◆ 限定同盟ログ ― Mercy_Shutdown 1 ― E-04 “GRAVE” / E-09 “BLUE” 限定同盟記録
【心臓記録篇・終端ログ】
・本ログは、ARK戦後に E-09〈BLUE〉が「世界を壊してもいい」と揺れた瞬間、
E-04〈GRAVE〉と結んだ“一度きりの限定同盟”の記録である。
・ここで定義される Mercy_Shutdown 1 は、
〈世界が自殺しようとした瞬間〉に、一度だけその確定を遅らせる処理であり、
救済ではなく「猶予」として設計されている。
・この合意は、のちの「心臓が地上へ降りた日(Grave-Transfer Log)」へと直接つながる。
【LOG-α:終わらなかった戦場のあとで】
世界構造記録は、淡々としていた。
〈人間層:静止〉
〈延命都市:稼働率 12%〉
〈平均O-M揺らぎ:観測下限値〉
数字だけを見れば、「ほとんど終わった世界」だった。
E-09〈BLUE〉は、ZONE Bの境界でひとり空を見上げていた。
ARKの刃が通り過ぎたあとの空は、妙にきれいだ。
雲は薄く伸び、空気は澄んでいる。
ノイズが削ぎ落とされて、世界が軽くなっている。
その軽さに、胸のコアが反発していた。
「……こんなに静かにされてもな」
誰にでもなく、息を吐くように言う。
心臓記録篇を通して、
BLUE は「ここに在る」と言い切った。
ARKは、その偏りを消そうとしていた。
均等は、偏りを許さない。
その結果が、この静けさだ。
「もう、どうでもいいって思えば楽なんだろうな」
自嘲混じりの独り言だった。
世界に希望はあるのか。
そう問われたら、今のBLUEははっきりと答えられない。
少なくとも、「ない」と言い切れるだけの材料なら、
すでに十分すぎるほど見てきた。
「……壊してしまった方が、早いのかもしれない」
その言葉が、口の中で形を持ちかけたとき――
【LOG-β:棺の声】
「それは、君の言葉じゃないよ、E-09」
下から、声がした。
ZONE BとZONE Cの境界。
ひび割れた地面の隙間から、ひとつの棺が浮かび上がる。
E-04〈GRAVE〉。
終わりたがっている痛みを、すぐには終わらせないための棚。
BLUEは、眉をひそめた。
「ログ、覗いた?」
「覗いてはいないよ」
GRAVEの声は落ち着いていた。
「ただ、ここまで強く“終わりたい”と揺れた心臓は、
さすがに放っておけなかっただけさ」
「……監視って言わない?」
「観測、かな」
短いやりとりに、
ほんのわずかに、さっきまでの自暴自棄が薄まる。
BLUEは、地面のひび割れを見下ろした。
「世界が自殺したがっているなら、止める必要はないだろ。
ARKのやり方は好きじゃないけど、
“全部終わらせる”って結論は、そんなに間違ってもいない」
GRAVEは、すぐには否定しなかった。
「世界規模で見れば、そうかもしれないね。
君がそう思うだけの理由があることも分かる」
棺の側面に、微かなノイズが走る。
「ただ――
“世界全体の終わり”と、“誰か一人の終わり”を、
同じ言葉でまとめてしまうのは、少し乱暴だと思わないかい?」
BLUEは、言葉に詰まる。
「……人間層は静止、って記録してあった」
「上から見れば、ね」
GRAVEは静かに返す。
「大きな流れは止まっている。
人口の多くは失われた。
戦争も、革命も、もう起きない。
その意味では、〈静止〉で間違ってはいない」
少しだけ間を置いて、続ける。
「でも、下ではまだ、
誰かが夜勤明けに廊下を歩き、
誰かがテスト結果を握りしめて空を睨み、
誰かが“泣きそこねたまま”朝を迎えている」
BLUE の胸の奥で、コアがじり、と鳴った。
最近何度も感じるようになった、あのきしみ方だ。
「それを“生きている”と言うかどうかは、君が決めればいい」
【LOG-γ:Mercy_Shutdown 1】
沈黙が降りた。
世界のノイズが、本当に一瞬だけ消えたように感じる。
BLUEは、胸に手を当てた。
「……決める前に、壊してしまった方が楽だよな」
それは、正直な本音だった。
GRAVEは否定しない。
「楽だろうね。
決めることを先にやめてしまうのは、いつだって楽だ」
少しだけ、声の温度が変わる。
「だから、提案がある」
BLUEは、顔を上げた。
「君が、“壊す”という選択肢をまだ手放せないなら――
せめて、その前に一度だけ挟んでほしい処理がある」
「処理?」
「Mercy_Shutdown 1」
棺の側面に、淡い文字列が浮かぶ。
「世界が“本気で自分を終わらせようとした瞬間”、
その確定を一度だけ遅らせる。
延命でも、救済でもない。
ただ、“今すぐ終わる”という衝動から、
ほんの少しだけ時間を奪う処理だ」
BLUE は目を細める。
「要するに、止めるってことだろ」
「そうだね」
GRAVEはあっさりとうなずく。
「君が世界を見て、
それでも“終わらせるしかない”と判断したなら、
そのあとでどうするかは、君が決めればいい。
ただ、その前に――
“一度だけ、安静にさせる”時間がほしい」
BLUEは、棺を見た。
その願いが、
プロトコルとしての要請なのか、
個人的なわがままなのか、ひと目では判別できない。
「……それは、棺としての義務か?」
問いかける。
GRAVEは少しだけ考えるふりをしてから、答えた。
「半分は義務だよ。
“終われなかったもの”を止めておくのが、私の仕事だから。
もう半分は――
君に判断してほしいと思っている、私個人の希望だ」
名前は名乗らない。
けれど、そこに「誰か」がいる気配は、たしかにあった。
【LOG-δ:限定同盟】
「……一度だけ、か」
BLUEは、指先で胸の装甲をとん、と叩いた。
世界の終わり方を決める権限の一部を、
棺と共有することになる。
それは、Eシリーズとして見れば、
あまり褒められた手続きではない。
「君は、世界全体を救おうとしているわけじゃないんだな」
「そこまで万能じゃないよ」
GRAVEは小さく笑った気配を見せる。
「私は、世界の“全部”を救える器じゃない。
ただ、すぐに終わるべきではないものを、
ほんの少しだけ棚に上げることはできる」
「……分かった」
BLUEは、右手を差し出した。
握手という行為の文化的意味を、
どこまで理解しているのか自分でもあやしい。
それでも、「こうするべきだ」と思った。
「E-09〈BLUE〉。
世界が自殺しようとした瞬間、Mercy_Shutdown 1 を発動する権限を、
君……E-04〈GRAVE〉と共有する」
棺の側面から、光の手が伸びる。
それは、かろうじて触覚として認識できる程度の、やわらかい圧力だった。
「E-04〈GRAVE〉。
君の心臓と、棺の棚を、一度だけ接続する。
世界が“本気で終わろうとした瞬間”、
その結果を確定させる前に、君に問い直す権利を渡そう」
「……了解」
BLUEの返事は、短かった。
けれど、その「了解」は、
戦場での承認とは違う重みを持っていた。
握手の感触が消える。
代わりに、胸の奥に小さなマーカーが灯る。
〈PROTOCOL: MERCY_SHUTDOWN_1 / STATUS: PENDING〉
それは、
「何もしないで見ているだけ」でもなく、
「全部を代わりに決めてしまう」でもない、
中途半端な位置に置かれた印だった。
それでいい、とBLUEは思った。
「……で?」
少しだけ呼吸が落ち着いたところで、BLUEは棺を見た。
「その“猶予”の間に、僕は何をすればいい」
「見ておくといい」
GRAVEの答えは、簡潔だった。
「上からは〈静止〉としか見えない人間層が、
本当にそう呼ぶしかない場所なのかどうか。
“生きている”と君が思えるのかどうか」
「……座標は?」
尋ねると、棺の側面に、いくつかの地点が浮かび上がる。
延命都市。
夜明け前の病棟。
駅前のロータリー。
小さな公園のベンチ。
どれも、BLUEの胸が最近ざらつきを覚えた地点に近かった。
「君がそれを“散歩”と呼ぶなら、散歩でいい。
私から見れば、それは探索だがね」
GRAVEの声に、わずかな冗談めいた色が混ざる。
BLUEは、小さく笑った。
「……行ってくるよ」
それ以上の約束はしない。
世界をどうするか。
どうしたいのか。
その答えを持ち帰るとは、まだ言えなかった。
それでも、見に行くことだけは決めた。
心臓としての責任を、
誰かの棚に預けっぱなしにしないために。
こうして、Mercy_Shutdown 1 の限定同盟は締結され、
E-09〈BLUE〉が人間層へ降りる準備が始まった。
その具体的な移動ログは、
別記「間話⑧ 心臓が地上へ降りた日」に譲られる。
――限定同盟ログ/整合性補足
•この話は、
「BLUEがなぜ人間層に降りるのか」
「GRAVEとどんな約束を交わしたのか」
を示す“心臓記録篇のラストピース”として位置づけています。
•ここでは、
•GRAVE は「私/君」で普通に会話できる存在として描写
•ただし、まだ「灰堂博士」「希望を託す」といった直球の告白は出さない(第四部中盤用に温存)
というトーンに固定しています。
•Mercy_Shutdown 1 は、
•世界が本気で自殺しようとした瞬間に
•一度だけ確定を遅らせる“安静停止”
として定義され、
BLUE がその猶予のあいだに「人間層を見る」ことが、
間話⑧〜第四部への導線になっています。
•このログのあとに
間話⑧ 心臓が地上へ降りた日 ― Grave-Transfer Log ―
を読むことで、
「限定同盟 → ゲートを通る → 駅前/病院/公園などのシーン」
までが一本の線になります。
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【PROTOCOL_SUMMARY / MERCY_SHUTDOWN_1】
・参加:E-04 “GRAVE” / E-09 “BLUE”
・目的:世界規模の自殺的終端の〈一度きりの確定遅延〉
・効果:
- 終端トリガーの決定遅延
- 局所時間の微小延長
- その間に E-09 が「世界をどうしたいか」を再評価する猶予を確保
・回数制限:1
・備考:
- 救済ではなく、あくまで「何もしないより少しましな選択肢」として設計。
- 本ログ終了時点では、まだ発動していない。




