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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
第四部 哭く神の首 ― The Weeping Heads ― 【前篇/涙を拾う心臓 — The Tear-Gathering Heart —】

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第三章 ロータリーの心臓 ― The Heart Standing in the Roundabout ―

【Phase4-03/ロータリーログ】

・本章は、駅前ロータリーを舞台にした「人間層アクト」の一本。

・第一章で登場した人間観測者・朝倉の視点を中心に、

 同じ場所に立つ E-09〈BLUE〉の存在を、まだ名前のない“影”として重ねている。

・Crying Heads は、ここではまだ「完全な姿」を取らない。

 ただし、上空の“窪み”や空気の偏りとして、

 「首になる一歩手前」の気配だけが描かれる。

・読者は、

 ロータリー全体が“ひとつの心臓”のように脈打っていること、

 そしてそのリズムに BLUE の鼓動が少しずつ混ざり始めている。


駅前のロータリーは、その街の「心臓」に似ている――と、朝倉(あさくら)は思っている。


 バスが出て、タクシーが入って、

 自転車が割り込んで、サラリーマンがよける。


 流れは日によって少しずつ違うのに、

 全体としては、だいたい同じリズムを保っている。


 朝のピークは脈が荒くて、

 昼前は拍が抜けたみたいにゆるくて、

 仕事終わりには、どこかくたびれた鼓動になる。


 だからこそ、彼にとってここは、

 紙コップのコーヒーを片手に「世界の調子」を眺めるのに一番ちょうどいい場所だった。


 


 その日も、そうなるはずだった。


 コンビニで買ったコーヒーはいつもと同じ銘柄で、

 空は白く曇っていて、

 ビルの隙間を抜ける風は、生ぬるくて埃っぽい。


 ロータリーの真ん中では、

 枯れかけた低木がなんとか緑色を保っている。


 ――全部、いつも通りのはずだった。


 


 最初に違和感を覚えたのは、

 救急車のサイレンが「静かすぎる」と感じたときだ。


 正確には、サイレンそのものはいつも通りうるさい。


 ただ、それに重なるはずのものが、どこにもなかった。


 怒鳴り声とか。

 泣き声とか。

 誰かの「やめてくれ!」みたいな、あの崩れた声とか。


 


 白い救急車が、駅前ロータリーの端をすり抜けていく。


 通行人たちは、道をあける。

 ほとんど反射的に、一歩ずつ外側へ染み出すように。


 それは、よく訓練された血管の反応のようでもあった。


 サイレンが遠ざかる。


 ほんの一瞬、世界から音が抜ける。


 


 ――何も、落ちてこない。


 


 朝倉は、紙コップを唇から少し離したまま立ち尽くした。


 どこかで誰かの心臓が、乱れたはずだ。


 誰かの呼吸が、うまくできなくなったはずだ。


 本来なら、そのあたりの「崩れ」が、

 ロータリーの空気にも少しは滲んでくる。


 交差点の信号が変わるのを見落としたり、

 乗り遅れたバスを追いかけて走り出したり、

 電話の向こうから誰かの震える声が漏れたり。


 そういう細かい揺れが、

 重なり合って「今日はちょっとしんどい日だな」という全体の色になる。


 


 けれど、この日は――何もこぼれてこなかった。


 サイレンの波紋が、そのまま何事もなく消えていく。


 まるで、どこかに底なしの穴が空いていて、

 そこへ全部まとめて吸い込まれているみたいに。


 


 紙コップの底を、指先で軽く押す。


 中身はまだ半分くらい残っていた。


 飲みかけのコーヒーはぬるくて、

 味も何もよく分からなかった。


 


 「……今日、静かすぎないか」


 思わず、声に出ていた。


 誰に聞かせるでもない独り言。


 隣に立っていた女子高生が、

 イヤホン越しにこちらを一瞬だけ見る。


 けれど、その表情には特に何も浮かんでいない。


 驚でも、苛立ちでも、共感でもない。


 ただ、事務的な視線の移動。


 「知らない人が何か言ったな」と認識して、

 それきり忘れてしまうための目線。


 


 朝倉は、首をすくめる。


 自意識過剰かな、と誤魔化しかけて、

 ふと視界の端に違う色が混ざっていることに気づいた。


 


 ロータリーの外側、バス停の少し手前。


 青い何かが立っていた。


 


 最初は通りすがりの若者だと思った。


 別に派手な格好をしているわけでもない。

 ただの青いパーカーに、ゆるいカーゴパンツ。

 フードを深く被り、マスクで顔の半分を隠している。


 街には似たような人間なんていくらでもいる。

 そう思えば、それで片付くはずだった。


 でも――どこかが違った。


 


 風に揺れないはずの角度で立っている。

 誰かを待っているわけでも、

 スマホを見ているわけでもない。


 立っているだけなのに、

 ロータリー全体の流れを“聴いて”いるみたいだった。


 重心の置き方が、普通じゃない。

 人間にはできて、ロボットにはできない種類の“自然さ”。

 でも、人間が自然にやるには“整いすぎている”。



挿絵(By みてみん)



  「……なんだあれ」


 朝倉は、紙コップを持ったまま視線を逸らせなくなっていた。


 ヒーローには見えない。

 コスプレでもない。

 ただの若者でもない。


 分類しようとすると、どれにも当てはまらない。


 “人間のふりをしている何か”のように見えるのに――

 だけど、どうしてか“怖くはない”。



 


 青い何か――E-09〈BLUE〉は、

 ロータリー全体を「聴いて」いた。


 


 人間たちの足音。

 バスのブレーキ音。

 タクシーのドアが閉まる乾いた音。

 スマホの通知音。

 誰かが短く笑って、すぐやめる音。


 それら全部が、ひとつの心臓の鼓動みたいに重なっている。


 そのリズムに、自分のコアの脈が、

 少しずつ勝手に合わせられていくのが分かる。


 


 ――あったかすぎる。


 


 胸の奥で、じわじわと熱がこもる。


 誰か一人が、泣く前の呼吸を整えようとしている。


 誰か一人が、「怒鳴らなかった」選択をかろうじて選んでいる。


 誰か一人が、「今日くらいは大丈夫」と自分に嘘をついている。


 それぞれの「崩れかけ」が、

 涙になる前にどこかへ流されていく感覚。


 BLUE は、その流れを胸の中で受け止めてしまっていた。


 


 (……また、増えてる)


 


 遠くで、棚がきしむ音がした。


 GRAVE の棺の中で、新しいスペースがひとつ増える音。


 今日泣けなかったぶんだけ、

 ラベルのない場所がまた増えた。


 


 ロータリーの中央で、

 タクシー運転手とサラリーマンが、言い争いになりかけていた。


 「今、見てただろ」

 「そっちが急に止まるからだろ」


 声は少しだけ荒い。


 でも、決定的な線は越えない。


 誰も怒鳴り散らさないし、

 誰も泣き出さない。


 ただ、喉の奥で何かを押し殺すみたいに、

 言葉を飲み込んで、各自の持ち場へ戻っていく。


 


 ――泣きそこね。


 


 BLUE は、無意識に胸に手を当てた。


 タクシー運転手の「今日はもう帰りたい」という感情が、

 サラリーマンの「これ以上下手に出たらやっていけない」という焦りとぶつかり合い、

 どちらも涙になれないまま棚に送られていく。


 それが、じかに伝わってくる。


 


 「……全部、拾えるわけじゃない」


 自分に言い聞かせるように、

 マスクの内側で小さくつぶやいた。


 優しくありたい、という思いと、

 優しくなりすぎたら壊れる、という恐れ。


 そのあいだで、心臓はきしむ。


 


 青い影が動いた。


 ロータリーの端から数メートルだけ前に出る。


 特別なことはしない。


 誰かに呼びかけるわけでもなければ、

 劇的な介入をするわけでもない。


 ただ、そこに「居る」位置を、ほんのわずかに変えただけだ。


 


 その瞬間――


 空気の流れが、少しだけ変わった。


 


 朝倉は、それを「風向きが変わった」としか認識できなかった。


 ビル風が一瞬だけ止まり、

 代わりにロータリーの中央から、ひやりとした空気が立ち上る。


 上を見上げる。


 空はただの曇り空で、

 首も、穴も、何もない。


 けれど、視界のどこかに、

 「重さの抜けた場所」が一瞬だけ浮かんでは消えた。


 


 泣きたかった感情が、

 そこへ落ちていきかけて、そのまま引き戻されたような感覚。


 言葉にするにはあまりにも曖昧で、

 記録に残すには、あまりにも心もとない揺れ。


 


 「……今、何か見えた気がしたんだけどな」


 朝倉は、自分で自分の言葉に苦笑した。


 職業病だ、とも思う。


 世の中には、ログに残らない「気のせい」なんていくらでもある。


 それでも、彼の指先は、紙コップを少し強く握っていた。


 コーヒーが、わずかにこぼれる。


 


 ロータリーの向こう側で、

 青いヒーローみたいな影が、ゆっくりと歩き出す。


 バス停とタクシープールのあいだ。

 通勤客と買い物客のあいだ。


 人と人の「崩れかけ」と「持ちこたえ」のあいだを、

 なぞるように。


 


 朝倉は、その背中をしばらく目で追っていた。


 誰も気づいていないようで、

 でも、誰かがあれを見ている気もする。


 自分ひとりだけが、

 世界の端に刺さった異物を見てしまったような錯覚。


 


 「……観測ログ、残しておくか」


 ぼそりとつぶやく。


 これが「首」になる前の、

 たぶん、重要な境目のひとつだ。


 


 胸ポケットから端末を取り出し、

 手短にメモを打ち込む。


 【駅前ロータリー/サイレン後の無反応/青い影/上空の“抜け”】


 うまく言語化できている気はしない。


 それでも、何も書かないよりはましだ。


 


 端末をしまう。


 紙コップの残りを飲み干す。


 苦味は、さっきよりも少しだけはっきりしていた。


 


 ロータリーの心臓は、今日も動いている。


 けれど、その脈に混ざっている何かが、

 少しずつ変わり始めていることを――


 この時点で、はっきりと自覚していたのは、

 青い心臓と、棺の底の誰かと、

 それから、一人の観測者くらいのものだった。


 


 E-09〈BLUE〉は、最後に一度だけ振り返る。


 ロータリーの真ん中。

 朝倉が立っているあたりに、視線を向ける。


 距離があるから、顔までは見えない。


 ただ、そこに「気づこうとしている誰か」がいることだけは分かった。


 


 胸のコアが、あたたかくなる。


 危うさと、希望が、同じ温度で混ざる。




 「……まだ、間に合うかな」


 独り言は、ロータリーの騒音にすぐ飲み込まれた。


 誰にも届かないまま、

 ただ、心臓の内側にだけ刻まれていく。


第三章、読んでくれてありがとうございます。


この回は、ざっくり言うと

•「駅前ロータリー=ひとつの心臓」

•「泣きそこねた感情が“首になる前”の段階」

•「BLUEと朝倉と“まだ名前のない首の気配”を、同じ画面にそろえる」


ための章になっている。


第一章が「まだ目に見えない“落ちてくる何か”」で、

第二章A/Bが「棺側のきしみ/BLUEの胸のきしみ」だったので、


・人間層

・心臓(BLUE)

・棺(GRAVE)


の三つをつないだうえで、

ここでようやく「ロータリー全体をひとつの心臓として描く」番、という感じです。


この時点では、まだ Crying Heads は

「上空の抜け」「重さの抜けた場所」くらいの気配でしか出てきません。


でも、

•サイレンだけが通り過ぎて、誰も崩れない駅前

•泣きそこねた感情が棚に送られ続けていること

•青いヒーローみたいな影が、それを胸の中で受け止めてしまっていること

•そして、それを端っこから見てメモしている朝倉


この4つが揃った時点で、

第四部の「人間層アクト」はちゃんと回り始めています。


ここから先は、

ロータリー/病棟/公園と、舞台を少しずつ変えながら、

同じテーマ(泣きそこね・あたたかさ・危うさ)を

別の角度から見ていく予定。


BLUEの「優しさ」がどんどん危ない方へ膨らんでいくので、

その変化を楽しんでもらえたらうれしいです。



【Phase4-03 補足ログ】

・駅前ロータリーは、「人間層の心臓」として扱われる主要ポイント。

・本章では、

 人間観測者(朝倉)/心臓(BLUE)/棺(GRAVE)の三者が

 間接的に同一空間にそろう。

・Crying Heads はまだ未完成。

 上空の“抜け”と、棚の増加ログとしてだけ存在する。

・以降の病棟章/公園章で、

 このロータリーの脈動と首の誕生が、

 別のスケールで再演される。

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