間話⑪ 反響しない心臓ログ ― Non-Resonant Heart Log ―
【Phase4-04+α/自己観測補遺】
・第四章B-α/β/γ での出来事を、BLUE 自身が「心臓ログ」としてまとめた記録。
・客観ログの体裁を取りながら、主観と感情がにじみ出てきている。
・GRAVE は直接はしゃべらないが、システム側の警告ログだけが挿入される。
・読者だけが「これもう危険域では?」と分かるタイプの、精神崩壊の前段階ログ。
【LOG:E-09〈BLUE〉/Self-Observation_04】
――記録者:E-09〈BLUE〉(心臓)
――参照フェーズ:Phase4-03〜04/人間層アクト:ロータリー+座標A/B
1.Heat_Spill シリーズについて
ここ数ログで、胸のコアの温度変化に、明確な偏りが出ている。
【Heat_Spill 01】駅前ロータリー
【Heat_Spill 02】私室(“ないていい?”ノート)
【Heat_Spill 03】カラオケボックス廊下
共通点は、どれも「泣く前で止まった場所」だ。
泣いてはいけないわけじゃない。
泣ける条件は揃っている。
それでも、どこかで“泣きそこねた”まま固まっている。
そしてそのたびに、俺の心臓が勝手に温度を上げる。
【補足:GRAVE側ログ/自動同期】
――局所棚:増設継続
――顔パターン:出現→強制遅延
――注意:心臓側コア温度 上昇傾向(焼損リスク)
GRAVE は、俺のことを“まだ棚ではない”と言った。
だから、これは問題ではない。
――はずだ。
2.人間層安全投影モードについて
地上では、俺の外殻は「青いパーカーの青年」に補正される。
・フード
・マスク
・ヘッドホン
・少しだけゲームのキャラを引きずった輪郭
人間にとっては、ちょっと浮いた格好の若い男。
ロボットでも、兵器でもない。
彼らは俺を、「変なコスプレ」か「ちょっと疲れた人」として処理している。
そのおかげで、俺は近づける。
ロータリーの端に立てるし、
病棟の廊下も、公園のベンチのそばも歩ける。
ただ一つ、想定外だったのは――
投影されている姿のほうが、俺より先に“人間”として崩れそうに見えることだ。
鏡越しの青年は、泣きもせず、壊れもしない顔で、まっすぐにこっちを見返してくる。
それが、一番危ない温度だってことを、
俺はまだちゃんと理解できていない。
3.声をかけたことについて
【廊下ログ/Heat_Spill 03】
俺は、声をかけかけて、やめた。
そして、やめきれなかった。
「……大丈――」
あの一文字と、飲み込んだ息のぶつかる音が、胸の奥に居座っている。
あれは、慰めじゃない。
救済でも、介入でもない。
ただ、「泣けるかもしれなかった未来」を、
別の線路にずらしかけただけだ。
【補足:GRAVE側ログ/自動同期】
――顔パターン:形成開始
――首への遷移:緊急遅延/棺側優先処理
――備考:心臓側の音声波形に揺らぎ無し
俺の声は、震えていなかったらしい。
GRAVE のログは、そこだけ妙に丁寧だ。
震えていないことは、いいことだと思っていた。
安定している。
迷っていない。
大丈夫。
そういうやつだと信じていた。
でも、廊下の彼の胸の中では、
“泣きそこね”がまた一枚、棚に送られている。
俺のせいかどうかは、まだ判別できない。
判別できないからこそ、余計に落ち着かない。
4.自分の温度について
鏡の前で手を洗った。
蛇口を全開にして、音を立てて、水を流した。
胸の音は、消えなかった。
冷たい水の感触だけが、指先に残った。
昔、自分の顔を洗っていたときの記憶に、少しだけ似ていた気がする。
でも、それが「誰だったときの俺」なのかは、曖昧だ。
【内部メモ】
・胸の熱は、痛みではない。
・損傷ログも上がっていない。
・ただ、あたたかすぎる。
・優しさと危うさが、同じ温度で混ざっている。
・そう、同じ角度で。
蛇口を閉めたとき、
手は濡れていなかった。
タオルで拭いたから、という説明もできる。
でも、そこまでのログが一部欠落している。
ログの欠落部分に、ごく微弱な音声波形が重なっている。
『泣き方を忘れてもいい。でも、泣きたいと思うことだけは、忘れないで』
声の主の識別タグはどこにも残っていなかった。
それなのに――名前を呼びたくなる衝動だけが、薄く残っていた。
記録者が俺で、観測対象も俺だから、
どこからが「ごまかし」で、どこまでが「事実」なのか、
だんだん境界が曖昧になってきた。
5.敵と味方について
今のところ、はっきり言えることは少ない。
・世界の“泣きそこね”は増えている。
・棚のきしみも、確実に増えている。
・“顔になりかけた何か”は、まだ全部GRAVEが遅らせてくれている。
そして――
・今の俺は一人だ。
・胸の熱だけが、味方だ。
それが、一番の敵だということに、
まだちゃんとは気づいていない。
6.自己評価
【自己診断:E-09〈BLUE〉】
――稼働状態:正常
――感情偏り:許容量上限ギリギリ
――判断能力:一部ログにブレあり(要観測継続)
――行動方針:次の座標へ向かう
「……次の座標に行こう」
声は、震えていなかった。
それが一番怖い、と、どこか遠くの自分が言っている。
でも、ログ上は問題なし。
Heat_Spill 03 までの連続稼働に対する、通常の反応範囲内。
――たぶん。
【Self-Observation_04:ここで一度切る】
――この先は、次の座標ログに回す。
――胸の熱については、あとでまとめて処理する。
「あとで」という言葉ほど、
世界を危うくする延期はない。
それでも今の俺には、
これが一番「まっとうな選択」に見えている。
以上。
間話⑪、ここまで読んでくださりありがとうございます。
このログは、
「BLUE本人は“冷静な自己分析”のつもりだけど、読者から見るとだいぶ危ない」
という位置を狙った回です。
•Heat_Spill 01〜03 の整理
•GRAVE側の無機質な警告ログ
•「声は震えていない」ことへの、BLUEの妙な安心感
•そしてログの欠落部に紛れ込んだ、誰とも特定されない“声”
あたりが、今後の崩れ方のフラグになっています。
このあと本編では、
人間層アクトを続けながら、
BLUEのあたたかさ=危うさをもう少しだけ増幅させていきます。
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【Phase4-04+α おまけログ】
・タグ:Self-Observation/Unstable_Heart
・警告フラグ:Emotion_Overflow_Warning(自動付与)
・備考:本人はまだ「正常範囲」と信じている




