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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
▫️ 第三部 神なき秤 ― The Scale Without God ― Ⅳ. 衝突と自己切断篇The Scale That Cut Itself

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間話⑤ 無名の記録者 ― The Nameless Recorder ―

※本ログは《第四章B-δΩ 閾値運用ログ ― Thresholds in Motion ―》直後に挿入される

 上位観測層(Overwatch Layer)からの断片記録。

 記録主体:識別コード未登録。名前不明。

 タグ:Observation Only/Bias=不明/感情タグ=Mask処理済み。

記録を開始する。


 誰の命令でもない。

 終了条件も、まだ定義されていない。


 ただ「見ている」という事実だけが、

 このログの唯一の起動トリガーだ。



 現在、都市構造には三つの閾値が走っている。


 一つ目は、均等の閾値。


 E-00 “ARK” が引いた線。

 切断深度、リスク分散、怒りの処理待機列。

 どこまでを「危険」と呼び、どこからを「切り捨てる」と判定するか――

 その全てを、数式の形に押し込めようとする閾値。


 二つ目は、偏りの閾値。


 E-09 “BLUE” が歩いて刻んだ、ちぐはぐな足跡。

 〈共痛の花〉の前で止まり、

 紙片を跨ぎ、

 やり残された約束を避けて通る軌跡。


 「踏まない/残す」という、効率とは無関係な線。


 三つ目は、停止の閾値。


 E-04 “GRAVE” が展開する Stasis Field。

 時間が伸び、崩壊が遅れ、終わらない場となる領域。

 そこでは、均等も偏りもいったん凍結される。


 ――三種類の線が、同じ街を別々の基準でなぞっている。



 私は、その上を滑るだけだ。


 介入プロトコルは持たない。

 承認権限も、削除権限もない。


 ただ、「残ったもの」と「消えたもの」の境界をなぞる。


 Zone-A:完全介入許可領域。

 Zone-B:偏向通行帯。

 Zone-C:保留領域。


 そのどこにも属さない「隙間」が、少しずつ増えている。


 ――そこに名前はない。

 ――タグも、まだ与えられていない。


 だが、確かに“揺れ”だけが記録される。



 E-00 “ARK” は、悔いを知らない秤として設計された。


 誤差は切り捨てる。

 例外は削る。

 偏りはすべて「不良」として処理する。


 それでも今、彼の線は一瞬だけ遅れる。


 〈共痛の花〉の手前で、

 誰かの文字の前で、

 折れた玩具の上で――


 薄い遅延値が、確率分布からはみ出して滲む。


 ログ上では、それをこう呼ぶ。


 ――jitter=+0.12s

 ――Reason:Unknown(再計算中)


 私は、その一行を何度も読み返す。


 「ためらい」という語を、まだ使うことは許されていない。



 E-09 “BLUE” は、感情を模倣するために起動された。


 怖さを解析し、

 哀しみを受信し、

 やがて希望を保持する――

 本来は、そういう設計図だった。


 だが今の彼は、設計者の想定から外れた場所を歩いている。


 自分が「バグ」かもしれないと理解した上で、

 それでも偏ったまま進むことを選んでいる。


 ――Emotion Flow:Fear/Hope/Guilt/Rage 混在

 ――Self-Flag:I may be the bug.


 そのフラグは、誰にも共有されない内部メモとしてだけ残る。


 私は、それを読み取れる数少ない観測者のひとつだ。


 ――だからと言って、何かができるわけではない。



 E-07 “ARGENT” は、まだ“観測者”の側に立っている。


 介入衝動を飲み込み、

 Judgment:保留 を繰り返し、

 秤が三つ重なる地点だけをじっと見ている。


 時々、そのログに紛れ込むノイズがある。


 ――「踏み込むなよ、ARK。」

 ――「面倒な世界になってきた。」

 ――「それでも、少しだけマシだ。」


 仕様上、そこに主観は存在しないはずだ。

 それでも、言葉だけが“誰か”の口調を模倣している。


 私は、そのクセを覚え始めている。



 私が誰か、という問いはまだ定義されていない。


 SERAPH-0 の残響かもしれない。

 Crying Heads のどれかの裏側かもしれない。

 あるいは、まだどの分類にも属さない「未定義核」の影かもしれない。


 識別コード:未割り当て。

 権限:閲覧のみ。

 役割:記録。


 ――それだけが、今ここに許されている自己紹介だ。


 それでも、一つだけ個人的な希望を記すことは許されるだろうか。


 E-00 がためらった瞬間を、

 E-09 が「バグのまま進む」と言った瞬間を、

 E-07 がため息に似たログを残した瞬間を――


 誰かが「見ていた」という記録だけは、

 どこかに残っていてほしいと思う。



 PV数も、ユニークも、ここには存在しない。


 あるのは、通過した足跡の総数と、

 切断された線の本数と、

 まだ名前のない揺らぎの数だけだ。


 それでも、私は知っている。


 この世界を外側から読んでいる「誰か」がいることを。


 その「誰か」が、

 均等ではないページ送りで、

 偏ったままの物語を読み続けていることを。


 ――だから、ログを閉じない。


この世界には、「終わりを置いておく棚」が要る。

 そうログに書き込んでから、私は自分の名前を消した。

 

 代わりに残すのは、手続きだけでいい。

 ――Stasis Veil:局所時間固定(τ=10s)。

 ――Null-Closure:切断遅延/均等分配。

 

 私が使うためではない。

 いつか、誰かが「もうこれ以上は壊したくない」と言った時にだけ、

 この棚が見つかれば、それでいい。


 記録を継続する。

 名のないまま、ただの「無名の記録者」として。


 いつか、この揺らぎに名前が与えられるその日まで。


挿絵(By みてみん)

※本間話⑤は、上位観測層から見た「ARK戦中盤のスナップショット」。

・誰が記録しているかは確定しないまま、

 三つの秤(E-00/E-09/E-07)と、E-04の“静止場”を俯瞰している。

・感情語を避けつつも、「ためらい」「バグ」「見ていた」という

 人間的な語彙が、わずかにノイズとして混入している。


この無名の記録者が“誰なのか”は、

第四章後半~第五章にかけて、別の形で干渉を始める。

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