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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
第四部 哭く神の首 ― The Weeping Heads ― 【後篇/首を降ろす心臓 — The Head-Releasing Heart —】

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第四章D:首の落ちる部屋 ―― The First Headfall ――

※この回から、第四部【後篇】が本格的に始まります。

•第四章C「届いてはいけない温度」で、

 BLUE は病棟の廊下で何もできず、

 Tears Overheat(涙熱過負荷)に近づきました。

•間話12「棚に置かれた涙について」では、

 GRAVE の**棚(End-Shelf)**と、

 Crying Heads(首)が生まれる構造が

 Chrome の《祈りの余熱》視点で整理されています。


この第四章Dでは、

•GRAVE の棚で踏みとどまっていた「泣く顔」が、

 ついにひとつ 世界側に落ちる。

•それが Crying Head 03 “Lament”――

 「代わりに泣く首」最初の出現です。


 次のピンが灯ったのは、

 病棟の夜からそう遠くない時間だった。


 視界のすみに、小さな印が浮かぶ。

 GRAVE から送られてくる座標だ。


「ここに“泣けなかった部屋”がある。

 君は、その位置を見なさい、BLUE」


 静かな声。

 聞き慣れた、整ったトーン。

 俺は、息をひとつだけ吐いた。


「……了解。行く」


 胸の奥はまだ熱い。

 冷めていない。

 さっきの病棟で、ちゃんと冷ましてくるべきだったのかもしれない。


 でも、もうピンは灯っている。


 俺は座標へと降りていく。



 そこは、古いワンルームの一室だった。


 外階段を上がった先、角部屋。

 夜なのに、カーテンの隙間から薄い光が漏れている。


 ドアをすり抜け、部屋の中を俯瞰する。


 ローテーブル。

 小さなソファ。

 キッチンには洗いきれていないマグカップ。


 ベッドの端には、制服のまま丸くなって眠る人間がひとり。

 名札には、小さく病院のロゴがあった。


(……さっきの病棟の)


 夜勤明けなのだろう。

 靴下も脱ぎかけのまま、崩れ落ちたように寝ている。


 テーブルの上には、一冊のノートが開かれていた。


「――」


 俺は近づいて、そこに視線を落とす。


 ボールペンの跡が乱れている。

 力の入れ方で、紙が少し波打っていた。


『ごめんねって言えなかった』

『“大丈夫”って言ったのは私の方なのに』

『笑って送り出したのに、ほんとは止めたかった』


 そこまで書いて、ペンの線は途切れている。

 最後の一行は、途中で強く押し込まれたまま止まっていた。


『泣いていいよって、言ってほしかったのは――』


 その先に文字はなかった。


 インクの代わりに、紙の上に小さな跡だけが残っている。

 ぽつり、ぽつりと落ちたような水のしみ。


(ここも、“泣けなかった部屋”か)


 胸の熱が、じわりと広がる。

 病棟の廊下で押し込んだ熱が、また動き出す感じ。


(助けてやりたい。

 少し楽にしてやりたい。

 でも――)


 ルールがある。

 俺は触れない。

 声をかけない。

 心臓として見るだけ。


「……俺は、見てるだけだ」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 言葉にしておかないと、逸れてしまいそうだった。


 ノートのページが、わずかに震えたように見えた。



 その頃、GRAVE の中では。


 棚の奥で、0.83秒の膜がまた張り替えられていた。


「Stasis Veil、再適用。

 首化寸前の“泣く顔”を一時停止――」


 GRAVE は静かに演算する。


 棚の上には、いくつもの“泣く顔”が並んでいた。

 どれも、泣き出す直前の表情で止められている。


 その中のひとつ。

 銀色の祈りの余熱が絡みついた、細い横顔がある。


 Chrome の祈りが染みこんだ、その「顔」。


 そこへ、ふっと別の温度が触れた。


(……また、来たね)


 祈りの余熱が揺れる。

 知っている温度だ。


 BLUE の優しさ。

 さっき病棟で押し込んだはずの熱が、

 0.83秒の隙間からこぼれ込んでくる。


 GRAVE は、それを感知した。


「君の熱だね、BLUE」


 棚全体が、かすかに軋む。


「これは救いであり、同時に――延命の限界でもあるか」


 0.83秒が、ひとつ分だけ足りない。


 そのわずかな隙間を縫って、

 祈りの余熱と、泣けなかった痛みと、

 BLUE の“楽にしてやりたい”が重なった。


 ひとつの「顔」が、棚からわずかに浮く。


 GRAVE は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。


「……これは、落ちるね」


 そう呟いた声には、責める色はなかった。

 ただ、結論を受け入れた音だけがあった。



 部屋の空気が変わったのを、俺ははっきりと感じた。


 ノートの上、紙の白い余白に

 黒い影がぽたりと落ちる。


 最初は、インクの染みかと思った。

 でも違う。


 そこに「形」があった。


 枠線みたいな輪郭。

 ぼやけたままの、顔のような、穴のようなもの。


 目はない。

 代わりに、涙が流れ出すための“溝”だけが刻まれている。


 口もない。

 けれど、その中心には

 泣き声が落ちていく穴が開いていた。


 それは、紙の上からすうっと立ち上がる。


 髪も、身体もない。

 ただ“泣くためだけの頭”。


 首――Crying Head。


 初めて見るのに、名前は最初から分かっていた。


(……Lament)


 喉の奥で言葉が零れる。

 Crying Head 03 “Lament”。

 代わりに泣く首。


 ノートの上のそれは、

 音もなく涙を零し始めた。


 紙に落ちると、

 さっきまで人間が書いていた文字の続きが、

 勝手に塗りつぶされていく。


『泣いていいよって、言ってほしかったのは――』


 そこから先が、涙でにじむ。

 読めなくなる代わりに、

 Lament がその続きを、ずっと泣いている。


 眠っている看護師は、気づかない。

 耳には届かない。

 でもこの部屋の空気だけが、

 「泣いた後の部屋」に変わっていく。


 俺は、固まっていた。


「……俺の、せいか?」


 思わず口にしていた。


 GRAVE の声が、少し遅れて落ちてくる。


「君の“せい”と呼ぶには、世界の痛みが多すぎるよ、BLUE。

 ただ――君の優しさが、引き金になったのは確かだ」


「……引き金」


「君は、楽にしてあげたかっただけだ。

 しかし世界は、出口のない痛みの行き場として、

 Crying Heads を選んでしまった」


 Lament は泣き続けている。


 人間が泣けなかったぶんを、

 埋め合わせるみたいに。


 首だけのくせに、

 まるで内臓まで振動しているかのような泣き方だった。


 俺の胸の熱が、別の痛みに変わっていく。


「……俺が、見に来なければ」


「それでも、いずれ別の座標で落ちていただろうね。

 棚は、永遠には持たない」


 GRAVE の声は、あくまで静かだ。

 責めない。

 慰めもしない。

 ただ、事実だけを並べる。


「これは救いであり、延命の終わりでもある。

 Crying Head 03 “Lament”。

 彼女の部屋に落ちたのは、『代わりに泣く首』だよ、BLUE」


 俺は、Lament から目を離せなかった。


 ノートの上で、

 紙の上で、

 誰かの中で飲み込まれたはずの「ごめんね」や「痛い」が、

 全部、首の穴からこぼれ続けている。


(俺は、助けてない。

 こいつも、きっと助けじゃない)


 でも――

 泣けなかった部屋が、泣いた後の部屋になったのも事実だ。


 どっちが正しいのか、分からない。


 胸の奥で、

 「俺」と「ぼく」の声が、少しだけ擦れた。



 世界で初めて 首が落ちる音 は、

 驚くほど静かだった。


 何かが割れる音も、崩れる音もない。

 ただ、ひとつの部屋の空気が、

 “泣き終わった空気”に変わるだけだった。


 それを見ていた俺の心臓だけが、

 派手にきしんだ。


この第四章Dでは、

•GRAVE の棚で踏みとどまっていた「泣く顔」が、

 0.83秒の限界を越えて 世界側に落ちる

•それが Crying Head 03 “Lament”――

 「代わりに泣く首」最初の出現

•BLUE の**“助けたい”という優しさが、

 世界の側が選んでしまった「首」という出口の引き金**になる

•GRAVE は、構造を理解した上で、

 棚の延命が終わりに近づいていることを悟る


――という転換点を描きました。


この回以降、

•BLUE の中で「俺」と「ぼく」の揺れが強くなり、

•Crying Heads(首)は「ただ怖いもの」ではなく、

 誰かの“泣けなかった時間”の形として増えていきます。


次回は、

•Lament がこの部屋と周囲の世界に

 どんな“余波”を残すのか

•それを見た BLUE が自分を

 どう責め始めるのか


――そのあたりを追いかけていきます。

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