKANの内に膨れ上がり、その身体をさらに醜く巨大な化け物の姿に変えていきました。バキバキと骨格が砕け、組み変わり、もはや人の形すら保たない怪物となって、山のような巨体がZIZO7を見下ろします。


『俺は負けぬ! 貴様らを滅ぼし、必ずやこの日ノ本の頂に立つのだ!!』


 おぞましい蛇の形の口から毒のヘドロがぼたぼたと落ち、地面を焦がしました。ピンクが顔をしかめてダークDAIKANを見上げます。


「なんと醜いこと。妄執に囚われた者の顔は」


 ブルーは小さく舌打ちをして、吐き捨てるように言いました。


「あのバカはまだ来ないのか!」


 双子が顔を見合わせます。


「司令は来ないの」

「司令は来ないね」

「呼んだかね?」


 双子の声に返事があって、イエローは「うわっ!?」と叫び声をあげました。いつの間にか足元に、美しい黒の毛並みの柴犬が尻尾を振っています。柴犬は首にお爺さんの手ぬぐいを巻いていました。レッドは少し咎めるように言いました。


「今までいったいどこに?」

「なに、妙齢の美女と一時の語らいをな」


 黒柴――ZIZOブラックがひどく渋い男性の声でそう言いました。双子がブラックの前に座って手を差し出します。


「お手」

「わん」

「おかわり」

「わん」


 双子はよくできましたと言うようにブラックを撫でます。ブラックはどこか誇らしげです。


「くだらないことしてんじゃないよ。もう敵が巨大化してんじゃないの」


 ピンクが腰に手を当ててブラックを見下ろします。ブラックは小さく鼻を鳴らすと、遠吠えをするように背を反らしました。


「ZIZOブラックからNEHANベースへ、『地蔵王(ZIZO-OH)』顕現要請! 目標、ダークDAIKAN!!」


 ブラックの吠え声が空に吸い込まれていきます。次の瞬間、厚く雪雲に閉ざされていた天が割れ、陽光とも月光とも違う、瑠璃色の光が降り注ぎました。


『NEHANベース総司令MIROKUが『地蔵王』顕現を承認する。無明の闇を滅尽せよ! ZIZO7!!』


 瑠璃色の光の中に、巨大な影が浮かび上がります。影は轟音と共に降り立ち、地面に亀裂を刻みました。巨大化したダークDAIKANとほぼ同じ大きさのその影は、武者形の地蔵菩薩の姿そのものでした。


「地蔵王、ライドオン!」


 レッドがそう叫ぶと、地蔵王の胸から光の帯が伸び、レッドたちを照らします。光に導かれるようにレッドたち六尊は地蔵王に吸い込まれていきました。残ったブラックがにやりと口の端を上げます。


「ぶちかませ、地蔵王!」


 地蔵王の目が金色に輝き、ダークDAIKANの濁った瞳を見据えました。




『ぐ、げ、げげ!』


 もはや意味を為さぬ声を発し、ダークDAIKANは身体を揺らします。欲を肥大化させ、欲に呑まれた人間の姿がそこにありました。地蔵王が右手を掲げると、何もない空間から引き抜かれるように一振りの刀が現れました。地蔵王が厳かにその名を告げます。


『不動剣』


 その美しい直刀は闇を照らすように輝き、ダークDAIKANは不快そうに叫びを上げました。輝きを消そうとダークDAIKANの口からヘドロが噴き出します。不動剣が翻り、ヘドロは一瞬のうちに消し飛びました。ダークDAIKANは大きく跳躍し、その爪で地蔵王を襲います。しかしその甲冑は傷一つ付けられることなく、逆にダークDAIKANの爪を砕きました。ダークDAIKANは悲鳴を上げて飛びのきます。地蔵王は峻厳な雰囲気を纏って敵を見据えました。ダークDAIKANは足掻くように両手を握ります。手がみるみるうちに変化し、融合して赤黒い刀身を持つ剣となりました。

 地蔵王が不動剣を上段に構えます。ダークDAIKANは剣を水平に構えました。ひりつくような緊張感が辺りに満ちていきます。


――ガサリ


 風が吹き、木々を揺らします。緊張に耐えきれなくなったのか、ダークDAIKANが雄叫びを上げながら地蔵王に向かって踏み込みました。地蔵王が不動剣を振り下ろします。闇と光が交錯し――


――グオォォォォォーーーーーッ!!


 獣の如き咆哮を上げ、ダークDAIKANが膝をつきました。左肩から右脇にかけて光跡が刻まれ、ダークDAIKANの闇を侵食していきます。地蔵王は戦いの終わりを告げました。


『――秘剣、常寂光土斬り』


 言葉の終わりと共にダークDAIKANの身体が細かな粒子となり、風に吹かれて散っていきました。地蔵王の機体もまた、天から降り注ぐ光の柱に包まれ、消えていきます。雪雲が消えた空は星々が輝き、夜を明るく照らしていました。戦いは、終わったのです。




 ダークDAIKANが消え去るさまを、お爺さんたちは呆然と見上げていました。目の前の出来事を信じることができず、立ち尽くす以外にありません。あの代官は化け物だったのでしょうか? 侍たちは何者? 自分たちは助かったのか? そして、お地蔵様が変化したあの若者たちは、いったい何なのか? 無数の疑問が頭を駆け巡っています。

 地蔵王が消え、レッドたちがブラックのところへ戻ってきました。何から聞けばよいのか分からない様子のお爺さんたちにブラックが言います。


「今、日ノ本はダーク側用人YOSHIYASU率いるリバースBAKUFUに侵食されつつある。リバースBAKUFUは各地に自らの息の掛かったダークDAIKANを送り込み、人々を絶望の底に突き落としている」


 ブラックはお爺さんたちを安心させるように尻尾を振りました。


「出羽のYOZANを頼るがいい。YOZANは我が友。必ずや力になってくれよう」


 レッドたちがうなずき、そして役割を果たしたと言うようにお爺さんたちに背を向けます。お爺さんは思わずその背に声を掛けました。


「待ってくれ!」


 不思議そうにレッドたちは振り返ります。お爺さんは絞り出すように言いました。


「どうして、儂たちを助けてくださった? 苦しめられている人たちは他にもいるはず」


 レッドたちは互いに顔を見合わせ、はにかむように笑います。


「どうして、って、ねぇ」


 ピンクが頭に被る笠の端をつまみました。


「こんな素敵な贈り物」

「こんなに嬉しい贈り物」


 双子が笠を両腕で胸に抱きます。


「もらってしもうたら、な」


 イエローがにこにこと笑います。


「……礼をせんわけにはいかんだろう」


 ブルーが視線を逸らしました。


「あなたがたを助けたのは、偶然ではありません」


 レッドは正面からまっすぐにお爺さんを見つめます。


「あなたの想いが、僕たちを呼び寄せた。あなたがたを救ったのは、あなたがた自身の勇気です」


 不意にお爺さんの目から涙が溢れます。お爺さんは膝をつき、レッドたちに深く頭を下げました。


「ありがとう。ありがとう――」


 お爺さんのお礼の言葉に少し面映ゆそうに頭を掻いて、レッドたちは再び背を向けました。彼らの身体が仄かに光を帯び、その姿を石のお地蔵様へと変えていきます。七体のお地蔵様に戻ったZIZO7は、月と星の輝く夜にひっそりと消えていきました。




 奇跡のような夜を越え、お爺さんたちは村へと戻ってきました。生きて帰ることができるなど思ってもいませんでした。しかし今、暴虐の代官は消え去り、自分たちは生きている。どこか実感の湧かない思いを抱えたまま、皆は各々の家に帰っていきました。お爺さんもまた、家の玄関の前に立ちます。戸を開けたお爺さんは、驚きに目を見開きます。なぜなら――


「お爺さん!」


 お爺さんの胸に飛び込むように、お婆さんが抱き着いてきたのですから。お爺さんは戸惑いながらお婆さんを受け止めます。


「どうしたんじゃ――泣いて、おるのか?」


 お爺さんの胸に顔をうずめ、お婆さんはかすれた声で答えます。


「お前さまはもう、帰って来ぬと覚悟しておりました。でも、お前さまが行った後、黒い柴犬が現れて私に言ったの。『貴女の夫は必ず戻ってくる。だから貴女は彼を出迎えてあげねばならないのですよ』って」


 お爺さんはハッと息を飲みます。お婆さんは少し恥ずかしそうにそっと身体を離すと、涙を指で拭って美しく微笑みました。


「おかえりなさい、お前さま」


 ――生きている。生きていく。その実感を得て、お爺さんは、


「ああ。ああ、ただいま」


 お婆さんの手を取り、何度もそう繰り返したのでした。

スーパー戦隊よ永遠なれ!

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