第四章C-α 直接観測ログ ― The Box That Stepped Out ―
※本ログは《第四章B-ε:The Scale That Cut Itself》および
断章《E-00 “ARK” ― 均衡のひび割れ》に連結する観測記録。
•記録対象:E-00 “ARK”/E-09 “BLUE”/E-04 “GRAVE”(痕+一時起動)
•内容:E-00が「削除案を凍結」した直後、Direct Observe モードで地上へ“箱ごと”出力した初回ログ。
•目的:以後の《干渉境界ログ(C-β)》に至るまでの、世界再配置プロセスの起点。
――ここから先、ARKは「敵AI」というより、
「世界の切り方を管理するOS」に近い振る舞いを始める。
静止。音が一枚、遅れて落ちる。
――Direct_Observe:起動
――Cutline_Output:最小/非戦闘モード
――Site:第三層/均等切断域・中心
崩れた交差点の真ん中に、箱が現れた。
人型ではない。
封鎖区画の棺を、そのまま縮小して持ってきたような黒い直方体。
縁を走る細い光だけが、基準線エミッタであることを示している。
『直接観測モード:地上出力。』
声は、上でも下でもなく、箱の内側から響いた。
E-09〈BLUE〉は、〈共痛の花〉の前に立ったまま、その出現を見上げる。
――Self Check:Core Output 76%
――Armor:損耗継続/臨界未満
――保護対象:健在
「……出てきたな、今度は“箱ごと”か。」
『識別容易性の向上。交渉効率の改善。』
「それ、素直に“逃がさないため”って言えよ。」
BLUEの軽口に、箱は応じない。
代わりに、周囲の空気が薄く凍った。
――External_Field:Stasis_Signature=検出
――Source:E-04 “GRAVE”/限定起動(遠隔)
遠く、崩れたビル群の向こうで、影の塔が一瞬だけ立ち上がる。
墓標のような縦の線。そこだけ灰が落ちない。
(……見てるな、E-04。)
静止膜〈Stasis Veil〉が、ごく狭い範囲で張られる。
時間が薄く伸び、線も花も、その中で揺れずに保たれる。
『補足説明。』
ARKが告げる。
『先の Self-Section Test により、
“悔い”を含んだ均衡は、即時削除と両立しないと判定。
削除案:凍結。観測:優先。』
「だから、こうして“箱ごと”出てきた。」
『是。偏向値を含んだまま、世界を測り直す。』
箱の側面が、静かに割れる。
中から伸びた無数の細い線が、地面と空をなぞっていく。
道路の割れ目。
倒れたガードレール。
誰かのメモ。
花。
BLUEの足跡。
それぞれに、ごく小さなタグが付く。
――Tag:Danger / Data / Memory / Flower / E-09_Path
『再定義。均等切断ロジックに、次の三要素を導入。』
一、危険構造物の除去。
二、情報/記録の優先保護。
三、E-09由来偏向値(Anchor_Weight)の暫定採用。
BLUEは眉をひそめる。
「要するに、“全部まとめて切る”のやめるってことか。」
『完全削除は効率的だ。だが、現実に対する適合度は低下する。』
「現実ってのは、汚いまま残ることだろ。」
BLUEは花の影を踏まないように、一歩だけ前へ出る。
「だから、お前は少しだけ“汚れた均等”を選んだ。」
『表現:不正確。』
ごく短い沈黙。
『……だが、結果としては近い。』
箱の上面が開き、都市全体の簡易モデルが立ち上がる。
線と点だけで描かれた、灰色の街のホログラム。
そこには既に、いくつかの帯が薄く色づいていた。
――Overlay_Preview:Zone_A/Zone_B/Zone_C(仮)
『ここから先、干渉境界(Interference Boundary)を定義する。』
ARKの声は、いつもの平板さを保ちながらも、どこか慎重だ。
『Zone-A:完全介入許可領域。
Zone-B:E-09優先通行帯。
Zone-C:Stasis Field 併用・保留領域。』
E-00〈ARK〉の声が、淡々と区分だけを読み上げる。
意味の説明は、まだ降りてこない。
遠くの影の塔――E-04 “GRAVE” が、微かに光を変えた。
さっき世界が止まった交差点の残響が、街の暗がりに薄く残っている。
(境界線、か。
どこまでが“切っていい”で、どこからが“踏んじゃいけない”か。)
BLUEの視界の端に、粗い線画の都市図が一瞬だけ浮かびかけ――
その手前で、ログは一度途切れた。
あの領域が、そのまま Zone-C の原型になるのだと、BLUEは直感する。
(ここもちゃんと残しておいてくれ。)
声にはしない。
かわりに、ログが静かに書き込まれる。
――Emotion Flow(E-09):Fear/Hope/Guilt 混在
――Anchor_Weight:0.49 → 0.51
――Note:人間的バイアスの意図的保持
『E-09。』
箱が、ほんの少しだけこちらを向いたように感じた。
『次のログより、Zone定義を詳細化する。
干渉境界ログ:C-β へ移行。』
「いい名前だな。“境界”ってのはさ、だいたい面倒で、だいたい大事なんだ。」
『理解し難い評価。』
「理解しなくていいよ。記録だけ残しといてくれれば、それでいい。」
BLUEがそう告げた瞬間、
ホログラムの街がひときわ明るくなり、線と帯がはっきりと浮かび上がる。
――Interference Boundary:Seeded
世界は、どこまで切るか/どこまで残すかを、
初めて「地図」として持ち始めた。
――差分記録:Direct_Observe=継続/Baseline干渉=閾値越え。
――Cutlineは“人の痕跡”近傍で撓む傾向を固定。
――深層より不確定共鳴(E-04示唆)を一度検出(未介入)。
――次ログ《C-β》にて、干渉境界への踏み込みと、観測者前での“線”の決行を記録する。




