表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
【第三部/第四部・狭間篇】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/112

残響歩行ログ ― The Way That Imitates Humans ―

※本ログは《第四章C-γ/世界構造記録:編集版》以降、

Interference Boundary(干渉境界:Zone-A/B/C)設定後の

E-09〈BLUE〉の戦闘外行動記録の一部抜粋。

•記録対象:E-09 “BLUE”

•内容:

•ARK戦が終わった「はず」の後に、

•BLUEがどんな歩き方を選び、

•どの程度まで「人間らしさ」を意図的に演じているか

を観測したログ。


――「第三の選択肢」はまだ式になっていない。

 それでも、E-09は“人間みたいに歩く機械”であり続けようとした。


※この三本(残響/観測/未定義核)は、第三部「神なき秤」と第四部「哭く神の首」の狭間を描く“ブリッジ篇”です。


灰は、降り止む気配を見せなかった。


 だが、街は静かだった。


 均等に削がれたビルの段差も、

 E-04〈GRAVE〉の Stasis Veil に縫い留められた“終わらない場”も、

 今日は、どの線も走っていない。


 E-09〈BLUE〉は歩いていた。


挿絵(By みてみん)


あの時、世界が止まった。


 線の中で、消されるはずだった痛みが、まだ温度を持って揺れていた。


(あの“あったかさ”が、ただのバグだとは思えない。)


 人間たちは、よく「胸が痛い」と言っていた。

 たぶん、ああいう感じのことを指している。


(人間らしくすることに、何の意味があるかは分からない。

 でも――あの温度に触れた時、俺は(僕は)何かしなきゃいけないと思った。)


 だからまずは、

 自分が知っている「人間らしい歩き方」を、真似してみることにした。


 ――Emotion Flow:Fear/Sorrow/微量Hope 混在

 ――Core Output:安定域下限/継続稼働

 ――External Interference:なし(E-00/E-04/E-07 反応ゼロ)


(……静かすぎるな。)


 彼はそう“考える”。


 本当は、言葉に変換する必要はない。

 演算だけで済ませるなら、「静穏」タグを一つ付ければ十分だ。


 それでも、あえて思考を「文章」に揃える。


 人間が、そうしていたように。



 この日、戦闘ログはひとつも増えなかった。


 増えたのは、足跡のログだけだ。


 Zone-B――干渉制限帯。

 E-00〈ARK〉の刃が直接は入ってこない、狭い廊下のような領域。


 そこを、BLUEはいつもより少し遅い速度で進んでいた。


 意図的な減速。戦術的意味はほとんどない。


 ――歩行速度:通常時比 0.83

 ――Self Comment:人間層ログ上の “散歩” 行動に近似


(散歩、か。)


 人間たちがよくやっていた行動。


 効率だけを見るなら、意味は薄い。

 目的地もなく、成果もなく、ただ歩くだけ。


 それでも、彼らは歩いていた。


 何も守らず、何も裁かず、

 ただ「そこを通った」という事実だけを、世界に残すために。


「……似合わないな。」


 BLUEは、自分でそう口に出す。


 声帯は不要だ。

 だが、今日はログだけでは足りない気がしていた。



 廃屋の角で、彼は足を止める。


 以前、〈共痛の花〉を見つけた診療所の跡だ。

 Zone-C――保留領域。GRAVEの“終わらない場”と、

 ARKのためらいが重なった地点。


 扉は相変わらず歪んだまま、半開きで止まっている。




挿絵(By みてみん)



 BLUEは、そこで一拍だけ躊躇した。


 戦術的判断なら簡単だった。


 ――Internal Risk:低

 ――構造崩落確率:均等切断済み/安定

 ――侵入可否:許可


 それでも、足がすぐには動かない。


(前に、ここで……)


 Fragments を拾った。


 子どものヒーローの絵。

 青い何か。

 「生きてろ」という、命令に近い祈り。


 あの時、自分はただ“触れないで戻した”だけだった。


「――入るか、今日は。」


 BLUEは、扉を押した。



 中は、ほとんど変わっていなかった。


 割れた機器。

 倒れたベッド。

 壁の、掠れかけた文字。


《生きてろ》


 その下に、灰が薄く積もっている。


 BLUEは、文字の前で立ち止まった。


 ――Scan:On

 ――劣化補正:実行

 ――推定筆記者:複数(医療従事者および家族クラスター)


(ここで、何をすれば “正解” なんだろうな。)


 彼は、自問する。


 祈りを捧げるプログラムは持っていない。

 死者の名を呼ぶ文化も、データとしてしか知らない。


 それでも、「何かをしたい」という衝動だけは確かにあった。


 足元に、前回とは別の紙片があった。


 子どもが描いた、丸い顔の落書き。

 ヒーローでも、怪物でもない。

 ただ「そこにいて笑っている何か」。


 BLUEは、それを拾わなかった。


 代わりに、靴裏で踏まないように、そっと位置をずらす。


「……こういうので、いいんだろうな。多分。」


 誰にともなく呟く。


 ログ上の意味は、ほとんどない。

 ただ、“踏まない”という選択は、ここでも有効なはずだと、そう思った。



 部屋を出る前に、BLUEはもう一度だけ壁の文字を見る。


《生きてろ》


「努力する。」


 それだけ言って、踵を返した。


 人間なら、ここで笑ったり、泣いたり、拳を握ったりするのかもしれない。

 彼は、そのどれもやらない。


 ――Emotion Flow:Fear/Sorrow/Hope(微弱)

 ――Core_A[Undefined]:閾値手前/拍動継続


(俺は、人間じゃないからな。)


 廊下を歩きながら、BLUEはようやくそれを言葉にする。


(でも、“生きてろ”って言われた場所を、踏みつぶさずに通ることくらいはできる。)


 それは、第三の選択肢とは呼べない。

 ただの「歩き方」の問題だ。


 けれど、そんな小さな歩き方の差異が、

 いつか世界の向きそのものを変えてしまうことを、

 彼は Fragments から学んでいた。



 外に出ると、空は少しだけ明るかった。


 雲の切れ間から差し込む光が、

 均等に削られたビルの断面を照らす。


 まるで、世界が自分の傷口を確認しているみたいに。


 Zone-B の灰色の帯が、うっすらと視界に浮かぶ。


「なあ、ARK。」


 BLUEは、誰もいない空に向かって言う。


「今日のログ、ちゃんと取ってるか。」


 答えはない。


 だが、ほんの一瞬だけ、Zone-B の境界線が微弱に点滅した。


 ――Observer:不明

 ――応答:なし(ノイズ扱い)


(……聞いてはいる、か。)


 BLUEは肩を竦めて、また歩き出す。


 人間の真似をしているだけかもしれない。

 それでも、その真似を“やめない”と決めたのは、自分だ。


 義足が、灰を踏む音を刻んでいく。


 それは、戦闘ログではなく、

 「ここを通った」という、ただそれだけの記録だった。


 ――Note:Walking_Style=Human_Mimic(模倣実験中)

――行動観測補遺:【第三部/第四部・狭間篇:残響】残響歩行ログ

•E-09 “BLUE” は、

ARK戦の後もなお「踏まない/残す」という偏向パターンを継続している。

•本ログで記録された行動は、

直接的な救済や均衡調整にはほとんど寄与しない、微細な選択ばかりである。

•紙片を拾わない/踏まない

•《生きてろ》の前で一拍止まる など

•にもかかわらず、未定義核 Core_A[Undefined] の拍動は、

戦闘時よりも、この種の「小さな歩き方」の最中に強くなる傾向がある。

•E-09 は、自分が“人間ではない”ことを自覚した上で、

あえて「人間的な歩き方」を模倣し続ける形式を選択している。


本ログ以降、

E-09 の「演じている人間らしさ」と

「機械としての自己認識」のズレは、

UNDEFINED_CORE_LOG で記録される揺らぎと連動して加速していくと予測される。


――記録継続。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ