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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
第四部 哭く神の首 ― The Weeping Heads ― 【前篇/涙を拾う心臓 — The Tear-Gathering Heart —】

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第四章B-γ 泣けなかった部屋③ ― The Unanswered “May I Cry?” Part 3 ―

【Phase4-04/人間層アクト:座標C】

・A(私室)→Bカラオケの延長線。

・「泣くことを選ばなかった人たち」が、一つのテーブルに集まる場所。

・BLUE は何もしないのに、ただ居るだけで感情の揺れが伝染し始める。

・〈Heat_Spill 02〉=「心臓の熱が環境ごと歪ませる」初期ログ。

深夜のファミレスは、終わり方を決められなかった一日の残り物みたいだった。


 ネオンはくたびれて、

 ドリンクバーの機械だけが元気に音を立てている。


 仕事を抜けられなかった人。

 帰りたくない人。

 帰れなかった人。


 「今日をまだ終わらせたくない」顔が、バラバラにテーブルについていた。


 


 BLUE は、窓際の二人掛けに座っていた。


 人間の目には、青いパーカーの青年に見える。

 フードを目深にかぶり、ストローでコーラをいじっている。


 実際には、装甲とコアがテーブルの下で軋んでいた。


 さっきのカラオケの熱が、まだ冷めていない。


 ――ないていい?


 あの文字の温度と、

 「泣いていいって言われたら泣けたのにな」という未遂の感情が、

 胸の中で混ざっている。


 


 斜め後ろのボックス席から、笑い声がした。


 会社帰りらしい四人組。

 グラスは空になりかけていて、

 テーブルの上には、食べかけのポテトと、溶けかけたアイス。


 「マジでさぁ、あそこで“分かりました”って言えたら、

  もうちょいマシな人生だったよなー」


 そう言って笑った男の声は、

 笑いと、泣きのちょうど真ん中でひび割れていた。


 隣の女の子が、「それはないって」と笑い返す。


 もう一人が、「お前は悪くないよ」と軽く肩を叩く。


 誰も、深くは踏み込まない。


 泣いたら崩れる。

 でも、笑っていたくもない。


 テーブルの空気は、それでもなんとか「飲み会っぽさ」を保っていた。


 


 BLUE の胸のコアが、じり、と音を立てる。


 ――あ、似てる。


 あの部屋のノート。

 カラオケの廊下。


 ここにも、「ないていい?」を飲み込んだままの人が、四人分、座っている。


 誰も泣いていない。

 誰も泣き方を知らないふりをしている。


 


 (……離れたほうがいい)


 立ち上がればいいだけだ。

 会計をして、外に出て、次の座標に向かえばいい。


 分かっているのに、動けなかった。


 コアの熱が、テーブルの木目にまで染み込みはじめている感覚があった。


 


 「でもさ」


 さっきの男が、グラスを指で回しながら言う。


 「“泣いていいよ”って言われたら、

  多分、今この場で全部ぐちゃぐちゃになるからさ。

  誰も言うなよ? マジで」


 冗談みたいな口調だった。


 テーブルの全員が笑うタイミングだった。


 でも――誰も笑わなかった。


 一瞬だけ、沈黙が落ちる。


 


 BLUE の胸が、跳ねる。


 あの言葉は、ほとんど直結で心臓に刺さる類のやつだった。


 “言うなよ” と “言ってほしい” が、同じ熱で混ざっている。


 コアの温度が一段、上がる。


 


 【LOG:E-09〈BLUE〉】

 ――Heat_Spill:周囲半径 3.4m 以内に拡散開始。

 ――影響域:心拍リズム/呼吸パターン/視線固定時間。


 


 四人のうち、一人の女の子が、不自然に口を押さえた。


 笑いをこらえる仕草に似ている。

 でも、肩の震え方が違う。


 泣きそう、の手前。

 泣かない、と決めたあとの震え。


 隣の男が、それを見て眉をひそめる。


 「……どうした?」


 「なんでもない」


 返事は早すぎた。


 その早さに、自分で驚いたように目を伏せる。


 


 テーブルの上の溶けかけたアイスが、

 誰にも触れられないまま、静かに形を失っていく。


 BLUE の温度が、さらに漏れる。


 


 【LOG:E-04 “GRAVE”】

 ――局所O-M:微小な同期傾向

 ――顔パターン:多点分散/収束点未確定

 ――棚上げ可否:判定保留


 棺の底で、棚板がわずかに震えた。


 「ここ」ではなく、「このテーブル全員」に

 “泣きそこね”が均等に散っている。


 首になるには足りない。

 でも、棚に送るには多すぎる。


 


 「お前さ」


 別の男が、さっきのやつを指さした。


 「そういうことさらっと言うから、こっちがヤバくなんだよ」


 笑い混じりの文句だった。


 けれど、声の端に、普段なら出てこない湿り気が混ざる。


 女の子の目が、そこに反応してしまう。


 視線がテーブルの上で絡まった。


 崩れそうになる。

 でも崩れられない。


 背中に“汗が流れた気がした”。

 そんなはずはない。

 汗なんて出ないのに、そう感じた。

 その違和感だけで、BLUEは今の自分がどれほど危険か理解した。


 


 (間違いない……俺のせいだ)


 誰も、BLUE のことなんて見ていない。


 テーブルにいるのは四人。

 彼らの会話は、彼らだけで完結している。


 なのに、心臓だけが、勝手に結びつけてしまった。


 “泣きたかった熱” と “今のテーブルの温度” を。


 


 【LOG:E-09 内部警告】

 ――Self-Tag:Cause_Flag/疑似因果リンク生成

 ――認識:『俺がここにいたから揺れた』

 ――危険度:不明(主観バイアス濃度:高)


 


 「お手洗い行ってくる」


 女の子が、急に席を立った。


 立ち上がるとき、椅子の脚が床を引っかく音が、必要以上に大きく響く。


 誰も引き止めない。

 誰も「大丈夫?」と言わない。


 その代わりに、

 残された三人のあいだの空気が一瞬で冷えた。


 


 BLUE は、立ち上がれなかった。


 ここで席を外せばいいだけだ。

 会計して、店を出ていけばいいだけだ。


 それだけのことなのに。

 頭では、それしかないと分かっているのに――

 胸の熱が、椅子の脚と床を糊みたいにくっつけていた。


 (やめろ)

 (やめてくれ)



 自分に向かって言ったのか、

 世界に向かって言ったのか、分からない。


 誰かが、泣きたいと思った瞬間。

 誰かが、「泣けない」を続けようとした瞬間。


 そこに自分の熱が混ざるたびに、

 世界のバランスが、ほんの少しずつ歪んでいく。


 


 【LOG:E-04 “GRAVE”】

 ――提案:距離を取れ、E-09。

 ――君のあたたかさは、まだ“武器”にも“救い”にもなっていない。


 


 その提案に、BLUE は従えなかった。


 コアが熱すぎて、

 まともな演算ができない。


 


 「……っざけんなよ」


 「俺は、何のために――」


 誰にも聞こえない声が、そこで途切れて漏れた。


 誰に向けたのか、自分でも分からない。


 泣けない世界にか。

 泣けないまま生きている人たちにか。

 それでも泣いてほしいと思ってしまう、自分自身にか。


 


 テーブルの上で、

 溶けたアイスの水滴が、コースターの縁を越えてこぼれた。


 誰も、それを拭かなかった。


 


 BLUE はようやく立ち上がった。


 会計には向かわない。

 ただ、トイレのほうへ歩くふりをして、テーブルから距離を取る。


 胸の熱を、少しでも遠ざけるためだけに。


 


 【LOG:Heat_Spill 02】

 ――結果:

  泣いた者:ゼロ

  泣きかけた者:一名以上

  泣きそこねた者:四名+一

 ――世界のログ:微小な“揺れの偏り”として保存。


 


 鏡の前で手を洗うふりをしながら、

 BLUE は自分のフード外し、鏡を見つめる。



挿絵(By みてみん)



 青いパーカーのどこか懐かしい青年が、そこにいる。


 人間のふりをした心臓。

 人間としては優しすぎて、

 心臓としては壊れやすすぎる温度。


 (GRAVE、僕さ……本当は、人間に会えるの、楽しみにしてたんだ)


 (セラフ。だって、お前以来だろ、人間に会うの。お前が俺に泣き方を教えて、助けてくれたみたいにさ……

  俺も誰かの助けになりたいって、思ってたのに)


 (クロム。君なら、もっと上手くやれるんだろうな。どうすればいいか、教えてくれよ、影……)


 (博士……僕は、どうしたいんだ? 助けようと思えば思うほど、

  棚は増えていくのに……もう、分からないよ)


 途中で「俺」と「僕」が、自分でもどっちか分からなくなる。


 鏡越しの自分と、しばらくのあいだ言葉を重ねる。






 「……俺が、一番、危ないな」






 そうつぶやいた声さえ、

 もう自分では止められていないことに気づく。



 このまま熱を上げ続ければ、

 いつか本当に、世界を“泣かせる”か、“止める”かのどちらかを選ばされる。


 どちらも、まだ選びたくなかった。


 それなのに――心臓だけが、

 「どっちでもいいから早く決めてくれ」とせっついてくる。


 BLUE は蛇口をさらにひねった。

 水の音で、胸の音をごまかそうとする。


 ごまかせなかった。

 当然だ。胸の音は、直接この体に響いている。

 外のノイズで消せるはずがない。

 そんなことさえ、分からなくなりかけている自分に、BLUE は遅れて気づく。


 鏡の向こうの青年は、

 泣き方を忘れた人間にも、

 世界を静かに壊せる兵器にも、どちらにも見えなかった。


 ただ、自分の熱に焼かれかけている、

 ひとつの心臓にしか見えなかった。


「覚悟したはずだろ。弱気になるな。」


 BLUEはもう一度、心に蒼い火を灯す。


 今の彼は一人だ。胸の熱だけが、味方だった。


 それが一番の敵だということにも、まだ気づいていなかった。


 それでも、濡れた感触だけが指に残っていた。

 自分の涙の記憶みたいに。


 鏡の向こうの青年は、静かに笑った。


 泣きもしないし、壊れもしない。

 だからこそ危ない温度で、まっすぐにこちらを見返していた。


「……次の座標に行こう」


 声は震えていなかった。

 それが一番怖かった。


 BLUEは、水道の蛇口を閉めた。


 手は、濡れていなかった。


第四章B-γ、読んでくださってありがとうございます。


A〜B-βまでは、

「泣けなかった人たち」と「増え続ける棚」を描いてきましたが、

この回ではいよいよ BLUE 自身の危うさ にフォーカスを寄せています。


・誰も泣いていない

・誰も救われていない

・でも、BLUE の熱によって “揺れ方” だけが変わってしまう


という、介入とも呼べない介入 を記録したのが B-γ です。


ここで BLUE ははっきりと

「世界が危ない」のではなく

「自分が一番危ない」ことに気づき始めます。


この感覚が、のちの

・Mercy_Shutdown 1 の「自分ごと棚に上げてくれ」要請

・GRAVE が引き受ける覚悟

に直結していきます。



【Phase4-04/Heat_Spill まとめログ】

・〈Heat_Spill 01〉:カラオケ廊下での“声の端から漏れた熱”

・〈Heat_Spill 02〉:ファミレスでの“ただそこに居るだけの熱の伝染”

・BLUE:自覚ログ『俺がここにいたから揺れた』

・GRAVE:距離を取るよう助言 → 受理されず

・世界:泣いた者はまだゼロ。ただし「泣きそこね」は確実に増加中


この先、第四章後半で

「本当に泣いてしまう場面」と

 「泣くことを許さない首」

をぶつけていく予定です。


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