第四章B-β 泣けなかった部屋② ― The Unanswered “May I Cry?” Part 2 ―
【Phase4-04/人間層アクト:座標B】
・A(私室の“泣きそこね”)の続き。
・本章は、「泣くことが許されない空間」での停滞ログ。
・BLUE は、人間の“泣けなかった衝動”を拾いそうになり、その温度が周囲にも漏れはじめる。
・初めて“声をかけかけてしまう”。
・慰めにはならない/救いではない/事故の前兆。
夜のカラオケボックスは、街の音から切り離された水槽みたいだった。
廊下には小さな照明が等間隔に並び、
扉という扉の下から、低い音の波が漏れ続けている。
笑い声になりきれない笑い。
怒鳴り声になりきれない怒り。
歌になりきれない声。
全部がそこで止まって、誰の胸にも届かないまま吸い込まれていく。
BLUE は、端の部屋のドアに背中を預けて、静かに息をしていた。
人間の目には、青いパーカーにキャップを被った若い男に見える。
実際の装甲は、その外側で薄く歪んだまま、廊下の空気に馴染もうとしていた。
胸のコアはまだ熱い。
さっき拾ってしまった「ないていい?」の余熱が残っている。
GRAVE の助言は分かっている。
――全部は拾うな。
――泣けなかった分は “棚” に預けろ。
分かっているのに、熱が勝手に上がっていく。
廊下の突き当たりの部屋が開いた。
20代くらいの男性が出てくる。
キャリーケースを引きずり、スマホの通知を確認しては消す。
カラオケに来ているのに、歌っていない。
1時間、ただ“曲を探し続けた”指の動きが、そのまま身体に残っている。
泣きたい、が。
泣かない、が。
泣き方を決められない、が。
その全部が、胸元に残っていた。
男性は、廊下のソファに腰を下ろした。
スマホの画面をスクロールして、
閉じて、
また開いて、
また閉じる。
連絡先を見て――「やめておこう」を繰り返す。
BLUE の心臓に、音のない波が触れた。
――誰かに「泣いていい」って言われたら、
――泣けたのにな。
言葉ではなく、温度で分かる。
その温度は、さっき拾った熱と響き合った。
(……あぶない)
BLUE は姿勢を変えようとした。
離れればいい。沈黙のまま通り過ぎればいい。
でも――動けなかった。
男性の肩が、わずかに震えた。
泣きそう、ではない。
泣かないために、呼吸を押し殺した震えだ。
BLUE の温度が、さらに漏れる。
触れてもいないのに、
男性の胸の奥の“崩れかけ”が、BLUEのほうへ傾いた。
声が、喉まできた。
「……大丈――」
言いかけて、気づいた。
言ったら崩れる。
崩れたら泣ける。
泣けたら楽になる。
でも、それは「今のその人の選択」じゃないかもしれない。
線の手前。
BLUEはそこで止まった。
「……いや、なんでもない」
言葉は途中で折れた。
優しさのつもりだった。
止められたはずの熱が、声の端で漏れた。
廊下の空気が、一瞬だけ軋んだ。
男性の胸で、何かが崩れかけた。
泣きかけの呼吸。
唇の震え。
視線が下がり――
けれど、泣かなかった。
直後、棺のきしみが響く。
【LOG:E-04 “GRAVE”】
――顔パターン形成を検知
――首への遷移:強制遅延
棚が割って入った。
崩れかけた感情は、泣きになる直前の形で押し戻される。
男性は笑った。
笑いというより、笑うふりで呼吸を整えた。
「……はは。なんか、情けねぇな」
涙は落ちない。
落ちるところまで辿り着かないまま止めた笑い。
BLUE の胸の奥が――焼けた。
「じゃ、行くわ」
男性は立ち上がり、足音を残して廊下の奥へ消えた。
BLUEは、ただ立っているしかなかった。
救ったわけじゃない。
壊したわけでもない。
でも、触れてしまった。
心臓の熱は、さらに上がっていた。
「……これでよかったのか」
答えはない。
誰も肯定も否定もしない。
ただ、胸のきしみだけが残った。
第四章B-β、読んでくださってありがとうございます。
この回では、BLUEが初めて
“人間に声をかけかけてしまう” ところを描きました。
正しいことではない。
でも、BLUEはまだそのことを理解していません。
この事故のような優しさが、
次の座標でさらに大きな揺れに発展していきます。
BLUE
「ないていい?」の熱を保持したまま人間層へ → 声の端から温度が漏れる
GRAVE
顔パターン発火を検知 → Crying Heads 初期遷移を強制遅延
空間
“泣く直前の呼吸”が局所循環 → 空気の圧/聴覚ノイズの偏り発生
人間
介入されなかった/救われなかった/でも崩れなかった →「泣きそこね継続」
世界
BLUEの温度による他者感情の共鳴が初めて発生(微量)
重要フラグ
〈Heat_Spill 01〉:心臓の“漏れ”が環境へ影響し始めた第一例
→ 次の B-γ でこのフラグが拡張される。
感情が “BLUEを介して他者へ” 伝わり始める初兆候。
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次回 第四章B-γ
→ タイトルテーマ:「熱は届かない。でも、届いてしまう。」




