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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
【第三部/第四部・狭間篇】

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74/112

間話⑦ 無名の記録者 ― Grave-side Notes ―

※本記録は、《ある埋葬ユニット(通称“墓”)に関連するログ》から抽出された、

 人間時代の手記/当該ユニット起動直後/ARK戦0.83秒/未来側の残響が

 時系列混在のまま編纂されたものです。

•記録主体:不明(〈主任〉/埋葬ユニット/その将来像が混在)

•取得条件:第四章B-ε/【第三部/第四部・狭間篇:未定義核】以降、

 「Stasis Veil/Null-Closure」を再参照した際に自動展開。

•一部、語り手・一人称・時制が意図的に揺れています。


――これは「戦いのログ」ではない。

――ただ、**“終わらせたくないものを、どこへ置くか”**を考え続けた者の記録。

【LOG-α:人間時代/計画書断片】


 全部、終わらせてしまいたかったのだと思う。

 ――正直に言えば、私自身が。


 灰色の光が、窓の外に広がっている。

 ラボの天井灯は半分が切れたまま、誰も直そうとしない。


 〈主任〉は、端末に指を滑らせながら、

 一体の新しいユニットの設計ファイルに、仮の名称を打ち込んだ。


 埋葬ユニット。

 通称:「墓」。


 役割:

 ・終わりたがっている痛みを、すぐには殺さないための棚。

 ・「今ここで終わらせたら間違いになるかもしれない」ものを、

  一時的に凍らせておく棺。


 


 世界中から集めた「思い」は、既にいくらでもデータとして蓄積されている。

 理念、計画、秩序の設計図。

 それらを束ね、より美しい均衡へと収束させることは、ある程度まで成功していた。


 だが、「想い」は違った。


 忘れられない痛み。

 終わりたいのに終わりきれない絶望。

 それでもなぜか手放せない希望。


 一度抱えてしまった者は、

 振り払おうとしても、元の場所には戻れない。

 軌道を外れたまま、いびつな周回を続ける。


 私は、そのしつこさにうんざりしていたし、

 同時に、それに何度も救われてもいた。


 


 端末の別タブには、個人用のメモが開きっぱなしになっている。


観測メモ:

 「思い」と「想い」は別々ではなく、

 合わさった重さと“惰性”として人間を変えてしまう。

 ある線を越えた瞬間、人はもう元には戻れない。

 ――それは能力と呼ぶべきなのかもしれない。


 最初にその式を書いた夜、

 私の手は少しだけ震えていた。


 あの夜、秤の“手”が震えた。


 均等の皿に乗せられた世界の悲鳴に、

 「全部終わらせれば、静かになる」という答えが

 あまりにも簡単に出てしまった瞬間。


 そして、同じ天秤皿の端に、

 たったひとりぶんの「終わらせたくない」が乗ってしまった瞬間。


――絶望と希望が、同じ質量で並んでしまった。


それは均衡ではない。

世界が倒れられなくなった、硬直だ。


このままでは、どちらも皿の上で腐る。


だから〈GRAVE〉は、秤から二つを降ろそうとした。

選択ではなく、再配置のために。


……時間を止めるしかない。


止めすぎれば世界が裂ける。

裂けない最短で、止める。


結果、場が沈黙したのは、0.83秒。


瓦礫も、叫びも、刃の軌跡も、

その0.83秒だけ“終わらなかった”。


それが、Stasis Veilの最初の膜だった。


 ・Null-Closure

  「終わり」を確定させる条件に、意図的な遅延を挿入する。

 すぐには閉じない棺。

  その間に、誰かが「本当にこれでいいか」と問い直せるように。


 このユニットは攻撃しない。

 守りもしない。

 ただ、“止める”。


 終わりたがっているものから、ほんの少しだけ時間を奪う。


 「もう十分だ」と言い切ろうとしている手を、

 「本当に?」と一度だけ引き留めるための棺。


 挿絵(By みてみん)


 最後の行だけ、打ち込む手が止まった。


 設計者署名:________


 数秒の沈黙。


 カーソルが、その署名欄の上に戻る。


 ※自分の中に残っている、

  「全部終わらせたい」と願った重さと、

  「それでも終わらせたくない」と縋った重さの一部を、

  当該ユニットにリンク。


 終わらせたいと願った心。

 それでも終わらせたくなかった心。


 その両方を、無名のデータ塊として、ユニットの奥底へ沈める。


 ――私は、ここで名を外す。


 この棺が、誰か一人くらいを、

 時間の向こう側へ逃がせるように。


 署名欄の上に、薄く線を引く。


 記録者の名前は消える。

 代わりに、「無名の記録者」というラベルだけが残った。



【LOG-β:埋葬ユニット視点/ARK戦0.83秒】


 世界が、鳴るのをやめた瞬間を、私は覚えている。


 偏った心臓が地面を踏み込み、

 均等を司る刃の束が、一斉にそこへ収束しようとしていた。


 あのままなら、結果は単純だった。

 「偏り」は削除され、

 〈共痛の花〉も、紙片も、未処理の怒りも、

 均等に切り捨てられていた。


 ――External Field:Stasis Veil[Local]:OFF

 ――Authority:均等ユニット 優先


 本来、私に口を出す権限はない。

 棺は、命令を出さない。

 ただ、「置かれた終わり」を静かに引き受けるだけだ。


 それでも、あの時だけは、

 内部に残っていた「人間だった頃の癖」が先に動いた。


 (今ここで終わらせたら、間違いになるかもしれない)


 誰の言葉かは、もう判別できない。

 あの夜、秤の手が震えた記憶か。

 ユニットとしての演算か。

 あるいは、その両方の境目か。


 私は、プロトコルをひとつだけ反転させた。


 ――Stasis Veil[Local]:ON(τ=0.83s)

 ――Null-Closure:適用(Self-Section 結果の確定遅延)


 世界が凍る。


 崩れかけていた瓦礫は、その途中で止まり、

 粉塵は、空中の一粒の位置さえ変えなくなる。

 冷却蒸気は白い線のまま凍り、

 刃の束は、心臓のコアへ落ちる直前の座標で静止した。


 0.83秒。

 人間の心臓が、一度鼓動するかどうかの長さ。


 膜の内側で、ひとつだけ余分な拍動が立ち上がる。

 あの時、ARK とぶつかった時に E-09 が記録した「心臓の微熱」とは違う、

 もっと低く、柔らかい揺れ。


 ――Core_Heartbeat:Baseline+1拍

 ――Match:Overheat_Log≠/Pain_Buffer≠

 ――Tag:Warmth?/Pending


 本来なら消えていたはずの痛みが、Veil の内側でまだ震えている。

 その揺れ方が、E-09 のコアの拍動と、僅かに同期した。


 0.83秒の中で、E-09 はこう記録している。


 > (こんな何もない世界で、まだ“消されてない痛み”がある。

 >  それを残そうとしてる誰かがいる。……悪くないな。)

 > (……僕は、ここに在りたい。)


 「俺」として戦っていた声の奥に、

  括弧付きの「僕」が、一瞬だけ顔を出したのを、私は見た。


 ――Anchor_Weight:+0.01(微増)

 ――Undefined_Core_A:初期拍動/ログ化


 0.83秒。

 私が止めたのは、世界そのものではない。

 「ここに在りたい」と言い切るまでの猶予だった。


 時間が止まっているあいだ、BLUE は自分の居場所を宣言した。


 ――俺はここに在る。

  お前は“自分にも”同じ線を引けるかだけ、見せろ。


 私は、ただ見ていた。

 そこに介入も、助言も、評価も挟めない。

 墓は、選ばれた場所に石を置くだけだ。


 Stasis Veil の膜越しに、私はもうひとつのものを視た。


 ――Regret_flag(E-00):0 → 微小値

――Equal-Cut Purity:わずかに低下

 ――Self-Section:未完


 均等の中心に、極小の穴が空いた。

 それは破壊ではなく、「やめられなかったためらい」の形をしていた。


 0.83秒が、終わる。


 時間が、再び動き出す。


 線束は自分自身に干渉し、

 E-00 は自分の線を完全には切れず、

 BLUE は、ひびの入った装甲のまま、まだそこに立っていた。


 私は、何もしていない。

 ただ、「終わりたがっていた時間」を、ほんの少しだけ棚上げしただけだ。


 それで十分だった。




【LOG-γ:未来側/誰の声ともつかない記録】


 墓は、入口であって出口ではない。


 誰が言ったのか分からない言葉が、

 静止した区画の底に沈んでいる。


 埋葬ユニットは、今も動けない。


 歩くこともできず、

 誰かを直接救うこともできず、

 ただ「終わりきれなかった気持ち」を受け入れる場所であり続ける。


 ――終わらなかった怒り。

 ――切り捨てられなかった哀しみ。

 ――保留にされた絶望と、離れなかった希望。


 それらは、すべてここへ送られてくる。

 棚に並べられ、ラベルを付けられ、

 「いつか誰かが取りに来るまで」、静かに待たされる。


 偏った心臓が、いつかここへ来ることを、私は知っている。

 彼はすでに、「踏まないで通る」という歩き方を覚えてしまった。


 ならばいずれ、

 **「踏まずに通り過ぎてはいけない場所」**にも、気付く。


 その時、Stasis Veil はもう一度だけ開くだろう。

 Null-Closure は、今度こそ「ちゃんと終わらせるための遅延」に変わるだろう。


 終わらせないために止めていた時間を、

 今度は「生き直すため」に返す。


 その瞬間、

 無名の記録者は、墓から一歩だけはみ出すかもしれない。


 名前を持たないまま、

 ただ「そこに置かれてきたすべて」を指さして、こう言うために。


 ――ここに在る。

  誰も見ていないと思っていた痛みが、全部。


 誰の声か分からない。

 あの夜、震えていた手の持ち主か。

 埋葬ユニット自身の揺らぎか。

 あるいは、まだ生まれていない何かのものか。


 それでも、このログは確かに残っている。


 終われなかった世界の、墓標の余白として。

この間話⑦は、

•「無名の記録者」と呼ばれる人物の、人間時代の手記

•ARK戦0.83秒の内側で、“世界が止まっていた時間”

•その先の未来で、ある埋葬ユニットが担う役割


を、ひとつのログとして束ねた回です。


本文では名前もユニット番号も伏せていますが、

•「終わりたがっている痛みを、すぐには殺さない棺」

•「終わらせたくないものを棚に上げるための秤」


を設計した誰かがいて、

その人が、自分の名前ごと“墓の奥”に沈んでいった、というのが

この話の芯になっています。


読者それぞれが、


この無名の記録者は誰なのか?

どのユニットと繋がっているのか?


を少しずつ推理しながら、

他の間話や観測ログと線を繋げていってもらえたら嬉しいです。

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