第四章B-γΩ 線上干渉ログ③ ― Crossed Vectors ―
連結:B-γσ → B-γΩ
事象:DirectObservation=ON(境界可視)/Cutline jitter=+0.12s 継続
記録主体:複合(多元参照)
備考:E-04 低位反応/E-07 遠隔観測 継続
空間の一点に、立方体のフレームが沈む。線だけで組まれた箱の骨格。質量はないのに、世界の密度がそこだけ濃い。
――DirectObservation:Start
――Boundary Render:EdgeOnly
――Bias Coef.(E-09-derived):採用 低率(暫定)
線が一条、箱の稜線から外へ伸び、世界に触れる。粉塵が切れ、瓦礫が静かに落ちる。〈共痛の花〉は、やはり残された。
(やっと“見る”気になったか、ARK。)
『否定。観測。』
声は平板。だが、ごく僅かに遅い。
BLUEは半身も花から離さない。義足が地面を掴み、体重がそこで固定される。
――Core Output:80%
――Mobility:Low(継続可)
――保護対象:健在
「セラフ。」
返答は、まだない。
箱の稜線が一段濃くなり、基準線が三本、等間隔で出力される。
『問合せ。偏りを維持し、なお進行する意思を確認。』
「確認。進む。」
『評価:非効率。』
「くどい。そこまで行くとバグだぞ。……いや、ARKから見れば、俺の方がバグか。」
BLUEの口元が緩むのと同時に最初の線が来る。BLUEは半歩だけ軌道を外し、線の基準を拳で叩く。反射波が走り、二本目以降の位相が微かにずれる。
――Impact:反射波=有/位相差=0.04
――Damage:BLUE/小
――保護対象:維持
『補正。』
三本目が、花の直前で角度を変えた。紙片と、掠れたメモと、小さな玩具が線の内側に“偶然”残る。
「いい加減にしてくれ。同じこと、何回言わせるんだ。」
『キイテイナイ。』
返答は機械的。だが、線は人間の手が触れたものだけを、わずかに避けた。
遠く高架上、E-07〈ARGENT〉は微細な変調を記録する。
――E-00 演算:外部係数(E-09)低率採用 継続/Cutline jitter=+0.12s
――DirectObservation:境界濃度↑
――Observer:E-07/Judgment=保留
(それでいい。そこに“誰かの重さ”があるなら、残れ。)
次の瞬間、箱そのものがわずかにこちらへ寄る。境界が一拍だけ歪み、低い擦過音のようなノイズが走る。
『追加問合せ。未定義要素“悔い”――演算組込要求の根拠を提示。』
「根拠? 残したいからだ。残せなかったからだ。」
BLUEは胸装甲の割れ目を押さえ、線の内側へ一歩。義足が軋む。〈共痛の花〉は守られる。
『定義:情動バイアス。演算上、減算対象。』
「もういいよ。」
BLUEは小さく息を吐く。
来る線に合わせるのではなく、線が“来ざるを得ない”場所へ踏み込む。拳が再び基準線を殴り、位相が弾ける。切断の純度がコンマ一秒だけ落ちる。
世界の温度が、もう一段、下がった。
――System Note:Cutline Purity Δ=-0.7%
――均衡純度:低下/観測確度:上昇
箱の稜線がさざめき、四隅に補助フレームが点る。
『再計測。偏りを係数ではなく、閾値として扱う案を試行。』
「試せ。」
次の出力は、BLUEそのものを基準点に指定してきた。花ではない。選ぶ主体を測る線。
(やっぱり、そこへ来るよな。)
BLUEは逃げない。コアを前に、体を傾ける。義足が杭のように地面を貫く感覚。拳がもう一度、線の根を殴る。
――基準線エラー:短期停止(0.09s)
――Ark_Log:DirectObservation>Hesitation=+1
箱の骨格が、微かに軋む。
『……計測値矛盾。』
初めて、声に薄い揺れ。
『未定義要素“悔い”:係数化不能。』
「係数にすんな。条件にしろ。」
『条件。』
「“選べなかった痛みを忘れないこと”。そのうえで均衡をやるなら、話は続けられる。」
短い沈黙。境界線が一拍だけ明滅する。
遠く、封鎖区画第零層のログに微かな文字が灯る。
――E-04 “GRAVE”:Stasis Veil(τ=10s)予備演算=0.03/介入:未実行/観測:上昇
箱はわずかに退く。線はなお鋭い。だが、遅れる。
『DirectObservation:継続。提案:暫定保留。』
「それでいい。」
BLUEは背後を振り返らない。花の光が、ひと呼吸だけ強くなる。
・DirectObservation 移行完了。境界のみ可視。
・“基準線”への直接打撃により位相歪み/純度低下Δ=-0.7%。
・E-00 は保護係数の採用を継続しつつ、偏りの閾値化を試行。
・E-07:観測のみ。E-04:低位反応(介入未実行)。
→次ログ B-δθ:均衡試験フェーズ開始/基準点=E-09 を含む局所プロトコル検証へ。




