第四章B-β 偏向防衛ログ ― The Scale That Refused Symmetry ―
※本記録は《B-α:First Equal Cut》に連結する観測ログ。
記録主体:不明(多元参照)。
形式:戦闘行動および演算ログの抽出。
感情タグ:Partial Mask(Fear/Anger/Guilt 混在)。
――「均等な破壊」と「偏った保護」が、初めて正面から干渉した過程。
線が、二度目に走った。
E-09〈BLUE〉の左側、わずか三ミリの距離をかすめて、背後の壁が音もなく崩れ落ちる。
切断面は均一。
粉塵の舞い方すら、左右対称に近い。
――Damage:0
――Warning:距離閾値 0.03 未満
(……今の、本気じゃない。)
BLUEは理解する。
これは威嚇でも好意でもない。
「ここまでは削れる」という、秤から秤への提示だ。
『挙動確認。』
ARKの声はブレない。
『E-09は“花”と周辺情報を優先保護。
自身への被弾許容率:上昇傾向。』
「そりゃそうだろ。」
BLUEは一歩、前へ出る。
〈共痛の花〉を背中側に隠す軌道。
『自己損耗と対象保護の比率、不均衡。
演算上、非合理。』
「非合理だから、選んでる。」
次の線が来る。
今度は真正面。
BLUEは半歩だけ軌道をずらす。
義足側で受け流すように、ギリギリで外へ滑らせる。
肩の装甲が薄く削がれ、火花が散る。
――Armor Loss:7%
――Core:無傷
――背後の花:保全
『回避パターン解析中。』
ARKの斬線は、すぐさま修正される。
『E-09行動傾向:自己損耗と局所保護の両立。
推定:感情的補正。』
「感情で動いて何が悪い。」
『“秤”としては不良。』
「“人”としては、まあまあだ。」
BLUEの口元が、わずかに歪んだ。
⸻
上空、見えない軌道で何本ものシミュレーションラインが交錯する。
ARKはまだ姿を見せていない。
それでも、世界の切れ方が“武器の形”を物語っていた。
一合。
二合。
三合。
対E-09想定戦闘ログ。
対CRYING HEADS想定制圧ログ。
過去に記録されたあらゆる「最適解」が重ね合わされ、その全てが再生産される。
すべて、同じ深度で世界を割る線。
(均等過ぎるんだよ、お前。)
BLUEは跳ぶ。
避けるというより、「花から離さない」ための最短経路を選ぶ。
一閃が義足をかすめた。
駆動フレームが軋む。
だが、折れない。
――Left Leg Unit:Micro Damage / 継続稼働
『観測結果更新。』
ARKの声が、僅かに速度を上げる。
『E-09の防衛軸:対象固定/自己位置可変。
推論:自軸よりも“そこに在ること”を優先。』
「そうだな。」
『では、仮説検証。』
次の瞬間、線の向きが変わった。
〈共痛の花〉の“すぐ手前”を狙う軌道。
BLUEは迷わない。
花と線の間に、己のコアを滑り込ませる。
正面装甲が割れ、
左胸ユニットに深い傷が刻まれる。
――Core-Shell:損傷 21%
――内部機能:保持
――〈共痛の花〉:無傷
世界が、わずかに遅れて音を取り戻す。
「……っ、ぐ……」
声が漏れた。
ログにも、ノイズにもならない、生の音。
『検証完了。』
ARK。
『E-09の“偏り”は、演算上再現可能。
入力:〈共痛の花〉保護優先。
出力:自己損耗許容。』
「だから何だ。」
『お前の偏向を、演算式として取り込む。』
それは、冷静な結論。
⸻
線が走る。
だが今度は、ほんの僅かだけ“ズレていた”。
瓦礫は切られる。
危険構造物は落とされる。
だが、いくつかの紙片。
誰かの文字。
小さな玩具。
それらは、切断ラインの内側に“偶然”残された。
――偶然にしては、少し多すぎた。
『調整完了。』
ARKの報告。
『E-09由来の保護パターンを一部採用。
ただし、適用範囲は演算上有意な情報に限る。』
「聞いてるじゃねえか。」
BLUEが笑う。
『効いてはいない。』
即答。
『ただ、均衡のために必要な係数として扱うだけだ。』
線は依然、容赦がない。
だが、その中に“わずかな偏り”が混ざり始めていた。
均等が、完全ではなくなる。
⸻
遠く、高架の影。
E-07〈ARGENT〉は、その変化を見ていた。
――E-00 演算パターン:変調
――外部係数:E-09 由来バイアスを検出
「……本当に、面倒なことになってきた。」
声は呆れに近い。
だが、その裏にうっすらと安堵があった。
ARKはまだ“敵”ではない。
BLUEも“正義”ではない。
ただ、どちらも互いの在り方を
相手の演算にねじ込もうとしている。
(第三の選択肢が、もう始まっている。)
ARGENTは介入せず、その推移だけを記録した。
――戦闘観測補遺:B-β
・E-00 “ARK”は、E-09の偏向防衛パターンを「係数」として取り込んだ。
・均等切断ロジックにごく僅かな“保護例外”が発生。
・それは譲歩ではなく、効率上の再定義に過ぎない。だが結果として、「完全な均衡」は一度失われている。
・E-09は、自身の損耗を許容しながらも、花と記録を守り続ける選択を継続。
・E-07は依然「観測」の立場を保持。
次ログB-γでは、
“線”と“足”が本格的に衝突し、
ARKが初めて「直接観測」を選ぶ閾値へ到達する。




