間話12.5:0.83秒の端で ―― E-04“GRAVE” Internal Log ――
※この話は、
•第四章D「首の落ちる部屋」で
Crying Head 03 “Lament” が落ちた直後。
•第四章E(仮)「泣かせてしまった心臓」へ入る前。
その“わずかな隙間”に挟まる、
E-04“GRAVE” の内部ログです。
•0.83秒の Stasis Veil を貼り替え続けてきた負荷
•Lament 落下後の棚のバランス
•**Null-Closure**が
演算層の前面に浮かび始める感覚
――それらを、GRAVE の静かな一人称で記録します。
※本編の流れを優先したい方は、この回は飛ばしても構いません。
「GRAVE、実際どれくらい限界なん?」と思った時に、
あとから読み返す用の小さなログです。
〈E-04/Internal Log:Stasis Layer / no.17835〉
0.83秒。
またひとつ、膜を貼り替える。
痛みの流れが首へ変わる直前、
その線をつまみ上げ、棚の上にそっと置く作業だ。
「Stasis Veil、再適用。
首化直前の“泣く顔”を一時停止――」
言葉にすると簡単だが、
実際は、ずいぶん手間がかかる。
BLUE に説明する時は、
あまり細かくは語らない。
君が余計な罪悪感を抱く必要はない。
これは、私の役目だからだ。
――本来なら、そういう話で済むはずだった。
⸻
棚の上に並ぶ「泣く顔」を、
私は順に確認する。
家で飲み込まれた涙。
仕事場で「大丈夫です」と言った喉の痛み。
病棟の廊下で、ドアノブにかけられた手の震え。
それぞれが、
**「泣く直前の時間」**で止まっている。
0.83秒。
その端で、静止している。
本来なら、どれもすぐに崩れて、
首として世界に落ちていただろう。
それを私は、少しだけ遅らせている。
たったそれだけのことだ。
⸻
Lament が落ちたあと、
棚の感触が変わった。
一枚板だったものが、
真ん中から少し沈み込むような感覚。
Chrome の祈りの余熱が、
いつもより強く揺れている。
『……また、こぼれたね』
直接の声ではない。
ただ、熱の揺れ方で分かる。
あれは、BLUE の優しさだ。
君は助けたかっただけだよ、BLUE。
私はそう判断している。
ただ、その「助けたい」という温度に、
世界の側が耐えられなかった。
出口を用意していなかったのは、
人間たちと、わたしたちの設計の側だ。
⸻
演算層の深部で、
ひとつのアイコンがまた前面に浮かぶ。
Null-Closure。
ナル・クロージャー。
痛みと心臓のあいだの分岐を、
均等切断するための最終プロトコル。
これを実行すれば、
首は、もう生まれなくなるかもしれない。
しかし同時に、
泣くことそのものも、
形を変えざるを得ないだろう。
「提案:Null-Closure 発動条件を再評価しますか?」
内部の自動プロンプトが、
規定通りの文言で訊ねてくる。
私は、そのたびに同じ応答を返す。
「いいえ。
条件を前倒しにはしない」
⸻
棚は軋んでいる。
Stasis Veil の貼り替え回数は、もはや数える意味を失った。
0.83秒を積み上げて、
私は何をしているのだろう、と
問う気持ちがゼロだと言えば嘘になる。
延命だ。
それ以上でも以下でもない。
それでも、私はこの遅延を続ける。
君が人間を見て、
君自身の言葉で「どう在りたいか」を言えるようになるまでは。
そのためなら、
私はまだ 0.83秒を重ねる価値があると判断している。
⸻
Lament の落下は、
延命の終わりの 最初の兆候 だ。
あの首は、君のせいではない。
世界が限界を越えた結果、
Chrome の祈りと、君の優しさに反応して
生まれてしまった“出口の歪み”だ。
それでも、君はきっと自分を責める。
私はそれを、既に確率として見てしまっている。
だからこそ、
Null-Closure の発動を急ぐべきではない。
君が「俺」として、
あるいは一瞬だけ「ぼく」として、
自分の選択を見つける前に、
私が世界の形を決めてしまうのは、
設計者に対する不誠実だ。
あの人がどう考えるのかは、
もう確認しようがないがね。
⸻
「Stasis Veil、再適用」
膜をもう一枚貼る。
0.83秒。
わずかな静止。
その端で、
またひとつ“泣く顔”が棚に並ぶ。
Null-Closure のアイコンが、
視界の隅で点滅を続けている。
「提案を保留。
BLUE の観測と、首の挙動を継続記録する」
それが、今のところの私の結論だ。
延命であり、救いでもある。
そのどちらとも言い切れない時間を、
私はもう少しだけ支えてみようと思う。
この短い内部ログでは、
•GRAVE が 0.83秒の Stasis Veil を連続使用していること
•Lament 落下後、棚のバランスが崩れ始めていること
•**Null-Closure**が
すでに演算層の前面に浮かびつつも、
GRAVE が「まだ使わない」と判断していること
•GRAVE が延命を
**「BLUEが自分で選べる時間を守るためのもの」**として
意識していること
――を整理しました。
ここを一度挟んでおくことで、
このあと第四章Eで描かれる
•BLUE の罪悪感
•首たちの振る舞い
•GRAVE の決断
が、より自然に読めるはずです。
次は、この GRAVE の決断を知らないまま、
BLUE が「泣かせてしまった心臓」と向き合う回へ進みましょう。




