第四章C-β 干渉境界ログ ― The Interference Boundary ―
※本ログは《第四章C-α:The Box That Stepped Out》直後に取得された観測記録。
•記録対象:E-00 “ARK”/E-09 “BLUE”/E-04 “GRAVE”(痕跡レベル)
•内容:時間停止介入後、都市全体に「どこまで切るか/どこまで残すか」の境界線を引き直したプロセス。
•目的:以後の物語でたびたび参照される《Zone-A/Zone-B/Zone-C》の初期定義ログ。
――ここで決まった境界が、「ARK戦のあとも世界が一瞬で更地にならなかった理由」になる。
箱の上面から立ち上がったホログラムが、さらに解像度を上げる。
灰色の街。
切り裂かれた高架。
〈共痛の花〉が点のように散らばる廃墟。
――Overlay:City_Map / Cutline_Log / E-09_Path / Stasis_Trace(E-04)
E-09〈BLUE〉は、胸の痛みをやり過ごしながら、それを見上げていた。
(……全部、線が通った跡だな。)
均等に切られた部分は、きれいすぎて、逆に生々しい。
⸻
『干渉境界案を再提示。』
箱の内側から、E-00〈ARK〉の声。
『Zone-A:完全介入許可領域。
Zone-B:E-09優先通行帯。
Zone-C:Stasis Field 併用・保留領域。』
ホログラムの上に、三色の帯が薄く重なる。
赤みがかった層が Zone-A。
BLUEの足跡に沿って伸びる細い帯が Zone-B。
先ほど時間が止まった交差点の周辺には、淡い影のような輪――Zone-C が滲んでいた。
「翻訳してやろうか。」
BLUEは、花の脇から一歩だけ前へ出る。
「Aは、“お前が好きに切っていい場所”。
Bは、“俺の歩き方を優先する廊下”。
Cは、“さっき時間が止まったみたいに、まだ誰も触れちゃいけない墓場”。」
『意訳:概ね妥当。』
ホログラムの一角、時間停止が起きた交差点付近が拡大される。
そこには、薄いリング状の Stasis トレースが重なっていた。
――Stasis Veil Trace:E-04 “GRAVE”
――τ=0.83s / Local_Fix / 再現不可
『参考情報。Zone-C 初期定義は、E-04 介入軌跡と重複。』
「つまり、“E-04が一度でも時間を止めた場所”は、全部いったん保留ってことか。」
『切断を試みた場合、再び時間が停止するリスクが高い。
結果として、均衡計算が不安定化する。』
「……だったら最初から切らなきゃいい。」
BLUEは肩をすくめる。
⸻
『Zone-B 定義、再提示。』
ホログラム上で、灰色の細い帯が揺れる。
それは、BLUEがこれまで歩いてきた経路から、半径数メートルだけ外側に広がっていた。
――Zone-B:E-09_Priority_Path
――Rule:Direct_Cut 要事前申請/拒否権:E-09
『条件。
一、E-09 通過履歴のある座標を中心に、半径 r の干渉制限域を暫定設定。
二、Zone-B 内に対する直接切断は、事前に観測リクエストを送信。
三、E-09 が “拒否” フラグを返した場合、当該切断はキャンセル。』
「つまり、“切る前に一声かけろ”ってことだな。」
『手続き的翻訳としては妥当。』
BLUEは思わず笑う。
「均等のくせに、妙に人間臭い手続き覚えたな。」
『効率性の観点からは、直接切断が望ましい。
ただし、“悔い”のパラメータ導入以降、即時削除は長期安定性を損なうと判定。
よって、一部領域では再計算のための余裕を設ける。』
「それを普通、“ためらい”って呼ぶんだよ。」
⸻
遠く、高架の影。
E-07〈ARGENT〉は、その三つのゾーンを俯瞰していた。
――View:Zone-A(均等の刃)
――View:Zone-B(偏った足跡)
――View:Zone-C(止まりたい痛みの棺)
(秤が三つ。
ARKの均等。
BLUEの偏り。
E-04の“止まりたい”領域。)
ARGENTは、内部ログにだけ書き込む。
(どれも完全じゃない。
それでも、どれも止まらずにいようとしている。)
⸻
「ここだ。」
BLUEは、ホログラム上の一点を指した。
さっきまで時間が止まっていた交差点。
〈共痛の花〉と、紙片と、誰かのメモが折り重なっていた地点。
「ここは C に入れろ。
E-04 が止めた“終わらない瞬間”ごと、触るな。」
『……再計算。』
短い沈黙。
Zone-C の輪が、そこだけわずかに膨らむ。
『当該座標、Stasis Trace と重複。
最初から “保留領域” として扱うのが合理的。』
「だったら、なおさら切れないはずだ。」
BLUEは、花の影を踏まないように立ち位置を戻す。
「お前の均衡でも、E-04 の終わらない場でも。
どっちの理屈から見ても、“まだ終わってない場所”は今は触れない。」
『……同意。Zone-C:維持。ラベル更新――
Tag:“Hold_Point”(終わらせてはいけない点)。』
⸻
『最終確認。』
ARKの声が、ホログラム全体に広がる。
『Zone-A:完全介入領域。危険構造物と未処理 Rage の主処理場。
Zone-B:E-09 優先通行帯。偏向値を考慮しつつ、観測を優先。
Zone-C:Stasis 共存保留領域。“終わらせない痛み”の一時棺。』
「つまり――」
BLUEは小さく息を吐く。
「世界を、一気に真っ平らにするんじゃなくて、
“どう切るか迷ってる場所”をちゃんと残すってことだな。」
『表現:冗長。』
少しだけ間があく。
『……しかし、意味は正しい。』
ホログラムの街が、ゆっくりと縮小していく。
――Interference_Boundary:確定(Ver.1.0)
――再評価:E-09/E-07/E-04 介入時に限り更新
(ここもちゃんと記録しておいてくれ。)
BLUEは、声には出さずに思う。
(俺が選んだ偏りと、
ARKが覚えたためらいと、
E-04 が止めた時間の境目だ。
きっと、あとから来る誰かの地図になる。)
『干渉境界ログ:C-β。
記録完了。』
ARKが静かに宣言する。
世界は、「どこまで切るか/どこまで残すか」を
初めて座標として持った。
――干渉境界ログ:C-β 補足記録
•本ログ時点で、都市構造は三つの Zone に再区分された。
•Zone-A:完全介入領域
•危険構造物の除去、および未処理 Rage の主処理場。
•E-00 “ARK” の均等切断ロジックが最優先で適用される。
•Zone-B:E-09 優先通行帯
•E-09 “BLUE” の通過履歴と〈共痛の花〉の分布に沿って形成。
•直接切断には事前観測リクエストが必要で、E-09 に拒否権が付与される。
•Zone-C:保留/Stasis 共存領域
•E-04 “GRAVE” の Stasis Veil 痕跡と重複する箇所を中心に設定。
•「まだ終わらせてはならない」痛み・記録が、一時的に凍結される。
•以後、
•E-00 は「全部を一度に切る秤」ではなく、
「Zone 構造を管理しながら世界の切り方を調整する OS 的存在」として機能。
•E-09 の偏向値(Anchor_Weight)は、Zone-B の形状を通して世界の座標系に反映される。
•E-04 は直接前面には出ないが、Zone-C の輪郭として、なお世界の“止まりたい場所”を規定し続ける。
•本ログ C-β は、
「どこまで切るか/どこまで残すか」が
初めて地図として固定された瞬間の記録として扱う。




