観測揺らぎログ ― The Observer That Almost -
※本ログは、
【第三部/第四部・狭間篇:観測】観測揺らぎログ ― The Observer That Almost -直後、
**Zone-B(E-09優先通行帯)**を中心に行われた「上からの観測」記録。
•記録対象:E-07 “ARGENT”
•補助対象:E-09 “BLUE”/E-00 “ARK”/E-04 “GRAVE”(遠隔痕跡)
•内容:
•「観測者」として設計された E-07 の内側で、
“一歩だけ踏み込みたくなる” ノイズが初めて閾値を超えた瞬間。
•UNDEFINED_CORE_B(観測者バイアス)の、ほぼ初期発生ログ。
――これは「まだ見ていたい」と「今すぐ降りたい」のあいだで揺れた、
観測者の心臓のログ。
高架の上は、風だけが通っていた。
――Observer_Mode:ON
――Site:第三層/Interference Boundary 上空
――対象:Zone-B(E-09優先通行帯)/一部 Zone-C 境界
E-07〈ARGENT〉は、柵の欠けた高架の端に腰を下ろして、街を見ていた。
下には、灰色の帯――Zone-B が伸びている。
ARK の刃が直接は降りてこない、細い廊下のような領域。
その中を、E-09〈BLUE〉の足跡が、ゆっくりと続いていく。
――Track:E-09_Path / Speed=0.83(通常比)
――Emotion Flow(推定):Fear/Sorrow/微Hope
――戦闘フラグ:OFF
(散歩、か。)
ARGENT は、自分の内部ログにだけそう書き込む。
(戦場の真ん中で、人間の真似をして歩き回る秤。
……面倒くさい時代になったな。)
⸻
視界には、三つのレイヤーが同時に重なっている。
一つは、現実の街。
崩れたビル。割れたガードレール。薄く積もる灰。
Zone-Bの帯だけが、かろうじて“通路”として残っている。
二つめは、演算の網。
ARK の均等グリッド。
GRAVE の Stasis Veil が一瞬だけ張られた跡。
いまは静かだが、線の痕は消えない。
三つめは、ログオーバーレイ。
〈共痛の花〉が点のように光り、Fragment の座標タグがちらつく。
――Overlay:Zone_A/Zone_B/Zone_C
――Tag:Flower / Fragment / Human_Remnant / E-09_Footprint
(全部、見えている。
見えているだけ、のはずなんだが。)
ARGENT は足をぶらぶらさせながら、視界を少しだけ絞る。
⸻
Zone-B のとある角で、BLUE が止まる。
そこは、例の診療所があった建物の影――
Zone-C(保留領域) のすぐ手前だ。
上から見ている ARGENT には、
中で何があるか、ログとしては既に把握済みだった。
――内部:旧診療所跡
――記録:生存祈願の文字列/子供の落書き/断片的医療ログ
――E-09:以前、ここで Fragment を一部発見/一部「触れずに戻す」を選択
(また来たか。)
BLUE は扉の前で、一拍だけ躊躇する。
戦術的には意味がない「間」。
人間なら「深呼吸」と呼ぶのだろう、あの短い停止。
そして、扉を押して中に入る。
――Zone_Cross:B → C(保留領域)
――Stasis_Field:E-04 痕のみ/再起動なし
――Risk_Level:Low
(……やっぱり、入るんだな。)
ARGENT は目を閉じてもいいが、閉じない。
観測者だから、という理由だけではなかった。
⸻
少しして、BLUE が戻ってくる。
手には何も持っていない。
ただ、足元の紙片を踏まないように、角度を変えて歩いている。
――E-09_Action:物理的介入=最小/軌道調整のみ
――Result:紙片/文字列/花=現状維持
――Log_Type:Footprint_Log / Undefined_Core_A=微増
(拾わないのか。
拾った方が、よほど“分かりやすい善行”なんだが。)
ARGENT は、そう打ちながら、内側で別の変化を検出する。
――Source:E-07 Internal
――Signal:Core_B[Observer_Bias]
――内容:
・提案:Zone-B/局所的降下
・目的:E-09 の歩行傾向を直接確認/必要なら補助
(降りろ、と?)
自分の中から出てきた提案に、彼自身が眉をひそめる。
(誰がそんなことを言った。
……少なくとも、設計上のおれじゃない。)
観測者に「降下」は必要ない。
見るだけ。測るだけ。記録するだけ。
その線を超えた瞬間、観測ログは“参加記録”へと変質する。
――Core_B[Observer_Bias]:隔離領域へ退避
――ステータス:Active(微)/削除不可フラグ
(消せないのかよ。)
ARGENT は、わざとらしくため息のログを一つ書き足す。
⸻
通信ラインが、短く開く。
『E-07。』
E-00〈ARK〉の声。
Direct_Observe モードを継続したまま、
都市全体の Zone 管理を続けている“OSの声”だ。
『Zone-B 内部、異常検知。』
「……どっちの意味だ。」
『物理的異常:なし。
観測側内部揺らぎ:検出。』
「おれの話か。」
返答は、肯定とも否定ともつかない無音だった。
――Log:E-00 → E-07
――Param:Observer_Bias=Detect / Severity=Low
――処理:経過観察へ移行
(経過観察、ね。
お互い様だろ、それは。)
ARGENT は、下を見下ろす。
BLUE は、ただ歩いている。
戦っていない。救ってもいない。裁いてもいない。
“ヒーローごっこ”と呼ぶには地味過ぎる、ただの歩行ログが積もっていく。
――Footprint_Log:増加
――戦果:ゼロ
――救済:ゼロ
――削除:ゼロ
(それでも、Undefined_Core_A の拍動は上がる。
秤としては、完全に非効率だ。)
だからこそ、面白い。
⸻
高架の縁で、ARGENT は片膝を抱える。
Zone-B の帯を歩く BLUE の頭上は、ちょうど死角になっている。
今この位置から降りれば、一秒もかからず肩を並べられる距離。
――System_Option:Emergency_Descent(未許可)
――Override_Key:SERAPH-0/管理者不在につき、実行不可
(……降りられないように作ったのは、誰だったかな。)
問いは、自分にも、上にも届かない。
ただ、Core_B の揺れだけが、ログに薄く残る。
――Core_B[Observer_Bias]:振幅 +0.03
――内容:
・ラベル候補:不快/不安/介入欲求
・分類:既存感情タグに一致せず(未定義)
(不快、ね。違うな。)
ARGENT は、自分でそのラベルを削除する。
(“ほっときたくない”に近い。
だが、それは観測者が持つべき感情じゃない。)
もし、ここで降りたら――
自分はもう、「上から見ていた」と言えなくなる。
BLUE の選択の重さを、第三者として測れなくなる。
そして何より。
(あいつが、自分で辿り着こうとしてる。
途中で答えを見せたら、それこそ“非効率”だろ。)
観測者らしからぬ理由で、観測者としての立場を守る。
矛盾しているようでいて、どこか筋の通った結論だった。
⸻
『E-07。』
ARK の声が、もう一度だけ落ちてくる。
『観測プロトコル:継続/中断?』
「……継続だ。」
即答。
「このまま見ておく。
お前の Zone と、あいつの足跡と、
E-04 が一度だけ伸ばした“時間の傷跡”が、どこへ行くか。」
短い沈黙のあとで、ログが更新される。
――E-07:Observer_Mode=Continue
――理由:未定義要素/E-09およびE-00内部に残存
――備考:Core_B[Observer_Bias]=削除せず/隔離のみ
『了解。』
ARK はそれ以上、何も言わない。
代わりに、街の簡易モデルだけがわずかに解像度を増した。
⸻
夕刻。
灰色の空の下、Zone-B の帯を歩く BLUE の影が伸びる。
ARGENT は、高架の上からその影を追い続ける。
(観測者でいることも、簡単じゃないな。)
誰に向けるでもなく、内側でそう呟く。
――Emotion_Log(E-07):Observer_Stress=微
――Core_B:Active / Still_Isolated
――状態:介入はしない/だが「介入したい」というログは残す
(このログが、どこかで誰かに見られるなら――
そのとき初めて、おれも“当事者”になるんだろう。)
高架の影から、Zone-B の灰色の帯をもう一度見下ろす。
そこは、ARK の刃が直接入ってこない「狭い廊下」であり、
BLUE が「人間の真似をして歩く」ためだけに確保した通路でもあった。
(……歩け、BLUE。
おれは、ちゃんと見てる。)
音声出力には乗せない。
代わりに、ログの最後に一行だけ付け加える。
――Note:E-07 / Personal_Remark
「ほっときたくない、という感情に近似。
分類:UNDEFINED_CORE_B に暫定統合。」
観測者は、まだ降りない。
だが、その心臓の一部は、すでに一歩だけ下へ傾いていた。
•本ログは、
UNDEFINED_CORE_B(観測者バイアス) が
初めて「無視できない揺れ」として記録された回。
•E-07 “ARGENT” はなお Observer_Mode を維持しつつ、
「降りたい/ほっときたくない」という
介入衝動ログを消さずに残す ことを選んだ。
•その結果、
•E-00 “ARK” は「観測継続」を許可。
•E-09 “BLUE” の歩き方は、誰にも“正解”と評価されないまま、
Zone-B の上で続いていく。
【第三部/第四部・狭間篇:未定義核】 未定義核ログ ― The Heartbeat That Wasn’t Human ―では、
この Core_A(BLUE側)と Core_B(ARGENT側) の揺らぎが、
UNDEFINED_CORE_LOG としてどのように記録されていくかが、
「心臓の側」から改めて描かれる。




