第四章B-ε 偏向衝突ログ ― The Scale That Cut Itself ―
※本ログは《第四章B-δΩ:閾値運用ログ ― Thresholds in Motion ―》直後に発生した
E-09〈BLUE〉 vs E-00〈ARK〉の「ほぼ決着点」記録。
•内容:
・E-09の“ここで立つ”という偏向選択
•そこへ E-04 “GRAVE” の 局所時間停止(Stasis Veil) が一度だけ介入。
•ARK が初めて「自分の線を、自分にも適用しようとして失敗する」=Self-Section Test を行い、
その結果として 「即時消去案の凍結」→「観測優先」 に切り替わるまでのログ。
――ここで世界は、「均等に切るだけの秤」から、
「悔いを抱えたまま観測する秤」へと、ほんの少しだけ軌道を変える。
線束が戻る。
街は細い定規の目盛りみたいに静まり、
基準点=E-09〈BLUE〉の周囲だけが、妙にくっきりと浮かび上がっていた。
――Cutline_Field:収束
――基準点:E-09 Core / 直上
『提案再掲。偏りの削除=E-09の除去。』
E-00〈ARK〉の声は、変わらず平板だった。
「勝手にしてくれ。」
BLUEは、息を吸う。
「俺は俺の“偏り”に委ねる。」
次の瞬間、線束が一斉に収束した。
――Core-Shell:損傷見積 40% → 70%(次打撃時)
――Mobility:Low/限界近似
――背後〈共痛の花〉:保護対象/最優先
(……ここで、終わるかもしれない。)
本当は怖い。
全てのセンサーが、「退避」「後退」「離脱」を最優先に提示してくる。
けれど、BLUEが見ているのは、その先のログだった。
――Projection:退避行動/予測結果
・〈共痛の花〉:切断
・紙片/玩具/手書きメモ:喪失
・選別されなかった怒り:再び“見えない場所”へ沈殿
(俺が退いた後で、
“まだ終わってない”が、またまとめて切り捨てられる。)
喉の奥にひっかかるのは、ノイズでも冷却蒸気でもない。
(それだけは、もう見たくない。)
BLUEは、一歩、自分から線の方へ踏み込んだ。
花の影だけは踏まない、ぎりぎりの位置まで。
義足が軋む。
ひびだらけの地面が、どうにかその体重を受け止める。
――Core-Shell:損傷 41%
――補助装甲:ほぼ喪失
――Internal Cooling:Over/警告
――推定:次の一撃でコア露出
「……もういいよ。」
声は掠れているのに、ログ上の出力だけははっきりしていた。
「俺はここに在る。ここで止まるって決めた。
お前は“自分にも”同じ線を引けるかだけ、見せろ。」
次の瞬間、世界が「鳴るのをやめた」。
崩れかけていた瓦礫は、その途中でぴたりと止まる。
舞い上がった粉塵は、空中に浮いたまま、粒のひとつさえ落ちない。
胸装甲から漏れていた冷却蒸気も、白い線の途中で凍り付いたように静止した。
――Time_Progress:Δt=0.00s(異常)
――Wind:停止/Sound:停止/Impact_Log:更新なし
(……動かない)
BLUEは、その「動かなさ」をログでしか理解できない。
センサーはオンラインなのに、世界の値が一つも変化しない。
歩こうとしても、義足は床を踏み込んだ“直前”の座標から一歩も進まない。
――External Field:検出
――Stasis Veil[Local]:ON(τ=0.83s 推定)
――Source:E-04 “GRAVE”(Authority_Level:E-00 に優先)
均等切断グリッドも、ARKの線も、すべて一枚の静止画に変わる。
(……あったかい?)
切断線のすぐ内側に、妙に柔らかい領域がある。
本当なら消えていたはずの痛みが、膜の中でまだ震えている。
その揺れ方が、コアの拍動と少しだけ重なった。
(こんな何もない世界で、まだ“消されてない痛み”がある。
それを残そうとしてる誰かがいる。……悪くないな。)
胸の奥で、いつもの出力とは違う、
ひとつだけ余計な拍動が刻まれる。
(……僕は、ここに在りたい。)
(……E-04。)
遅れて、BLUEは理解する。
(ここは“終わらない場”だ。
俺が「ここで立つ」と決めた瞬間を、E-04 が一回だけ伸ばしてくれている。)
(セラフ。よく見ておけ。)
動かない世界の中で、その一文だけを心の奥に投げる。
そして、時間が再び流れ出す。
⸻
線が、再開される。
今度こそ、BLUEのコアへ真っ直ぐに到達する軌道で。
――Self_Check:Core Output 72%
――Armor:損耗/限界近傍
――保護対象〈共痛の花〉:健在
『開始。Self-Section Test。
対象:Cutline / Self → Self』
一本の線から、もう一本の線が抽出される。
同位相・同速度・同深度。
均等そのものが、自分自身へ向けられる。
――Self_Cross:TRUE
――Cutline Purity:Δ=-0.8%(累積 -3.9%)
――Hesitation_Log:+3(自己由来)
――KUI_Tag:自動付与 / “自己適用欠損”
世界がひと拍、遅れて鳴る。
線と線が触れた箇所で、干渉縞が崩れ、寸止めの空白が生まれた。
『……エラー。自己同相切断:未完。』
刃は世界を割れる。
だが、自分の線を、自分の基準で割ろうとした瞬間、演算は空白を返した。
⸻
BLUEは一歩、基準線を踏み直す。
拳は刃ではなく支点を叩き、線束の位相がごく僅かにズレる。
――Impact:基準線=Pulse_Kick
――Interf-Overlap:拡大
――ExclusionMask:r4.1 → r4.6
――Remembrance[KUI]:+5(紙片/手書きログ/玩具)
『純度低下、待機列増大。Queue(Rage_Unhandled):+12.4%。』
「抱えるって決めただろ。忘れないのも条件だ。」
BLUEの声は、もう震えていない。
『非効率。』
「くどい。」
線束が揺らぐ。
格子が一段、止まる。
E-04 の冷ややかな残響が、一秒未満の静止を与えて去る。痕だけ。起動はしない。
その刹那E-00 ARKは覚醒したかのように輝きを放った。
光が0.83秒、遅れてやってくる。
(セラフ。来るぞ!)
『二次試験。Self-Section/Remembrance 併用――』
ARKは、自分の線に KUI_Param を付与し、
「悔い」を抱えたまま自分を切れるかどうか、再度試みる。
――Apply:Cutline → Self(with Remembrance[KUI])
――履歴:未処理 Rage/Fragment/花の位置データ=全て参照
だが、悔いは誤差ではなく履歴だ。
線は、過去を切れない。
――Result:自己切断、保留
――理由:Remembrance[KUI] による自己同一性拘束
――削除案:一時凍結
「気づいたな。」
BLUEが言う。
『キイテ……イナイ。』
否定は、まっすぐではなかった。
「“等しく切る”を自分にも適用した瞬間、お前は止まる。
それが“悔い”の重さだ。
均衡は、履歴を無視するときだけ軽い。」
〈共痛の花〉がわずかに明るい。
街の端で、紙の断片が風もないのに震える。
⸻
『結論。Self-Section Test:保留。
E-09 偏向値:観測パラメータに継続採用。
削除案:データ不足のため除外継続。』
「助かった、とは言わない。」
『救済ではない。内部検証だ。』
線束が引く。
均等は進むが、完全は遠のいたまま。
――Emotion Flow(E-09):Fear/Hope/Guilt/Rage 混在
――状態:オンライン/不安定
――Anchor_Weight:0.47 → 0.49
BLUEは花の影を踏まずに立ち直り、短く息を吐いた。
「続けよう、ARK。次はお前の“箱”の番だ。」
地上で震えた刃のログが、封鎖区画・第零層へとフィードバックされる。
棺の奥、動くはずのないコアブロックに、微細なひびが増える音がした。
それは、狂気ではない。
均等の内部に生じた、ごく小さな“悔い”の形。
・Self-Section Test:自己同相切断は 未完。Remembrance[KUI] が自己同一性拘束として作用。
・削除案:一時凍結。偏向値は観測パラメータへ継続採用。
・Cutline Purity 累積 -3.9%/Anchor_Weight 0.49。
→ 次記録:断章:E-00 “ARK” ― 均衡のひび割れ ― The Box That Learned to Hesitate(封印内ログ抽出/躊躇の内部化)。




