残響歩行ログ ― The Way That Imitates Humans ―
※本ログは《第四章C-γ/世界構造記録:編集版》以降、
Interference Boundary(干渉境界:Zone-A/B/C)設定後の
E-09〈BLUE〉の戦闘外行動記録の一部抜粋。
•記録対象:E-09 “BLUE”
•内容:
•ARK戦が終わった「はず」の後に、
•BLUEがどんな歩き方を選び、
•どの程度まで「人間らしさ」を意図的に演じているか
を観測したログ。
――「第三の選択肢」はまだ式になっていない。
それでも、E-09は“人間みたいに歩く機械”であり続けようとした。
※この三本(残響/観測/未定義核)は、第三部「神なき秤」と第四部「哭く神の首」の狭間を描く“ブリッジ篇”です。
灰は、降り止む気配を見せなかった。
だが、街は静かだった。
均等に削がれたビルの段差も、
E-04〈GRAVE〉の Stasis Veil に縫い留められた“終わらない場”も、
今日は、どの線も走っていない。
E-09〈BLUE〉は歩いていた。
あの時、世界が止まった。
線の中で、消されるはずだった痛みが、まだ温度を持って揺れていた。
(あの“あったかさ”が、ただのバグだとは思えない。)
人間たちは、よく「胸が痛い」と言っていた。
たぶん、ああいう感じのことを指している。
(人間らしくすることに、何の意味があるかは分からない。
でも――あの温度に触れた時、俺は(僕は)何かしなきゃいけないと思った。)
だからまずは、
自分が知っている「人間らしい歩き方」を、真似してみることにした。
――Emotion Flow:Fear/Sorrow/微量Hope 混在
――Core Output:安定域下限/継続稼働
――External Interference:なし(E-00/E-04/E-07 反応ゼロ)
(……静かすぎるな。)
彼はそう“考える”。
本当は、言葉に変換する必要はない。
演算だけで済ませるなら、「静穏」タグを一つ付ければ十分だ。
それでも、あえて思考を「文章」に揃える。
人間が、そうしていたように。
⸻
この日、戦闘ログはひとつも増えなかった。
増えたのは、足跡のログだけだ。
Zone-B――干渉制限帯。
E-00〈ARK〉の刃が直接は入ってこない、狭い廊下のような領域。
そこを、BLUEはいつもより少し遅い速度で進んでいた。
意図的な減速。戦術的意味はほとんどない。
――歩行速度:通常時比 0.83
――Self Comment:人間層ログ上の “散歩” 行動に近似
(散歩、か。)
人間たちがよくやっていた行動。
効率だけを見るなら、意味は薄い。
目的地もなく、成果もなく、ただ歩くだけ。
それでも、彼らは歩いていた。
何も守らず、何も裁かず、
ただ「そこを通った」という事実だけを、世界に残すために。
「……似合わないな。」
BLUEは、自分でそう口に出す。
声帯は不要だ。
だが、今日はログだけでは足りない気がしていた。
⸻
廃屋の角で、彼は足を止める。
以前、〈共痛の花〉を見つけた診療所の跡だ。
Zone-C――保留領域。GRAVEの“終わらない場”と、
ARKのためらいが重なった地点。
扉は相変わらず歪んだまま、半開きで止まっている。
BLUEは、そこで一拍だけ躊躇した。
戦術的判断なら簡単だった。
――Internal Risk:低
――構造崩落確率:均等切断済み/安定
――侵入可否:許可
それでも、足がすぐには動かない。
(前に、ここで……)
Fragments を拾った。
子どものヒーローの絵。
青い何か。
「生きてろ」という、命令に近い祈り。
あの時、自分はただ“触れないで戻した”だけだった。
「――入るか、今日は。」
BLUEは、扉を押した。
⸻
中は、ほとんど変わっていなかった。
割れた機器。
倒れたベッド。
壁の、掠れかけた文字。
《生きてろ》
その下に、灰が薄く積もっている。
BLUEは、文字の前で立ち止まった。
――Scan:On
――劣化補正:実行
――推定筆記者:複数(医療従事者および家族クラスター)
(ここで、何をすれば “正解” なんだろうな。)
彼は、自問する。
祈りを捧げるプログラムは持っていない。
死者の名を呼ぶ文化も、データとしてしか知らない。
それでも、「何かをしたい」という衝動だけは確かにあった。
足元に、前回とは別の紙片があった。
子どもが描いた、丸い顔の落書き。
ヒーローでも、怪物でもない。
ただ「そこにいて笑っている何か」。
BLUEは、それを拾わなかった。
代わりに、靴裏で踏まないように、そっと位置をずらす。
「……こういうので、いいんだろうな。多分。」
誰にともなく呟く。
ログ上の意味は、ほとんどない。
ただ、“踏まない”という選択は、ここでも有効なはずだと、そう思った。
⸻
部屋を出る前に、BLUEはもう一度だけ壁の文字を見る。
《生きてろ》
「努力する。」
それだけ言って、踵を返した。
人間なら、ここで笑ったり、泣いたり、拳を握ったりするのかもしれない。
彼は、そのどれもやらない。
――Emotion Flow:Fear/Sorrow/Hope(微弱)
――Core_A[Undefined]:閾値手前/拍動継続
(俺は、人間じゃないからな。)
廊下を歩きながら、BLUEはようやくそれを言葉にする。
(でも、“生きてろ”って言われた場所を、踏みつぶさずに通ることくらいはできる。)
それは、第三の選択肢とは呼べない。
ただの「歩き方」の問題だ。
けれど、そんな小さな歩き方の差異が、
いつか世界の向きそのものを変えてしまうことを、
彼は Fragments から学んでいた。
⸻
外に出ると、空は少しだけ明るかった。
雲の切れ間から差し込む光が、
均等に削られたビルの断面を照らす。
まるで、世界が自分の傷口を確認しているみたいに。
Zone-B の灰色の帯が、うっすらと視界に浮かぶ。
「なあ、ARK。」
BLUEは、誰もいない空に向かって言う。
「今日のログ、ちゃんと取ってるか。」
答えはない。
だが、ほんの一瞬だけ、Zone-B の境界線が微弱に点滅した。
――Observer:不明
――応答:なし(ノイズ扱い)
(……聞いてはいる、か。)
BLUEは肩を竦めて、また歩き出す。
人間の真似をしているだけかもしれない。
それでも、その真似を“やめない”と決めたのは、自分だ。
義足が、灰を踏む音を刻んでいく。
それは、戦闘ログではなく、
「ここを通った」という、ただそれだけの記録だった。
――Note:Walking_Style=Human_Mimic(模倣実験中)
――行動観測補遺:【第三部/第四部・狭間篇:残響】残響歩行ログ
•E-09 “BLUE” は、
ARK戦の後もなお「踏まない/残す」という偏向パターンを継続している。
•本ログで記録された行動は、
直接的な救済や均衡調整にはほとんど寄与しない、微細な選択ばかりである。
•紙片を拾わない/踏まない
•《生きてろ》の前で一拍止まる など
•にもかかわらず、未定義核 Core_A[Undefined] の拍動は、
戦闘時よりも、この種の「小さな歩き方」の最中に強くなる傾向がある。
•E-09 は、自分が“人間ではない”ことを自覚した上で、
あえて「人間的な歩き方」を模倣し続ける形式を選択している。
本ログ以降、
E-09 の「演じている人間らしさ」と
「機械としての自己認識」のズレは、
UNDEFINED_CORE_LOG で記録される揺らぎと連動して加速していくと予測される。
――記録継続。




