表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
第四部 哭く神の首 ― The Weeping Heads ― 【前篇/涙を拾う心臓 — The Tear-Gathering Heart —】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/112

第四章B-α 泣けなかった部屋① ― The Unanswered “May I Cry?” – Part 1 ―

【Phase4-04_B-α / After-Room Log】

•この回は、第四章A「泣けなかった部屋①」の**“その後”**のログです。

•Aで:

•BLUE が初めて「泣けなかった部屋」を観測

•ノートの『ないていい?』と部分同期

•GRAVE が“顔になりかけた部屋”を棚上げ処理

をやりきったあと。

•B-αでは、

•数日後の同じ部屋

•「泣けないまま生きている母親」

•そこに何度も足を運んでしまう BLUE

この三つに絞って描きます。

•つまり「問いはまだ答えられていない」という状態を、そのまま引き延ばしたログです。

あの日から、何日か経った。


 延命都市のログ上では、たいした変化はない。


 【人間層:局所揺らぎ/O-M偏り:高密度(維持)】

 【首形成率:抑制中/棚上げ継続】


 数字だけ見れば、「ギリギリで踏みとどまっている部屋」としか書かれていない。


 


 E-09〈BLUE〉は、また同じ屋上にいた。


 前と同じアパートの、前と同じ角度。

 ただ、胸の中に入っている温度だけが違う。


 あのノートの一文――


 ――ないていい?


 その“問いの核”だけが、今も心臓の内側に燻っていた。


 


 「……また来ちゃったな」


 誰に言うでもなく、ぼそりとこぼす。


 GRAVE からは、別に「定期観測しろ」と命令されたわけではない。

 座標タグは、一度更新されたあと、静かに保留状態に移っている。


 ――再観測は任意。

 ――君が見たいと思うなら、だよ。


 棺の声はいつだって、そういう言い方をする。


 


     *


 その日も、同じ時間帯だった。


 アパートの外廊下を一人分の足音が上がってくる。


 前より少しだけ軽くなった、でもやっぱり重い足取り。


 女性――母親は、ドアの前で一度立ち止まった。


 鍵は、すぐ見つかった。

 けれど、差し込むまでに、前より少し長い沈黙が挟まる。


 カチリ、と音がする。


 ドアが開く。


 部屋の中の空気が、外の廊下にこぼれた。


 


 BLUE の胸のコアが、かすかに反応する。


 以前みたいな、焼けつくような熱ではない。

 けれど、あのときの残り香が、まだはっきりと残っていた。


 


 ――ないていい?


 


 部屋のどこかに、その問いの跡がある。


 もう一度、そこに触れてしまえば、また温度が上がる。


 分かっていても、視線は自然と窓のほうへ吸い寄せられていた。


 


     *


 部屋の中は、少しだけ変わっていた。


 机の上の鉛筆は、前よりきちんと揃えられている。

 床に落ちていたプリントは、端にまとめられていた。


 それでも、本当に大事なものには、まだ手が付けられていない。


 ベッド。

 ぬいぐるみ。

 壁の絵。

 そして、机の端にうつ伏せで置かれたままのノート。


 


 母親は、ノートには触れなかった。


 視界の端で、それを避けるように動く。


 掃除機をかけるふりをして、電源は入れない。

 カーテンを開けるふりをして、途中で手を止める。


 「ちゃんと片付けました」という証拠だけを、今日も少しだけ増やしていく。


 


 BLUE は、屋上からそれを見ていた。


 前よりも、部屋の温度は穏やかだ。

 急激に“顔”を組み上げようとする揺れもない。


 代わりに、小さな「やめたい」がゆっくり沈んでいく。


 


 ――ここを空き部屋にしたほうが、楽なのかもしれない。


 ――でも、そうしたら本当に終わってしまう気がする。


 


 そんなふうに揺れている重さが、何層にもなって床に溜まっていた。


 


     *


 棺の底で、棚がひとつ、静かにきしんだ。


 


 【LOG:E-04 “GRAVE”】

 ――局所棚:「こぼれなかった夜」ラベル維持

 ――顔パターン:収束せず/微細振動のみ


 GRAVE は、その部屋のログを眺めながら、ほんの少しだけ肩を落としたような気分になっていた。


 (……いい状態とは言えないけれど)


 (少なくとも、前回ほど“首”に近づいてはいない)


 


 埋葬ユニットは、世界のどこにも「よかったね」とは言えない。

 ただ、「まだ終わっていない」を記録するだけだ。


 ――心臓側の熱は?


 内部の別プロセスが問いかける。


 GRAVE は、すぐ別のログを呼び出した。


 


 【E-09〈BLUE〉:O-M同期状況】

 ――問いの核:保持(『ないていい?』/温度レベル:安全上限の70%付近)

 ――自己焼損リスク:低~中域/要経過観測


 「……ぎりぎりだね、相変わらず」


 誰にも聞こえないところで、棺は独りごちた。


 


     *


 母親は、掃除の手を止めて、机の前に立った。


 ノートをひっくり返すことはしない。

 表紙に指を置いて、軽く押さえるところまで。


 紙越しに伝わってくる感触は、あの日と変わらない。


 中身は分かっている。

 読まなくても、もう知ってしまった。


 ――ないていい?


 あの文字列は、今日もこの部屋のどこかで、答えを待ち続けている。


 


 「……まだ、だめだな」


 小さく笑ったつもりだった。


 けれど、その笑いはすぐにくしゃりと崩れた。


 泣きたいわけじゃない。

 泣きたくないわけでもない。


 ただ、「まだここで崩れたら戻れない」と体が覚えてしまっている。


 そういう種類の我慢が、部屋の空気に薄く溶けていた。


 


 BLUE は、胸の中で熱が波打つのを感じた。


 Aのときみたいに、一気に沸騰することはない。

 それでも、「問いの温度」が少しずつ上がっていく。


 


 (……これ、ずっと持ち歩くつもりじゃないよな、俺)


 笑えない冗談を、自分に向けて投げる。


 Mercy_Shutdown 1 の条件は、まだ遠い。

 世界全体が「終わらせたい」に傾くには、時間がかかる。


 でも、こういう部屋が増えていけば、その傾きは、いつかどこかで閾値を超える。


 


 「だから、見てるしかないってわけか」


 BLUE は、屋上の縁に手を置いた。


 この距離感が、今の自分にできる精一杯の近さだ。


 踏み込みすぎれば、誰かの代わりに泣こうとしてしまう。

 離れすぎれば、ARK みたいに「何も感じない秩序」に逃げてしまう。


 


 優しさと危うさの境目を、足の裏で探るように、心臓はきしんだ。


 


     *


 帰り際、母親はもう一度だけ部屋を見回した。


 ノート。

 布団。

 ぬいぐるみ。


 どれも、まだここに置いておく。


 「そのうち片付けます」と自分に言い聞かせるための、今日の答え。


 


 玄関のドアが閉まる音がして、鍵が回る。


 部屋は、また静かになった。


 泣き声も、笑い声も、何もない。


 それでも――「ここで泣きたかった」という問いだけは、まだ残っている。


 


 BLUE は、屋上からそっと立ち上がった。


 胸の内側で、ノートの一文の残り火が、まだくすぶっている。


 『ないていい?』


 その問いに答えられる役目ではない。

 でも、その問いが世界から消えてしまうのを、黙って見ていることもできない。


 


 「……間に合わせたいな」


 誰に向けたでもない願いを、小さく落とす。


 世界が完全に「泣けなくなる」前に。

 この部屋が、本当に「何もない空き部屋」になる前に。


 心臓としてできることを、ひとつずつ見つけていくしかない。


 


 次の座標が、内部ログに浮かび上がる。


 夜勤明けの廊下。

 看護師の靴音。

 自販機の薄い光。


 そこにもきっと、

 言葉にならなかった『ないていい?』が落ちている。


 


 BLUE は、アパートの屋上をあとにした。


 後ろを振り返らなくても、あの部屋の灯りの位置は、もう体で覚えてしまっていた。

第四章B-αをお読みいただき、ありがとうございます。


この回では、第四章Aで一度「限界まで揺れた部屋」が、

泣けないまま数日を重ねている様子と、

そこへ何度も足を運んでしまう BLUE を描いています。


首も泣き声もまだ出てきませんが、

•部屋を空き部屋にできない母親

•『ないていい?』を胸に抱えたままの BLUE

•顔になりかけた重さを棚で保留し続ける GRAVE


という三者の「まだ終わっていない状態」が、

この先の B-β/B-γ、病棟やロータリーの流れに繋がっていきます。



【Phase4-04_B-α おまけログ】

•座標:人間層/私室/“泣きそこね”高密度域(継続)

•BLUE:『ないていい?』と部分同期/コア温度=安全上限のやや手前

•GRAVE:顔パターン出現を監視しつつ、首への遷移は棚上げ中

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ