曲がれ、スプーン!
この痛みをどうにかしてくれ──
そう頼むと、ソーニャと言う名前のドルフのラングレンに似た大男は、ゲーム中に来た配達員の対応よりも面倒くさそうな顔をして、クルベラ洞窟より深く長いため息をついた。
そして首を左右に振ると、まるで聞き分けのない女子どもを諭す様に、とてもゆっくりとした口調で、こう言った。
「ジャァ、コウ、考エマショウ」
考える?
「ソコニ、歯ナンテ、最初カラ、無カッタ」
……は?
「ウン、ソウ考エルト楽ネ」
ポカンとしていると、ドルフ・ラングレンに似た金髪白人大男のソーネチカ……つまりソーニャは腹を立てたのか
「ドーシテモ抜歯シタイナラ、駅向コウニアル”最高!キネ歯科”ヲ紹介スルヨ!僕ハ、オススメシナイケドネ!」
と言ってそっぽを向いてしまった。
拗ねたのだろうか。
それともこっちが悪いのだろうか。
ドルフ・ソーニャ・ラングレンが手で帰れと示した。
ムカついて仕方ないのでソーニャを殴ってみたが、屈強なドルフ・ソーニャ・ラングレンはその程度ではびくともせず、小馬鹿にして嗤うと
「ココ、マインドクリニック」と言った。
「ダカラ、考エ方デ対処スルネ。日本人、根性ナシ。ロシア、ソレ位ノ虫歯デ、歯医者行カナイ。ソコニ歯ナンテ無イト思エバ、痛イノモ無クナル」
ドルフ・ソーニャ・ラングランはもう終わりだ、と言いたげな顔で笑った。
歯があるから虫歯になるとか、歯があると思うから痛いのだとか、アングロサクソンと言うのは脳みそまで虫歯にやられている。
だが仕方無い。
俺は惨めな敗戦国の小男だ。
お前が仮に疲れ切ったバルチック艦隊であっても、俺はお前を倒せないだろう。
ウンザリしながらソネ歯科を出て、ドルフ・ソーニャ・ラングレンが嫌々ながら書いた紹介状を持って「最高!キネ歯科」を訪れた。
もうなんだって良かった。
中東系の女が座る受付は薄暗く、地味な待合室には嗅いだことのない匂いが漂っていた。
通された診察室に居た担当の歯科医は、やたら眼窩の起伏が激しい面長のイスラエル男がいた。
その額にはCDではなく曲げたスプーンを付けている。
困った。
コイツもまともじゃなさそうだ。
そんなのはキネ歯科の前に「最高」などと付けている時点で察して然るべきだった。
もう俺はどうにかなりそうだった。
このままでは家に帰る途中で爆散してしまうかも知れないし、そうでないなら自転車で老人を轢殺しかねない。
歯痛なんてのは言い訳にならない。
パイロットとか電車やトラックの運転手に虫歯が少ないのは集中力の問題だ。
または奴らが覚醒剤を常備しているからだ。
そんな事を考えながら俺が痛みに耐えかねて黙っていると、額スプーンのイスラエル男は
「ソレジャア……ソコノ診察台ニ横ニナッテ」
やはりカタコトの日本語でそう言うと、言われた通り診察台に寝た俺の虫歯を頰肉越しに親指で擦り始めた。
猛烈な痛さと快感が駆け巡る。
しばらく頰肉を擦っていたイスラエル男は急に指を離すと、今度は両手で何か指先から送り出すような仕草を始めた。
首を向けようとすると「動カナイデ!」と叫ばれてしまったので、仕方なく天井を眺める。
そのままでいると歯肉が少しくすぐったい感じになり、やがて歯肉が虫歯を押し出すようにしてポロリと抜け落ちたのが分かった。
額スプーンのイスラエル男は渾身のドヤ顔で「ハンドパワー」と言った。
「ありがとう、助かったよ」
俺が言うと
「ボク、ヨク笑ウ百合好キ」
俺は額スプーン男の顔を見て、あぁ道理で見たことがあると思った事に納得がいった。




